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第265話 『コウテイ』たちの襲来

「あなた……」


「すまない。国民が前線に行くというのに私がいかないわけにはいかないのだ……」


 イーデ獣王国王城、ベトラの寝室にて。

鎧に身をまとったアウグストスは、彼女に出撃の件を伝えていた。

そのことを聞いた彼女の顔は段々と暗くなっていく。


 戦後被害の大きかったイーデ獣王国は、少しずつではあるが復興を進めていた。

彼らは生き延びたことへの感謝と、国のために働ける喜びに満ちていた。

だがそんな時、突如としてスタンピードが発生したという一報が入ってきたのだ。


 平和に暮らせるはずであった国民は再び戦場に駆り出され、家族と引き離されることとなった。

それはアウグストスも例外ではなく、彼もまた出撃する運命にあった。

彼は元首の出撃の危険性をギルドに説明したが、その主張が受け入れられることはなかった。


 結果的に腹をくくった彼は、せめて自分が先頭に立って戦おうと決心した。

きっとペトラであれば応援してくれると思っていたが、あまり良くない反応に彼は困惑していた、

しばらくの沈黙の後、ペトラは静かにお腹を擦りながら言った。


「私ね……今お腹に子供がいるの……」


 その言葉に、アウグストスは固まった。

しばらく彼は黙って考え込み、彼女の言葉をゆっくりと反芻する。

そして遂に状況を理解した彼は、ペトラの手をガシッと取って言った。


「本当か! それはめでたい! そうか、父親になるのか……因みにいつ分かったんだ?」


「ほんの数日前よ。なんだか体調がすぐれなかったから聞きに行ったら『妊娠している』って言われてね。びっくりしたけど同時に嬉しかったのよ」


「そうか。当日に言ってくれたら良かったのに。まぁなんにせよめでたいな。名前はどうしようか、国民に発表もしないといけないな……」


「あなた、でも戦場にいかなければいけないのでしょう? そんな事を言っている暇ではないわよ」


 ペトラの言葉にアウグストスははっと我に返る。

先程までは行く気満々であったが、子どもの件を聞いて彼は急に王城に留まっていたいという気持ちに支配され始めた。

だがこれ以上国民だけに迷惑をかけるわけには行かないという彼の気持ちが、その心を抑えた。


「……名前は戦場で考えよう。俺は君が安心して子どもを産むことができるように何としても敵を殲滅してくる。どれだけの日数がかかるかはわからないが、絶対にそっちに被害がいかなようにすると約束しよう」


「そんな約束よりももっと大事な約束があるでしょう?」


「? 大事な約束?」


「そうよ、大事な約束。絶対に生きて帰ってくること。子どもたちに父親の顔を見せないわけにはいかないわよ。絶対にこの約束は守ってね」


 アウグストスはペトラの顔を見て、ゆっくりと、深く頷く。

彼はペトラのお腹に耳を当て、彼女をゆっくりと抱きしめた。

だがまだ小さいので、足で蹴るような音が聞こえてくることはない。


「では、行ってらっしゃい。この子の未来のために」


「あぁ。行ってくる」


 アウグストスは少し別れを惜しみながらも、ペトラの寝室をあとにした。





「陛下。先行隊からの連絡によると、前方に敵影は見られずとのことです」


「そうか。引き続き偵察を続けるように言っておいておくれ」


「わかりました。でも変ですね。他の防衛線では既に敵との接触報告が出ているのですが……」


「たまたまこっちに敵が回ってきていないだけかもしれん。だが気を抜くんじゃないぞ」


 馬上のアウグストスは、周りに冒険者を従えて進んでいく。

彼の周りの貴族は全員が長槍を手に持ち、機動戦による敵の殲滅を念頭に置いている。

だが国境線までの道のりで敵に出会うことはなく、そのまま国境沿いの砂漠まで進撃してきた。


「なぁ、今のところ他の陣営はどこまで進軍しているのか分かるか?」


「はい。今のところ三冠王国は合同で敵のはびこる谷を突破、逃げた敵を殲滅するべく連立王朝との国境部の森林部へと進撃を続けています。ミトフェーラはベアトリーチェ様を先頭にダークウルフの群れを殲滅しながらこちらへと抜けてきているとのことです。また、ミトフェーラの別働隊はそれよりも一足先に森を抜けてこちらへ進撃、スタンピードの発生源を目指しているとされています」


「他の方面は皆敵に遭遇しているのにこっちは遭遇していない……やはり何かがおかしい」


 灼熱の砂漠を馬は進むことが出来ないので、彼らは馬を降りて近くの村に預け置いた。

自らの足で砂漠へと乗り入れていく彼らは、はるか先まで何も無い砂漠を、太陽を頼りに進んでいく。

だが敵影が見えることはなく、ひたすら先に前進していった。


「! 陛下、先行隊との連絡が途絶えました!」


「なんだって! もう一度試してみろ!」


「何度やっても繋がりません! おそらく全滅したかと!」


「こんな短時間で……? 何があったのだ?」


 一気に緊張が彼らの間を駆け巡る。

冒険者たちは各々の武器を外側に構えた状態でアウグストスを中心に円陣を組み、その状態で少しずつ前へと進んでいく。

だが敵が現れることはなく、彼らを嘲笑うように太陽は照りつけていた。


「一旦停止! あそこの岩陰で休息を取ることにするぞ!」


「陛下、よろしいのですか?」


「水分不足で倒れたら問題だ。少し休息を取ってその間に作戦を練ろう」


「わかりました。ではあの岩陰で」


 アウグストスたちは岩陰に腰を下ろし、作戦を練り直す。

その間彼らは交代交代で水分を補給し、また歩哨に立った。

そんな彼らの前に、突如として砂嵐が巻き起こった。


「うおっ、目が!」


「! 何かいるぞ! 気をつけろ!」


 アウグストスは立ち上がり、砂が入らないように目を薄く開けて砂嵐の中を見る。

確かに嵐の中には何か黒い影が蠢いているのが見えた。

砂嵐が晴れ、そこに現れたのは――


「何だあの化け物!」


「うわっ、こっち見ているぞ!」


「戦闘態勢に入れ! 陛下を守るんだ!」


 そこに現れたのは『コウテイモグラ』と呼ばれるモグラ型の大型魔物であった。

30万年前の大陸を席巻した『コウテイ』たちが、世界の滅びに伴う休眠から再び目覚め始めていた。

コウテイモグラは餌を見定めるように舌舐めずりをする。


――――――


先日、『登場人物全員の知能にデバフがかかっている。読んでいて辛い』という意見をいただきました。

さぞかしすぐれた知能を持っているであろうその方の意見を鑑みた結果、全編において書き直しをすることに決めました。

そもそも自分でも書き直しの必要性は痛感していましたのでこれを機に、という感じです。

いつ投稿するのかは折を見て告知させていただきますが、一応現状では各章ごとにまとめて更新するつもりです。

内容の大幅変更をするつもりは基本ありませんが、もしかすると話数が増えたり、内容が大幅に変更になることがあるかもしれません。

ご迷惑をかけることになるかと思いますが、どうぞご理解ご協力のほどよろしくお願いします。


あるてみす


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