「愛人という噂の真偽は分かりませんが、自白魔法で得られた証言は証拠とならないので、それで何をしゃべっても我々にとっては意味のないことです。尋問は軍部の規則に沿っておこなってください」
憲兵が口をはさんできたため、頭に血が上っていたエリザも一瞬にして頭が冷える。
確かに自白魔法で得られた証言は正式な裁判の場合証拠とならない、と軍法では決まっている。
自白魔法はただ嘘がつけなくなるだけなので、本人が嘘をついている自覚がない場合は意味がない。人は、嘘を話しているうちに事実と思い込んでしまうことも多く、その場合嘘を真実として話してしまう。
そういった理由から、自白魔法の証言は証左とならないため、魔法師団と仲の悪い軍部では特に否定的な意見を持つ者が多い。
「証左とならなくとも、自白魔法で最初の証言と内容が食い違えば、こいつが嘘を言ったことだけは確認できるだろ」
「容疑者の不安も無視できません。師団長とその団員がねんごろだという噂は我々も耳にしたことありますからね。愛人をかばってその罪をもみ消す可能性がわずかでもあるのなら、ここで魔法を使わせるわけにはいかないんですよ」
「あ? なんだと? 軍部は噂の真偽も見分けられず地下組織の情報操作に踊らされるほど愚鈍なのだな」
憲兵の失礼な物言いに師団長が怒りをあらわにする。中尉にすぎない憲兵だが、ここまで強気な態度を見せるのだからこの態度は上からの指示なのだろう。そして憲兵の尻馬に乗っかるようにフィルがまた嘘の証言を声高に叫ぶ。
「俺は嘘などついていませんっ! エリザは俺の恋人でありながらその師団長とも関係を持っていました。女が師団で働き続けるには愛人になるしかなかったんでしょうけど、俺が逮捕されたからこっちを切り捨てて自分だけ逃げようとしているんですよ。信じてください憲兵さん」
「だから違うわよ! 侮辱するのもいい加減にして!」
これ以上の侮辱は耐えられない。自分のこともそうだが、師団長の立場も貶める嘘をつかれて、これまでほんの少しだけ残っていたフィルへの未練が完全に吹き飛んだ。
「愛人とかいうくだらない噂を流したのもあなたとその仲間の仕業だって知っているのよ。私は誰かに贔屓されなきゃ働けないほど無能じゃないわ。魔術師としての誇りも持っている。だから無法者の寄せ集め組織に与する愚かなあなたと一緒にしないで」
「ああそうかよ。お前はずっと俺のことを魔力も無い無能だって見下していたもんな。憲兵さん! 聞いてください! 俺は組織ではただの運び屋で、むしろエリザのほうが幹部に近かったんです。嘘じゃありません、こいつの家を捜索してもらえばきっとその証拠が出てくるはずです。こいつの家に例の薬が保管されているはずですから」
エリザの家に薬が保管されていて、運び屋はそこで商品を受け取っていたとフィルが言い出した。
馬鹿なことを言うなとエリザは即座に否定したが、なんと憲兵がその証言に食いついたのだ。
「エリザ・ルインストンの家に例の薬が保管されているという話は、あなたは彼女から聞いたんですか?」
「いいえ、直接は聞いていません。でも彼女の家が受け渡し場所のひとつに指定されているのを他の運び屋から聞いて知っていました。爪の先ほどの量が金塊と取引されるような薬の保管を任せられているのは、彼女が組織幹部の一人だからにほかなりません」
「なるほど。まあその話が嘘でも本当でも、確認する必要がありますね」
「だったら自白魔法を使わせてください! 明らかな嘘ですから!」
「それは許可できませんと申し上げたはずです。疑いを晴らしたいなら家の中を見せてください。調べて何もでてこなければその者の証言が嘘だったと証明できるでしょう」
「……それは」
返事を渋ると、それは後ろめたいことがあるからだと憲兵は判断したようで、疑惑の目を向けてくる。
エリザはただ、この無礼な憲兵たちが踏み込んできたら家の中をめちゃくちゃにされそうで嫌だったからだ。配慮なんてゼロだろうから、彼らは下着の引き出しだって遠慮なくひっくり返すだろう。
それに……今、家にはエリックがいる。
こんな容疑をかけられた状態で家に男がいたら、エリックも当然容疑者のひとりとして拘束されるだろう。使用人と言ったら雇用契約書を見せろと言われるだろうし……。
この状態でヒモを飼っていると知られるのは、悪い噂の裏付けたと思われそうで嫌だった。
「エリザの家宅捜索をしたいのなら、そちらのいう、「規則」に沿って正式な手続きを取ってからするべきだ」
「証拠隠滅の恐れがある場合は、その手続きを経ずとも捜索ができる権限を現場の憲兵には与えられているんですよ。捜索して何もなければ彼女の潔白が証明されるのですから、拒む理由などないはずでは?」
「……分かった。だが、強制捜査ではないのだから、家のどこを探すのもエリザの立ち合いで許可を得るように」
師団長があっさりとエリザ宅の捜索を許可してしまったことに驚き、思わず彼の顔を凝視してしまった。
師団長なら断ってくれると思っていただけに少し失望してしまったが、よく考えればエリザのせいで彼の名誉も貶められているのだから、さっさと疑惑を晴らしたいに決まっている。
「捜索をして何もなければフィルが嘘の証言をしたという証拠になりますよね? その場合は自白魔法を使って取り調べさせてもらいます」
「……いいでしょう。その場合は許可いたします」
憲兵の言葉を受けて、内心「言質取ったからな!」と叫ぶ。
自白魔法さえ使えれば、こんな茶番一瞬で終わらせられるのに無駄な時間をとられて、いい加減苛立ちも限界だった。
証言者としてフィルも連れていかれることになり、師団長とエリザ、フィルと憲兵五名を引き連れてエリザの家へ捜索に向かった。
(エリックさんのことは、どう説明しよう)
お仕着せを着ているはずだから、ひとまず使用人ということで押し切るしかない。
雇用契約まで突っ込まれたら、まだ試用期間だなんだと適当に言い訳すればいい。そしてエリックが空気を読んで話を合わせてくれるのを願うばかりだ。
タウンハウスに着き、ドアを開けようとすると憲兵が「我々が先に」とエリザを押しやるようにして前に出る。
部屋に入ってもどこも触るなとか、いかなる魔法も禁じるなどと矢継ぎ早に命令してきてカチンと来るが黙って従う。
憲兵が先んじてドアを開けると、そこにはなぜか執事の服を着たエリックが待ち構えていた。
「おかえりなさいませ、お嬢様。そちらの方々は? お客様ですか?」
「えっ、ええと……客じゃないわ。ちょっと事情があって、憲兵が家の中を見て回るから……エ、エリックは、部屋で控えていて……」
これは一体どういうことかとしどろもどろになりながらエリザのほうが話を合わせる。
執事の服も使用人部屋にあっただろうか。いやそれよりも、いつもはサイズの合わないシャツを着ているのに、どうして今日に限って完璧な執事の恰好をしているのか。
突然憲兵が現れたというのに動揺もせず執事を演じているエリックを見て、エリザのほうが慌ててしまったが、憲兵たちは特に気にした様子もなくエリックを一瞥するだけで部屋に入っていく。
だが憲兵に連れられたフィルは驚愕の表情を浮かべ、立ち止まってエリックを凝視している。
「おい、エリザ。前は使用人なんて雇ってなかっただろ……」
「あなたには関係ないでしょう」
一人暮らしの家に男を連れ込んでと非難されたのかと思い、苛立ちを込めて言い返したが、よく見るとフィルが妙に焦った表情をしている。その様子に違和感を覚えた。
(使用人がいたら何か都合が悪いって言うのかしら)
違和感を見逃すまいと、じっとフィルを観察するとやはりおかしいくらいソワソワしている。