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第二節

 喜悦、愉悦、優越、嘲笑……。破滅工房の装備を身に纏い、出処不明の魔道具を操る者たちの感情は喜びに満ち溢れ、絶大な力を振るう快楽に溺れる。


 剣の一振りで大群を蹴散らし、術一つで城塞都市を炎の海に沈め、魔界より顕現する魔族や魔物と対等以上に渡り合う圧倒的な力。英雄と呼び慕われる名声の美酒に酔い、果て無き欲望を富へ変える万能感。世界の理を捻じ曲げ、不可能を可能とする破滅工房作品は正しく黄金を武具にすげ替えた美術品……否、殺しの為の道具である。


 金銀財宝にも代え難く、どれだけ探し求めても見つからない。同一の作品は存在せず、全て工房主一人が造り上げた一点物。一度市場に出回れば億の値が付き、抑止力として存在するコレクション。だが、市場に出回る作品は例外問わず工房の模倣品に過ぎない。何故なら、ダリアは一度たりとも己が愛する作品こどもを人間へ与えたことは無いのだから。


 「私はね、誰かの死を見てみたいの。誰がどんな想いで作品こどもを使い、作品こどもがその人を殺すのか……。どう死ねば納得できて、最期に何を想って死ぬのか。それを知りたいだけよ、マリアンヌ」


 ローブの裾から透明な硝子煙管を取り出し、そっと咥えたダリアは気怠げに火を着ける。


 「死を見るため?」


 「そう、死に方を見つける為。私に合った死に方と私だけの死を見出したい。その為に作品こどもを造って、与えて、誰かの死に様を見届けた。ダァト……王子様と違って、私は自分に正直なのよ」


 揺らめく紫煙の向こう側でダァトが微笑みを浮かべたままダリアを睨み、腐った鞘に収められた長剣をテーブルの上へ放り投げる。


 「直せよ魔女、得意だろ? 造って壊す御飯事がよ」


 「……まだこの子は貴男を殺せていないの?」


 「おいおい、不死者同士お互い長い付き合いだろ? もう何百回と聞いたぜ? その言葉」


 鞘から長剣を抜き、錆と白刃を交互に見比べたダリアが深い溜息を吐く。粗末に扱われつつも鋭利に研がれた剣の息を代弁したのか、作品が辿るべきだった死の道のりへの落胆か……。それは彼女だけが知り得る心の奈落。


 「懐いてるわね、嫌なくらいに」


 「そうじゃなきゃ困るね俺もさ。結構手が掛かるじゃじゃ馬だったぜ? お前の娘はよ」


 「他の子供達は元気?」


 「そりゃぁもう。嫉妬深いねぇ全く」


 「そう、毎回抜かれるこの子に比べれば、甲冑と外套はその時じゃなきゃ使われないものね」


 「まぁな、少し使おうとすれば我先にって這い出すペットと口煩い指揮官気取り。そんなに俺が好きかねぇ、お前のガキは」


 「大好きでしょう? 殺そうとしても死なない存在は珍しいもの。ずぅっと自慢してる筈よ、死んでしまった兄弟達に」


 あっそ、と。マリアンヌを一瞥したダァトは皮肉に満ちた笑みを口元に湛える。


 「意味分かんねぇって顔してるな、マリアンヌ」


 「そうですね、サッパリ意味が分かりません」  


 「仕方ねぇわな、けどまぁ……コレが不死者同士の話ってヤツだよ。人間に理解できる話なんか少しもしねぇし、長ぁい付き合いで大体察しちまう。面白くも何ともねぇよ、こんな女と話してもさ」


 「私はどうですか?」


 「新鮮味に溢れてるね。ダリアもウキウキしてんぞ? 辛気臭え顔が何時も以上にジトってしてるからな」  


 「そうでしょうか? 私は……綺麗だと思いますけど」


 ゲラゲラと愉快極まったとばかりにダァトが笑い、目尻に涙を浮かべて腹を捩る。


 何がそんなに可笑しいのだろう? 呆けたように剣士を見つめるマリアンヌを他所に、ダリアは薄く笑った。


 「綺麗……ねぇ。久しぶりに聞いたわ、そんな言葉」


 「どうしてですか?」


 そっと———片目を覆い隠す前髪を掻き上げる。其処にはある筈の目玉は存在せず、その代わりに幾万学模様が刻まれた奇妙な義眼が埋め込まれていた。


 「貴女、この眼を見てどう思う?」


 「特に何も……ただ」


 「ただ?」


 「不思議な気分になります。胸の奥がざわつくような、それでいて悲しいような……。あ、アレに似ていますね。虫の眼球、蜻蛉の眼に似てます」


 「……面白いことを言うのね。王子様、この子普通じゃないわよ? イカれてるわ、頭のネジが百本位飛んでるんじゃないの?」


 「じゃぁテメエは一億本どっかに飛んじまってんな? けどまぁ……少し予想外だったな。お前の眼を見て狂わなかった人間はさ」


 「貴男はどう見るの? この眼を」


 「反吐が出る。忌々しい。テメエを殺す算段が出来たら真っ先にブチ壊したくなっちまうな」


 「冷たいのね、せっかく出来の良い子供達をあげてるのに」


 「その内の何体がぶっ壊れたんだ? 半端なガキを送りつけて来るんじゃねぇよ、なぁ?」


 煙管に溜まった灰を剣の刃に振りかけ、白い手の反対側……左手を覆う黒手袋をするりと脱ぐ。


 生身の手に無理矢理歯車を詰め込み、機械と血肉を融合させた歪な手。一つ指を動かせば指先がパクリと二つに割れ、中に仕込まれた工房道具が自ずと作動する機械仕掛けの五指。興味津々な眼差しを向けるマリアンヌを一瞥したダリアは、剣の錆を丁寧に剥ぎ取ると掌を刃へ押し当てる。


 「別に面白くも何ともないわ」


 僅かに……だが確実に、欠けた刃が修復され、擦り潰されてしまった文字が刀身に刻まれる。


 「ダァト」


 「あぁ?」


 「この子の名前、覚えてる?」


 「さぁな、どうだったか。もう何十年……違ぇな、百何十年も昔のことだろ? 覚えてるワケねぇだろうが」


 「血罪剣カルナセイン。貴男を殺す為に鍛え、この子以外に殺されない為に造った剣。悲しんでるわよ……ねぇ? セイン」


 白刃が嘶き、黒の刀身を声のように軋ませた。血管を思わせる筋が剣全体を覆い尽くし、壊れかけた剣は再び全盛期の姿へ鍛え直される。


 「百五十万八千二百人と五千六百二匹、次いで七千五百体」


 「え?」


 ジッと……義眼で剣が記憶した死を見つめたダリアは口角を吊り上げ、愛しい我が子を愛でるかのように刀身を指先で撫でる。


 「彼が奪った命の数よ、もっと前の記憶を遡れば……一千万。素晴らしい成果ねダァト、流石は最古の不死者と呼ばれるだけあるわ」


 のっぺりとした薄気味悪い笑顔を顔に張り付け、轟々と燃え狂う真紅の瞳を瞼の隙間から覗かせたダァトは「言っていい情報と、言っちゃいけねぇことがあるよなぁ? 忘れたって言わせねぇぞ……ダリア」テーブルを二度叩く。


 「ごめんなさいね、口が滑っちゃったわ。だって教えたくなるでしょう? 不死の隣を歩く人間に、なぁんにも知らない女の子に。怖いわよ? 王子様」


 「黙れよ魔女。また痛めつけて欲しいのか? えぇ?」


 「アーカードでも呼ぶ? それとも貴男の自称理解者? 面白くなるわね、町がまた一つきえちゃうわね? 数百年ぶりかしら……貴男の怒り顔を見るのは」


 一触即発の雰囲気を醸し出す二人の不死者を他所に、マリアンヌは近くを通り掛かったウェイトレスへ適当な料理を注文する。


 「すみません、この肉料理とガレットと……飲み物を下さい」


 「え⁉ いや、その……いいですか? お連れの方は」


 「いいんじゃないんですかね、放っておいても。それと……おススメの食べ物とかありますか? それもお願いします」


 空気が凍り付く程の殺気を放つ不死者とは正反対。呑気に料理を待つマリアンヌは「けどダリアさん、ダァトさんはそれくらい強いってことですよね?」メニューに綴られた文字を追う。


 「そうねぇ、普通の人間じゃ敵わない。殺す事も出来やしないわ」


 「なら大丈夫ですね」


 「……何が言いたいの?」


 「長い間生きてるなら色んな場所も知ってますし、聖都への行き方だって問題無い。だから大丈夫なんです。頼もしいじゃないですか、私にとって。ダァトさんは」


 「……」


 「それにしてもその眼、凄く綺麗ですね。その手は他にどんな事が出来るんですか? あと子供達ってなんですか? 破滅工房はダリアさんだけなんですか? それと」


 「少し待って頂戴。ストップ。貴女ねぇ……私達が怖くないの? 不死者なのよ? 普通なら泣いて赦しを乞う存在だと思うんだけど」


 「そうですね、ダァトさんと初めて会った時は怖かったんですけど……意外と優しかったんですよ。だからダリアさんもそんなに怖くないのかなって」


 「……他には?」


 「はい?」


 「他の理由を聞いてるの。答えてみせなさい……マリアンヌ」


 生身の左目が揺れ動き、迷いと好奇の眼差しを少女へ向ける。


 「私の質問、色々答えてくれたじゃないですか」


 「聞かれたからよ」


 「本当に危ない人なら、こんなに長々と話してませんよね?」


 「無意味だもの。こんな大勢の前で貴女を殺しても」


 「じゃあダリアさんも大丈夫ですね」


 「その理由を———」


 「自分で考えて、選べる人ですもん。だから大丈夫。ダァトさんが好きな人だと思いますよ? ダリアさんは」


 「……ダァト」


 「あぁ?」


 「面白い子ね、色々と教えてあげたくなるわ」


 だろ? そう言った剣士は殺意を押し込み、柔らかい笑みを浮かべた。


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