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Ὄναρ μαντεύεται τὴν ῥίζαν τῆς ψυχῆς.
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ミサキは帰宅間際、自分の端末を閉じようとした手をふと止めた。
先日、ナオヤが話していたドウジン室長の「夢」――その中で名を呼ばれていたという「レディア」という存在が、なぜか心のどこかに引っかかっていた。
「そうだ、調べようと思ってたんだった……でも、どこから手をつければ…」
もう一度、端末を起動しなおす。
ミサキは「レディア」という名について、様々なキーワードを入力しながら検索を試みた。
しかし、どれほど深く掘っても、手応えはない。
「おかしい……。これだけ深く探ってるのに、何も引っかからないなんて……」 天井を仰ぎ、しばらく思考を巡らせる。
「メインにアクセスすれば何か掴めるかもしれないけど……それじゃギルフェルド副長に即バレしちゃうし……」 ふと、画面の隅に何かが表示された。
「……え?」 そこには、通常では見られない‘‘管理階層’’へのアクセスが一時的に開放されていることを示すコードの断片があった。
「おかしい……ここって、副長の許可なしにアクセスできないはずなのに……」
静まり返った情報部で、思わず背後が気になり、振り返る――誰もいない。
ここから先へ進んではいけない’―――そんな直感が、胸の奥でかすかに囁いた。
「……ナオヤと、もう一度話してからにしよう」
端末の電源を落とし退室しようとしてミサキは、さっきまで自分が座っていた席を一度振り返った。
その視線には、迷いと期待が静かに交錯していた。
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「ねぇさま、見て――月が、あんなに綺麗……」 誰かが、こちらを向いて優しく微笑んでいる。
その唇は確かに何かを語っているのに、音は届かない。
ただ――温かさと、懐かしさだけが、胸に染み込んでくる。
「……ねぇさま……?」
その呼びかけの瞬間――意識が浮上する。
ミサキは目を覚ました。 不思議な夢だった。
「ねぇさま……なんて、アタシに姉妹はいないのに……」
「だよな……」
「え?」 ミサキが声を上げると、ナオヤがベッドの脇で水を飲んでいた。
「何かあるの?」
「最近さ、キミ、よく寝言で言ってるよ。「ねぇさま……」って」
「え!? ……言ってた?」ナオヤは頷く。
「目が覚めたときに、たまたま何度か聞いた。すごく穏やかな顔してたけど」
ミサキは夢の中の光景を思い出そうとする。 でも、顔はぼやけていた。ただ、その人の笑顔は、とても優しくて、懐かしい感覚を呼び覚ました。
「あの人、誰だったんだろ……名前も呼ばれてた気がするけど……その肝心なところが、聞こえないの……」
「結構覚えてるじゃないか」
「話してるうちに、ちょっとずつ思い出してきたのよ……」
「いずれにしろ、夢の話だからな。あんまり気に病むなよ。どうしても気になるなら――ギルフェルド副長に相談してみるとか?」
「……うん、ちょっと怖いけど……」
でも心のどこかで――ミサキはその夢が、ただの夢ではない気がしていた。
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仕事終わり、ミサキは再び『レディア』に関する調査を試みようと、情報部に残った。
幸いギルフェルド副長は姿を見せていない。
「とりあえず、この前探ったところまで、もう一度……」 慎重に手順を踏み、画面の奥へと進んでいく。
そのとき、静寂を破る声が背後から響いた。
「何をしている?」
「……ギ、ギルフェルド副長!」
慌てて画面を隠そうとするが、時すでに遅く。
ギルフェルドは半ば感心したように、モニターを見つめながら言った。
「よく、ここまで辿りついたな……」
「これは、その……」
「これ以上は深入りするな」
静かながら、確かな威圧感が込められていた。
「でも、副長。ワタシ、最近――夢を見るんです」
「夢?」
「はい……。誰かを「ねぇさま」と呼んでいて、すごく幸せで温かくて……。まるで前世の記憶のような……」 ギルフェルドはしばし黙り、静かに息を吐いた。
「それは、キミの妄想が生み出した産物ではないのか?」
「違います!」ミサキは一歩踏み出し、言葉を続けた。
「だったら調べてください。脳波でも記憶でも……なんでもいい。なにかが……残ってる気がするんです。ワタシの中に!」
ギルフェルドの眼差しが鋭くなり、だがすぐにその色を沈めてこう言った。
「わかった。ただし、私の一存ではできない決まりだ。上に掛け合っておく。今日は、もう帰りなさい」
それ以上は言えなかった。
ミサキは、静かに頷いて部屋を出た。
廊下の扉が閉まる音が、情報部に静寂を戻す。
ギルフェルドは独り言のように呟いた。
「……もう、始まったか…」
―第4章、閉じ。