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後書

 大勢の群衆がいた。


 野次を飛ばし、酒を浴びるように呷り、大声で騒ぎ立て、金切り声を張り上げる者たち。そこには、理性という名の衣を脱ぎ捨てた、ただの群れがあった。


 彼らの視線の先、それは断頭台。野蛮と愚劣の象徴たるその台座は、鈍く銀色に輝く刃を天に構え、まるで血を渇望する獣のように、今か今かとその瞬間を待ちわびていた。


 やがて、一人の女性が引き出される。


 頭には粗末な麻袋を被せられ、抵抗の気配を見せるその肩を、無骨な男たちが、有無を言わせず押し出していく。


 女は、否応なく断頭台へと連れられた。麻袋越しの視界など問わず、台座に横たえられ、首は金具で、ぴたりと固定される。


 途端、民衆の声は歓喜とも陶酔ともつかぬ熱に包まれさらに高まった。それは正義ではない。激情でもない。ただの、沈黙という道徳を喪った熱狂だった。


 そして。


 喝采が絶頂に達したその刹那……。


 凶刃は、躊躇なく。


 まるで重力すら同調したかのように、大地へとその銀刃を振り下ろした。



     ◇



 その光景を、私はただ見つめていた。


 断頭台に横たわった、身代わりとなったあの娘のことを想いながら。


 何もせず、ただ、見つめていた。


 視界が、かすかに歪んでいた。どうやら、私は涙を流していたらしい。もう涙など、とうに枯れ果てたと思っていたのに……。


 ふと、隣に寄り添う男の横顔に視線を向ける。深くフードを被ったその顔もまた、悔しさに濡れ、歯を食いしばったように苦悶に歪んでいた。


「……行こう。クラリッサ」


 低く、震える声だった。けれど、その声が私の名前を呼んだとき……私はゆっくりと彼の方へと顔を向け、静かに応えた。


「……ええ。行きましょう。


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