目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

【第4章:夢の残像】

━━✦━━

Ὄναρ μαντεύεται τὴν ῥίζαν τῆς ψυχῆς.

━━✦━━


ミサキは帰宅間際、自分の端末を閉じようとした手をふと止めた。

先日、ナオヤが話していたドウジン室長の「夢」――その中で名を呼ばれていたという「レディア」という存在が、なぜか心のどこかに引っかかっていた。


「そうだ、調べようと思ってたんだった……でも、どこから手をつければ…」

もう一度、端末を起動しなおす。


ミサキは「レディア」という名について、様々なキーワードを入力しながら検索を試みた。

しかし、どれほど深く掘っても、手応えはない。

「おかしい……。これだけ深く探ってるのに、何も引っかからないなんて……」 天井を仰ぎ、しばらく思考を巡らせる。


「メインにアクセスすれば何か掴めるかもしれないけど……それじゃギルフェルド副長に即バレしちゃうし……」 ふと、画面の隅に何かが表示された。

「……え?」 そこには、通常では見られない‘‘管理階層’’へのアクセスが一時的に開放されていることを示すコードの断片があった。


「おかしい……ここって、副長の許可なしにアクセスできないはずなのに……」

静まり返った情報部で、思わず背後が気になり、振り返る――誰もいない。


ここから先へ進んではいけない’―――そんな直感が、胸の奥でかすかに囁いた。


「……ナオヤと、もう一度話してからにしよう」

端末の電源を落とし退室しようとしてミサキは、さっきまで自分が座っていた席を一度振り返った。


その視線には、迷いと期待が静かに交錯していた。


 ━━✦━━


「ねぇさま、見て――月が、あんなに綺麗……」 誰かが、こちらを向いて優しく微笑んでいる。

その唇は確かに何かを語っているのに、音は届かない。

ただ――温かさと、懐かしさだけが、胸に染み込んでくる。


「……ねぇさま……?」


その呼びかけの瞬間――意識が浮上する。


ミサキは目を覚ました。 不思議な夢だった。


「ねぇさま……なんて、アタシに姉妹はいないのに……」

「だよな……」

「え?」 ミサキが声を上げると、ナオヤがベッドの脇で水を飲んでいた。

「何かあるの?」

「最近さ、キミ、よく寝言で言ってるよ。「ねぇさま……」って」

「え!? ……言ってた?」ナオヤは頷く。


「目が覚めたときに、たまたま何度か聞いた。すごく穏やかな顔してたけど」


ミサキは夢の中の光景を思い出そうとする。 でも、顔はぼやけていた。ただ、その人の笑顔は、とても優しくて、懐かしい感覚を呼び覚ました。


「あの人、誰だったんだろ……名前も呼ばれてた気がするけど……その肝心なところが、聞こえないの……」

「結構覚えてるじゃないか」

「話してるうちに、ちょっとずつ思い出してきたのよ……」


「いずれにしろ、夢の話だからな。あんまり気に病むなよ。どうしても気になるなら――ギルフェルド副長に相談してみるとか?」

「……うん、ちょっと怖いけど……」

でも心のどこかで――ミサキはその夢が、ただの夢ではない気がしていた。


 ━━✦━━


 仕事終わり、ミサキは再び『レディア』に関する調査を試みようと、情報部に残った。

幸いギルフェルド副長は姿を見せていない。


「とりあえず、この前探ったところまで、もう一度……」 慎重に手順を踏み、画面の奥へと進んでいく。


そのとき、静寂を破る声が背後から響いた。

「何をしている?」


「……ギ、ギルフェルド副長!」

慌てて画面を隠そうとするが、時すでに遅く。

ギルフェルドは半ば感心したように、モニターを見つめながら言った。

「よく、ここまで辿りついたな……」

「これは、その……」

「これ以上は深入りするな」

静かながら、確かな威圧感が込められていた。


「でも、副長。ワタシ、最近――夢を見るんです」

「夢?」

「はい……。誰かを「ねぇさま」と呼んでいて、すごく幸せで温かくて……。まるで前世の記憶のような……」 ギルフェルドはしばし黙り、静かに息を吐いた。


「それは、キミの妄想が生み出した産物ではないのか?」

「違います!」ミサキは一歩踏み出し、言葉を続けた。

「だったら調べてください。脳波でも記憶でも……なんでもいい。なにかが……残ってる気がするんです。ワタシの中に!」

ギルフェルドの眼差しが鋭くなり、だがすぐにその色を沈めてこう言った。


「わかった。ただし、私の一存ではできない決まりだ。上に掛け合っておく。今日は、もう帰りなさい」


それ以上は言えなかった。

ミサキは、静かに頷いて部屋を出た。

廊下の扉が閉まる音が、情報部に静寂を戻す。



ギルフェルドは独り言のように呟いた。

「……もう、始まったか…」




―第4章、閉じ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?