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第15話 冤罪



「それで、どうして私が地下組織の構成員だなんて容疑がかかったんですか?」




 軍部の取調室に押し込まれ、椅子に座らされてようやく手首の拘束を解いてもらえた。


 地下組織と称されているのは、現在魔法師団も捜査している薬物を出回らせている集団のことを指す。


もともとは人身売買をおこなっている組織として魔法師団の捜査対象になっていた。


 それがどうしてエリザがその組織の構成員などという話になったのか。




「逮捕した組織の構成員からお前の名前が挙がっていた。それによると、お前は魔法師団の立場を利用して捜査の手が組織に及ばないよう手を回していたと証言が取れている。薬物の移送にも手を貸していたそうじゃないか」




「……全く身に覚えがありません。どうして私の名が出たのかそこは分かりませんが、その容疑のどれにも関与していないので、ちゃんと調べれば全くの冤罪だとすぐ分かるはずですよ」




 どうしてそんな容疑がかかったのか理解できない。


 正直、バカバカしいと笑い飛ばしたいくらいの内容だ。


 その構成員とやらの証言だけで何の証拠もないのに強制連行したのなら、軍部の責任問題になりますよと指摘したが、憲兵の表情は変わらない。




「お前が関与していたのは間違いないんだよ。なぜならその証言をしたのはお前の恋人だからな」




「……はあっ!? 恋人? って、まさか……」




「元士官学校生。元はヘルバネッセン家の息子だったが、現在は養子先からも除名されて平民になっている……。フィルという男はお前の恋人で間違いないな?」


「フィル? え、フィルが、構成員? ほ、本当に?」




 憲兵が手元の書類を見ながら、エリザもよく知るフィルの経歴を語る。


逮捕された組織の構成員というのは、彼で間違いないようだ。まさか軍事警察の取調室で元恋人の名を聞くことになるとは。




「魔法師団のエリザ・ルインストンは給金も全てそいつに貢いで恋人の言いなりだと有名な話らしいじゃないか。ついには犯罪の片棒も担ぐとは、馬鹿な女だな」




 別れを告げられた時に士官学校を辞めて仕事を始めたと自信満々に言っていたのは、地下組織の構成員として働くことだったのか。


 仮にも軍部の士官を目指していた者が地下組織の構成員になるなんて、予想もしていなかった。




「た、確かにフィルとは恋人同士でしたが、少し前に別れています。彼が犯罪に手を染めていたのも知りませんでした。当然ですが、師団の機密事項を彼の前で喋ったこともありません」




「あの男は薬の運び屋だった。その受け渡しをお前も手伝っていたと証言している。師団員ならば軍事警察の動きもある程度把握できるからな。安全な移送ルートと受け渡し場所の情報提供をしていたというじゃないか。知らぬ存ぜぬが通ると思うなよ」




「それは彼の証言だけでなんの証拠もないですよね? 彼は私を陥れるために嘘の証言をしたんでしょう。もしくは捜査を混乱させるためか……罪を軽くしたいがためか」




「そいつはアジトに捜査の手が入るという情報をお前から聞いたと言っている。そしてその証言のとおりに、師団が踏み込む前に首領は逃亡して、薬物の保管庫を爆破されてしまった。あの時点では師団しかあのアジトの存在を知らなかったはずだぞ。それだけで十分な証拠になる」


「だから知りませんって……その証拠だって証言だけじゃないですか……」




 だからエリザが情報をリークしたはずだと言い、憲兵は最初からエリザが協力者であると決めつけてくる。


 結局それもフィルの証言だけを証拠とした容疑なのに、こちらの反論は全く聞こうとしない。同じ問答の繰り返しで体力を消耗させられる。




 連行された時点でもうすでに深夜近い時間だったのに、そこから休憩も入れずに何時間も聴取が続いている。


 これは恐らくエリザの精神を削って自白させようとしている。


任務で数日眠らず活動することがあるから徹夜くらい耐えられるけれど、このやり方は腹が立つ。


 お互いの主張が平行線のまま時間だけ過ぎ、憲兵たちが苛立ちを隠せなくなってきた頃、取調室がノックされた。




「中尉、魔法師団長が来ています」




 入ってきた男がそう告げると、目の前の憲兵は憎々し気にエリザを睨んだ。いや、こっちを睨むのはお門違いでしょと軽く睨み返す。


 ドアの外で何かもめるような声が聞こえると同時に扉が開かれ、渋い顔をした師団長が無遠慮に入ってきた。




「誰の許可を得て私の部下を拘束しているのです? これは不当逮捕に当たりますよ」




 この件は正式に軍部へ抗議いたします、と低い声で問い質す師団長に、応じた憲兵は一瞬ひるんだが、すぐに持ち直して嫌味を交えながら反論してきた。




「お身内のことですからね、事前にそちらに知らせたら部下をかばって口裏を合わせたりする可能性があったため師団長にご相談するわけにはいかなかったのですよ」




「確実な証拠があって容疑が固まっているならともかく、容疑者の一人が取り調べでエリザの名を出しただけでいきなり強制連行するのはおかしいでしょう」




 大佐の指示だと強気の姿勢を崩さない憲兵だったが、魔法師団のトップである師団長の抗議を突っぱねることはできないようで、しぶしぶエリザの取り調べは終了して解放すると了承した。




「ですが彼女の容疑が晴れたわけではありません。こちらが証拠固めに動いているところを邪魔される可能性もあるので、監視をつけさせていただきます」




「容疑が晴れればよいのだろう? その証言をした構成員の聴取をさせてもらおうじゃないか」




 現在軍部警察に勾留されているフィルに直接話をさせろという師団長の要求に、憲兵は難色を示したが、現在この捜査に関しては警察と魔法師団で捜査協力をしているので、拒否できる理由がない。




「……分かりました。取り調べを許可します。ただし、我々も立ち会わせていただきますので」




 こちらを信用していないのを隠そうともしない姿勢に鼻白むが、ひとまず取り調べが先であるため大人しく憲兵の後について取調室を出た。その際に、エリザの拘束具を外すように師団長が指摘してくれたため、ようやく不自由な態勢から解放され小さく息をつく。




 今回捕らえられたのは、以前から警察が目星をつけていた地下組織の構成員が、仲間と接触したところを一斉確保された者たちである。そのほとんどは下っ端の運び屋ばかりで、そのなかにフィルが含まれていた。




 独房の前にある取り調べ用の遮音室で待っていると、手足を鎖でつながれたフィルが現れた。


 最後に会った時もすさんだ雰囲気になったと感じていたが、さらに目が落ちくぼみ肌は土気色になっていてまるで別人の容貌になっていた。


 エリザがその場にいることに気が付くと、憎しみのこもった目で凝視してくる。




(なんで私が睨まれなきゃいけないのよ……! 悪いのはそっちじゃない!)




どいつもこいつも、まるでエリザが悪の権化のような目で見やがって……と腹が立ってしょうがない。




「最初から自白魔法を使って証言させれば、つまらない嘘がつけなくなるから手っ取り早いだろ。エリザ、お前がやるか?」




 師団長が後ろにいるエリザを振り返る。


確かに自白魔法を使えば嘘の証言などすぐに覆せるのだから、あんな長時間拘束される必要などなかった。


 元恋人のフィルに対し、犯罪者に使う自白魔法を使う日が来るとは非常に複雑な気分だが、仕掛けてきたのはあちらのほうだ。


 魔法を展開しようと右手を持ち上げた瞬間、フィルが憲兵に向かって叫んだ。




「憲兵さん! 止めさせてください! コイツが自白魔法と見せかけて洗脳するかもしれないじゃないですか! 全部俺に罪をかぶせて自分だけ逃げるつもりなんだ!」




「もし違う魔法をかけようとしていたら俺が気づかないわけがないだろう。エリザにかけられたくないなら俺がやってやるからこれ以上醜態をさらすな」




 なんとか自白魔法から逃れようと悪あがきするフィルに師団長が一喝してくれたが、それに対し彼はとんでもないことを言い出した。




「師団長は自分の愛人であるエリザをかばうに決まっている! 二人がグルなら魔法に不正があっても憲兵には見抜けないだろ! 絶対に拒否する!」




「この期に及んで嘘を並べ立てるのはやめて!」




 愛人というのもそもそもフィルが流した嘘なのに、それを根拠に因縁をつけてくるその卑怯さにカッとなって声を荒らげてしまう。


この人はいつからこんなに最低な人間になってしまったのか。それともエリザの目が節穴だっただけで、元から彼は最低な本性を隠していたのだろうか……。





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