フィルはきょろきょろと目を泳がせて、前にいる憲兵を気にしている。
不思議に思いながらも、問いかけることはせず黙って他の憲兵たちの動きにも注意を払っていたところ、レセプションルームへ向かった憲兵の怒鳴るような声が聞こえた。
「おい! これは一体どういうことなんだ! こちらに来て説明しろ!」
ドアから憲兵が顔を覗かせ、こちらに向かって叫ぶ。
その声に気を取られてそちらを向いた時、フィルが踵を返して玄関に向かって駆け出した。
「……あっ! 貴様! 待てっ!」
逃げるタイミングをうかがっていたのか、彼の隣に立っていた憲兵の手を逃れて走り出す。
玄関の扉に手をかけ飛び出そうとするが、その前に師団長がパチンと指を鳴らし彼に向って魔法を放った。
「ぎゃっ!」
バチッと火花が散ってフィルがはじかれたようにその場にひっくり返った。
「そこの憲兵は、容疑者から目を離してはいけないと上官から教わらなかったのか?」
師団長の嫌味にフィルの監視役だった憲兵が顔をゆがませるが、注意を怠っていたのは事実であるから、黙って頭を下げた。こちらの騒ぎに気付いた他の憲兵たちが駆けつけてきたが、フィルのことはそっちのけでエリザに食って掛かる。
「エリザ・ルインストン! あれは一体なんだ!?」
「はい? 何の話ですか?」
「とぼけるな! あちらの部屋に転がされている男たちのことだ!」
「お、男?」
凄みをきかせて迫ってくる憲兵たちに訳が分からず引いていると、横にいたエリックがすっと割り込んできて手を挙げた。
「ああ、それ僕の仕業です。泥棒が家に入り込んできたので捕まえて縛っておきました。ちょうど通報しようとしていたところにあなた方がいらしたんですよ」
「えっ、泥棒? 大丈夫だったの?」
さらっととんでもないことを言い出したエリックに驚愕しつつレセプションルームへ走ると、手足をまとめて奇麗に縛り上げられた男たちが三人並べられていた。
「レストルームの窓を壊して侵入してきたんです。ご丁寧に一人ずつ入ってきたから順番に捕まえました」
すごいでしょうとエリックが呑気そうに笑うが、破落戸といった風体の大柄な男たちをこの細身のエリックがひとりで捕らえたことに驚愕する。
憲兵たちも驚いていたが、貴族の執事は主を守るために武術を身に着けている者も少なくないため、すぐに納得したようだった。
「でも泥棒にしてはおかしいんですよねぇ。こいつら、何かを盗むわけでもなく荷物を運びこもうとしていたんです。ほら、コレ」
エリックが指示した窓から外をのぞくと、確かに木箱が数個置かれている。憲兵がさっと窓を飛び越えて箱の中身を確認すると、何かの小瓶が詰められていた。そのうちの一本を開封して憲兵が匂いを確かめる。
「……おそらく例の薬物です。押収したものもこの甘ったるい香りがしていました」
「じゃあやはりここが薬の保管場所になっていたということか」
例の薬物がここで取引されていた証拠だと言い出した憲兵に対し、師団長が呆れた声を上げた。
「馬鹿か。運び屋が窓を壊して侵入するわけがないだろう。地下組織の構成員が一斉逮捕されて、憲兵が保管場所へ捜索に来ると分かっているのにわざわざそこに証拠品を運び込むのか? 考えなくても分かるだろ。これは最初から、全部仕組まれているんだ。エリザの元カレを逮捕させて、証言して憲兵が捜索に来るまで全部あっちの筋書きどおりってことだ」
「はっ!? な、我々が踊らされていると!? 何を根拠に!」
侮辱されたと感じた憲兵が怒鳴り上げるが、師団長はひらひらと手を振って彼らをいなす。
「組織の幹部が逃げる時間を確保するために、スケープゴートを用意しているとの情報を我々は少し前につかんでいたんだ。だから師団では幹部の潜伏先を調査中だったんだよ。そんであんたら軍部警察は、その組織が用意したスカをまんまとつかまされたんだ」
「ス、スカ……?」
師団長が言うには、フィルが逮捕されたのは組織からの指示で、エリザが共犯であると自供し彼女が憲兵に連行されるように仕向けたらしい。
「その計画どおりにエリザが拘束された隙に、運び屋が自宅に侵入し、コイツの供述どおりになるよう薬物を運び入れる算段だったのだろう」
師団長に指さされて、フィルは分かりやすくビクッと肩を震わせる。
「お前が先ほど逃げ出そうとしたのも、侵入した仲間が捕まったと気づいたからだな? 偽装工作が失敗すればお前が嘘の証言をしたのがばれてしまうからな」
もうつまらん言い逃れはできないぞと師団長が凄みを利かせる。
憲兵たちも自分たちが組織のミスリードに引っかかったらしいと理解したのか、怒りのこもった目でフィルを見下ろしている。
目を逸らして震えるフィルの姿を見ていると、仮にも恋人だった相手にここまでされる自分が情けなくて涙が出そうになる。
「フィル、黙っていてもどうせ自白魔法をかけられるんだから、みっともない姿を晒す前に諦めて自白したら?」
これ以上ないほど冷めた声で言ってやると、それまでうなだれていたフィルがガバッと顔を上げ憎しみのこもった目でエリザを睨みつけてきた。
「うるせえ! 偉そうに言いやがって! 執事なんか雇いやがって、金がないって言ったのは嘘だったのかよ!」
「……ああ、そういうこと。使用人を雇っていないのを知っていたから、私が軍部に拘束されている間に侵入して偽装工作をする計画を立てたのね。残念だったわね、予定外に腕の立つ執事がいて」
侵入に失敗したどころか、全員拘束されて証拠品まで押さえられて逆に嘘の証言をした裏付けになってしまったのだから、さぞかし悔しいだろう。
「偽装工作までして私を陥れようだなんて、どこまでクズなの……? いつからそんな腐った人間になってしまったのよ。あなたを支援し続けてきた自分が馬鹿みたいで泣きたくなるわ」
「そうやってすぐ俺を見下すからだろうが! 俺だってエリザがいなけりゃこんな惨めな人生送ってなかった! 何もかもお前のせいだ!」
「いつ、私があなたを見下したっていうのよ……」
責任転嫁しないでと怒鳴ってやりたかったが、フィルの口から発せられた言葉が胸に突き刺さり、声が震える。
「最初から、ずっとお前に見下されてきた。魔力判定の日、エリザは皆から賞賛されてもてはやされている横で、俺は親に見向きもされなかった。魔法師団に入ったお前が重要な任務について活躍している話を聞かされるたび、格差を見せつけられて俺がどれだけ惨めな気持ちになったか分かるか? 惨めな俺に金を恵んで、お前はさぞかしいい気分だったろうな!」
「そんなわけないでしょう。被害者面しないでよ」
いい気分になったことなどない。本来雇うべき使用人すら雇えないほど生活費を切り詰めてフィルの学費その他を賄ってきた。
金蔓だったと嘲られたうえに、それすら惨めな気持ちにさせられたと責められるのか。自分は一体どうすればよかったというのか。