ミトフェーラの魔族を率いて前線へと移動するベアトリーチェ。
その後ろには多くの魔族の冒険者がついてきており、皆それぞれの武器を持っている。
だが一部のものは戦争時に使われ、その後民間に流出したマスケット銃を持参してきていた。
戦争で多くの人間が亡くなったために、魔族の戦力はさほど高くなかった。
だがその中でも戦争の生き残りは別格の実力を持っており、見ただけで誰が強いのかが分かるほどであった。
彼らはベアトリーチェの周囲を固めて歩いている。
「陛下、そろそろ敵の闊歩するエリアです。ロンメル元帥の率いる先行隊が掃討しているとはいえ完全に安全とは言い切れませんので、お気をつけください」
「分かっておる。貴様らこそ気をつけろよ」
「「「「はっ」」」」
特にベアトリーチェの横を固めている魔族は粒ぞろいの精鋭であり、重装備に身を包んでいた。
今彼女に話しかけたのはその中でも一番に強いものであり、手には巨大な戦鎚を持っていた。
彼は名をフィッシャーと言い、魔族の中では珍しい冒険者を生業として生きていた。
「にしても貴様の角、デカいのう。なかなかの実力者じゃな?」
「いえ、陛下ほどではございませんよ」
「まぁ魔王じゃからな。ルフレイ以外に負けたことはないわい」
「それは凄まじ――陛下、敵です」
フィッシャーは敵を感知するとすぐに戦闘態勢へと移行する。
他のものもそれぞれの武器を構え、周辺を警戒し始めた。
ベアトリーチェはそんな中1人前へと突き進んでいく。
「ちょ、陛下! 危ないですよ!」
「構わん。襲ってくるのであれば早くしろ!」
ベアトリーチェはそう言うと、体から魔力を放出した。
その魔力につられて茂みからダークウルフは姿を表し、ベアトリーチェににじり寄る。
周囲から次々と姿を表したダークウルフは次の瞬間、一斉にベアトリーチェに襲いかかった。
「甘いのう。Aランクとは言えどその程度か」
ベアトリーチェは背負っていたハルバードを持ち直し、半円を描くようにして上に振り抜く。
ダークウルフたちは即座に防御魔法を展開するが、ベアトリーチェの魔力が込められたハルバードによって打ち砕かれ、そのまま体を両断された。
それを見ても怯えないダークウルフは次々にベアトリーチェに襲いかかる。
だが結果は同じであり、ベアトリーチェは激重のハルバードを軽々と振り回してダークウルフを殲滅する。
そんな戦闘を見ているフィッシャーたちは、全員ぽかんと口を開けて見ていた。
「えぇ……俺たちいる?」
「一応Aランクのはずなんだがなぁ……おっかしいなぁ……」
「俺たち暇だな――って一匹はぐれたやつがいるようだな。俺たちはそっちの処理に向かおう!」
フィッシャーはご自慢の戦鎚を構えてダークウルフへと突進する。
他の者も続々とそれに続いてダークウルフへの攻撃を開始した。
その中でフィッシャーは高々と戦鎚を掲げ、そして一気に振り下ろした。
「くっそ、防御魔法が割れていないか! だが大丈夫だ、頼んだ!」
「おう、任されたぞフィッシャー!!」
槍を持った冒険者は勢いよく突進して防御魔法に石突を突き刺す。
石突には小型の魔石が仕込まれており、衝撃とともに炸裂した。
その衝撃で防御魔法にはヒビが入り、フィッシャーはそこをもう一度上からたたき下ろした。
「これでどうだっ!」
上から思いっ切り叩かれた防御魔法のヒビは段々と大きくなり、そして遂に砕けた。
砕けた防御魔法に驚いているダークウルフは、迫りくる脅威に気がついていなかった。
ダークウルフの上からは2本の剣を持った男が飛び降りてき、一気にダークウルフの首を掻き切った。
「っしゃぁ! おとといきやがれ!」
切り落としたダークウルフの頭を掲げ、冒険者たちは喜ぶ。
褒めてもらおうと思い彼らはベアトリーチェの方を向くが、既に彼女の周りには様々な魔物の死体の山が積み重なっていた。
彼らは自分たちが些細なことで喜んでいたのだと理解し、少し恥ずかしくなった。
「なぁ……陛下って強すぎないか?」
「俺も同じこと思ってた。しかもその上で魔法も最強格なんだろう?」
「やっばいなぁ……」
彼らは殺したダークウルフの首を地面に打ち捨て、ベアトリーチェの援護に回らんと移動する。
だが彼女は援護の到着よりも少し前に敵を捌き切っており、彼らの出る幕はなかった。
全員で一旦集合した後、彼らは点呼を取って無事を確認する。
「うむ、誰も死んでおらんし怪我もしておらんな。では行くぞ」
「「「「はっ!」」」」
彼らは再びベアトリーチェを戦闘にしてあるき始める。
ベアトリーチェのハルバードからは血が滴り落ちており、彼女の歩いた軌跡が地面に残されていた。
しばらく黙々とあるき続けていたが、フィッシャーは遂に耐えきれずベアトリーチェに話しかけた。
「陛下って近接戦闘も出来たんですね。魔法だけだと思っていましたので意外でした」
「そうか? まぁ父上が近接戦闘を好んだからのう。魔法も勿論他人以上に使えるが、昔から近接戦闘の腕を磨かれてきたこともあってか、妾は近接戦闘のほうが好みじゃのう」
「なるほど。でもそんな華奢な体でそのハルバードを振り回されるなんてすごいですね」
「こう見えて鍛えておるからな。これぐらいは楽勝じゃ。お主も持ってみるか?」
ベアトリーチェはそう言って、ハルバードをフィッシャーに手渡す。
彼は「まぁ持てるだろう」と、特に警戒することもなくハルバードを受け取った。
だがそれは想像を絶する重さであり、彼はその重みを支えることが出来ずに地面に座りこんだ。
「なんじゃ、それぐらいも持てんのか。ちと鍛え方が足りんのでは?」
「いえ……これはひとえに陛下が力持ちであるだけであると思います……」
「誰が筋肉バカじゃって?」
「言っておりません。誤解です」
そんな話をしながら、ベアトリーチェたちは奥地へと進んでいく。
彼女たちも同じく、スタンピードの発生地点を目指していた。
ベアトリーチェはハルバードを担ぎながらニヤリと笑う。