私がカミル辺境伯様のもとへと参じ、事情をすべてお伝えして都へ戻ったときには、すでにすべてが手遅れでございました。
お嬢様はすでに囚われの身となっておられ、その処分も形式としてではなく、『決定事項』として確定していたのでございます。罪状は、国家反逆罪・国家転覆罪・国家騒乱罪・王家不敬罪・王家侮辱罪……重きものから軽きものまで、ありとあらゆる罪が列挙されておりました。
そして最終的に下された判決は、『死罪』。しかも、公衆の面前での断頭台にて……。それが、お嬢様に課せられた、あまりにも過酷な『終わり』でございました。
誰が見ても不当な裁きでございます。明確な証拠など、どこにも存在いたしません。けれど、真実を知るこの私の証言には、何ひとつ『価値』が認められなかった。貴族の一語は、メイド百の声にも勝る。その現実に、私はただ立ち尽くすしかなかったのです。
巷では、国家に仇なす『悪逆令嬢』などと、お嬢様は嘲笑と共に呼ばれておりました。風評とは申せ、あまりに酷うございます。
お前たちは、一体お嬢様の何を知っているのか!
どれほど平等を愛し、どれほど清らかなお心を持った方であったか……。
何一つ知りもせず、知ろうともしなかったくせに!
流されるまま、信じたいものだけを鵜呑みにし、疑いもせず、与えられた声を真実と崇める、何と愚かで、醜く、哀れな豚共か!
お嬢様は、ただ皆を救いたかったのです。
不正にまみれた政治を、少しでも良くしようと、あの方は、『あなた方』の幸福のために声を上げていたのです。
それを。
それすらも踏みにじって、十字架にかけて悦に浸るとは!
嗚呼、民衆とはかくも、妬みと臆病と欲で動く、愚鈍なる群れなのでしょうか!
◇
その夜……。
私とカミル辺境伯様は、伝手を頼ってお嬢様の囚われている牢獄へと密かに向かいました。もちろん、お嬢様をお救いするためでございます。
そして、鉄格子の向こうにそのお姿を見つけた瞬間、私の頬には、耐えがたい涙がとめどなく溢れておりました。
かつては絹糸のように艶やかだった髪は、ぼさぼさに縮れ、陶器のようだったお肌は荒れ、かさつき、豊かだったお身体は骨ばかりが目につくほど、やせ細っておられました。
「お嬢様……!」
思わず声が漏れておりました。静かに顔をこちらへ向けられたお嬢様の眼差しからは、かつての生気が失われているように見えました。それでも、私の姿を認めると、わずかに口元がほころびました。
「……マリア? 来て……くれたのね」
声は弱く掠れていましたが、確かにいつものあの優しい響きでした。
「クラリッサ! 大丈夫か! 俺がわかるか!」
続いてカミル様が鉄格子に手を掛け声を張りました。その姿を目にされた瞬間……お嬢様の目から、大粒の涙がぽろぽろと溢れ落ちました。言葉もなく、ただその涙がすべてを物語っているようでした。
「ああ……カミル……! よかった、あなたが無事で……最期に会えて本当に……よかったわ」
「何を言ってるんだ、クラリッサ! さあ、ここから逃げよう! 俺の領地にさえ入れば、あとは何とかなる! さあ、手を!」
カミル様が鉄格子の隙間から、必死にその手を差し伸べられました。
けれど、お嬢様はその手を取られませんでした。かすかに微笑みながら、首を静かに横に振られたのです。
「……なぜだ、クラリッサ! こんな濡れ衣で、死ぬなんて馬鹿げている! 俺と一緒に逃げよう! 二人で暮らそう!」
カミル様の声は切羽詰まっておられました。
「……それは、できませんわ。カミル」
その声は穏やかで、そしてどこか遠くを見ておられるようでした。
「いずれ、私とあなたの仲は世に知られることになるでしょう。その時、私を匿ったと疑われれば、王家はたとえ証がなくとも、あなたの領地に兵を差し向けるでしょう」
「それがどうした! 君のためならば、俺は何だって!」
「あなたは、よいのかもしれません。でも……領地に生きる民草たちには、何の罪もありません。関わりなき者を巻き込み、命を奪わせるわけにはいきませんの、カミル」
「……っく、それは……」
カミル様は唇を噛み言葉を失われました。お嬢様は、なおも穏やかなまなざしで彼を見つめておられました。
民を守るために自らを棄てる。それが政治というものならば。あの方は、最期まで志の人でおられたのです。
「……ね? 貴方は私を選んではいけないのよ。……カミル。貴方は、貴方の幸せを見つけてちょうだい。私のことなんて……忘れて、どうか、幸せになってちょうだい。……お願いだから」
「……クラリッサ……っ!」
カミル様のお顔は、涙と嗚咽でぐしゃぐしゃに崩れておりました。両の掌を鉄格子に縋らせたまま、声にならぬ声を漏らしておいででした。
けれどお嬢様は、そんなカミル様を、まるで幼子をあやすような穏やかな眼差しで、静かに見守っておられました。
◇
ああ、神さま……。
なぜ、どうして、あなたはこのような仕打ちをなさるのですか。
お嬢様も、カミル様も。
あの方々は、心から人として優しく、美しく、尊くあられるのに……。
そんな方々に死を与え、己の保身と妬みばかりにまみれた下劣な人間どもに、生を許すのですか。
あまりに、理不尽ではありませんか。
この世界には、お嬢様のような方が必要なのです。
あの方なら、きっと。
きっと、この国を、民を、未来を……導いてくださったはずなのです。
なぜ……なぜ、その道を奪うのですか!
……ならば。
私は、神を拒みます。
あなたの定めた運命など、滑稽な児戯に過ぎません。
私はこの手で罪を犯しましょう。
ただ、お嬢様の幸せのためだけの、この私だけの罪を。
そして、この罪だけは。
誰にも、決して、赦させはしない。