私はとても貧しい教会に付属する小さな孤児院で育ちました。両親の顔など覚えておりません。どこかの貴族の慰み者にされた奴隷の私生児か、食い扶持を減らすために捨てられた農家の子か、戦争にすべてを奪われた遺児か、私の出自は定かではありません。物心ついたとき、すでに私はそこにいて同じような子供たちと肩を寄せ合って、一日をただ過ぎるのを待っているような日々を送っていました。
そんなある日、お嬢様が孤児院を訪れました。それは、すべての色が灰色に沈んでいた場所に一条の光が差すような出来事でした。
お嬢様はとても美しい方でした。目を奪われるような美しさ。けれど本当に胸を打ったのは、その佇まいの気高さでした。私より年下のはずなのに、幼さを一つも感じさせず、あの場にいた誰よりも静かに、毅然とした空気をまとっていたのです。
お嬢様の名は『クラリッサ・フォン・アルゼンティア』。アルゼンティア伯爵家のご令嬢。私が生涯をかけてお仕えすることになる方でございます。
お嬢様は『貴族の奉仕』と称して、旦那様とともに孤児院を訪れました。貴族たる者、民の模範となり、遍く民草を導くべし。そうした理念の下に。『
それがどういうものであるか、学のない私たちですら薄々感じておりました。自分たちは、ただ都合よく使われているのだと。中には貴族を憎んでいる子もおりましたし、ただ一方的に施されることに静かな怒りを抱く子もおりました。そしてその感情は、当然ながら、同じ年頃であるお嬢様へと向けられることになったのです。
大人という強者には何も言えず、自分たちと同じ子供であるか弱い少女にだけ牙を剥く。そうした縮図が、この小さな世界にも繰り返されていたのです。私もその理不尽に何の疑問も抱いてはおりませんでした。
子供たちはお嬢様を取り囲みました。嫌悪と怒りに染まった目が、あの気高い姿に突き刺さるようでした。男の子の一人が、荒々しい手つきで腕を伸ばしました。無意識の反射だったのか、それとも怒りが理性を追い越していたのか。その時、お嬢様は静かにその手を払いのけました。恐れも戸惑いも浮かべず、ただ無駄を排すような優雅な一振りで。
そして、一同を見渡すように目を向け、あの人は言葉を紡ぎ始めたのです。
「あなた方の境遇を私は知りませんが、貴族を恨むのはしかたがありませんわ。けれども、逆恨みはお止めなさい。憎しみでその場に立ち止まるのだけはお止めなさい。そんなことよりも、自分たちの未来のために時間を使いなさい。輝かしい将来を掴むために努力なさい。どんな境遇に置かれようともその努力は必ず実を結びますわ。怒りを握る手で、未来を掴むことはできませんのよ。これ以上、私たちに貴方たちの時間を奪わせないで」
その声は高くも低くもなく、ただ場の空気を真っ二つに裂くような鋭さで響きました。誰かが息を呑んだ音が聞こえた気がしました。誰にも届かないと思っていた私たちの感情に、あの人の声だけが、真っ直ぐ届いていたのです。
その剣幕に、周囲の子供たちはすっかり圧倒されておりました。おそらく、大半の子は何を言われたのかすら理解できていなかったのではないでしょうか。けれど、私は違いました。お嬢様のその言葉に、胸の奥が震えたのです。
まだ同じ年頃のはずなのに、あの方はどうしてあれほどまでに達観しておられるのか。幼さの影ひとつ見えず、まるで人生を何度も生き直してきた者のような……そんな気配を、私はそこに感じておりました。だからでしょうか。私はあの方に、強く惹かれていきました。
もしこの人が未来を語るなら、その言葉には貴族も平民も関係なく、誰もが笑って生きられる世界の兆しがあるのではないか。幼いながらも、私は本気でそう信じてしまったのです。
そして、私は跪きました。ためらいも迷いもなく、お嬢様の前で忠誠を誓いました。
あの時のお嬢様の目……少し見開いて、言葉の続きを失ったように戸惑ったお顔。私はあの表情を生涯忘れることはないでしょう。