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第263話 ベアトリーチェの出撃

 ギルド連合軍の招集が決定された後、フランハイムの宮殿では――


「ベアトリーチェ陛下、先ほどルフレイ陛下が出陣なさられたようです」


「……そうか。ロンメル元帥、貴殿も出陣するのか?」


「えぇ。準備が整い次第部隊を移動させるつもりです」


「妾も招集命令が下りたからいかねばならぬ。にしても元首にすら招集を行うとは……ギルドの連中は頭が働いておらんのかのう」


 ロンメル元帥は一礼した後に部屋を辞した。

1人になったベアトリーチェもまた部屋を出て、宮殿の無駄に長い廊下を歩く。

彼女はふと足を止め、廊下からフランハイムの町なみを見渡した。


「……もう二度と国民を苦しめるようなことがあってはならぬと思っていたが、そうは上手くいかないものじゃのう」


 フランハイムの大通りに面したギルド前では、招集された冒険者が家族と抱き合っている姿が多く見受けられた。

彼らの多くが戦争を生き抜いた兵士たちであり、ようやくの平穏をまた手放さなければならないことを嘆いていた。


 そんな彼らを率いて出撃することになったベアトリーチェには、出発前に行っておきたい部屋があった。

彼女はその部屋の前に立ち、扉を叩く。


「グレース、妾じゃ。入るぞ」


「えぇ。どうぞ」


 ベアトリーチェは扉を開け、グレースの部屋へと入る。

グレースはベッドから立ち上がり、ベアトリーチェを部屋に迎え入れた。

彼女は部屋に備え付けられている給湯器を使ってお湯を沸かし、紅茶をいれる。


「今日はどうしたのかしら?」


「妾にも招集がかかったから、前線にいかなくてはならなくなったのじゃ。それを伝えにな」


「え、国家元首ですらギルドは招集しているの!?」


「あぁ。現にルフレイも招集されて出撃したとのことじゃ」


 そういうベアトリーチェの視界に、何か動くものが映った。

なにかと思ってみてみると、それは四肢を失ったサーシャであった。

彼女はあの後病院に運び込まれて治療が行われた後、ベアトリーチェに引き取られていた。


「おぉ、サーシャ! 元気かな?」


「はい。おかげさまで」


「そうか。ならばよかった」


 ベアトリーチェはそう言ってサーシャの車椅子の手押しハンドルを握る。

そのまま彼女はグレースのいるテーブルまで押していき、彼女といっしょにテーブルを囲った。

グレースは追加で紅茶を注ぎ、サーシャに飲ませてあげる。


「最近はサーシャが話し相手になってくれるのよ。彼女すごく頭がいいのよ?」


「ほう、そうなのか。まぁエルフじゃしな」


 そう言ってベアトリーチェはサーシャの髪をかきあげ、彼女の耳を露出させる。

先がちぎれており人とあまり変わらない見た目とはなっているが、本来はすっと長い、エルフの耳がそこにはあった。

だがダークウルフの襲撃以前から耳はちぎれており、それがなぜなのかはサーシャ以外誰も知っていなかった。


「あまり耳を見ないでください……」


 サーシャが少し嫌そうな顔でベアトリーチェを見てきたため、彼女は慌てて手を離した。

再び彼女の耳は髪の毛に覆われて見えなくなる。

何も言わないが、ベアトリーチェは彼女の過去になにかがあったのだろうと考えていた。


「まぁ仲が良さそうで何よりじゃ。それとグレースよ、リハビリの方はどうなっている?」


「まぁ少しずつって感じね。とりあえず”ウェルニッケ先生”はクリアしたわ」


「そうか。それが小さな一歩で、そして大きな一歩じゃからな。辛いとは思うが頑張るんじゃぞ」


「えぇ。あんなことで国民にずっと不便をかけるわけにもいかないから頑張るわ」


 グレースが2人めに心を許した”ウェルニッケ先生”。

それはかつてのミトフェ―ラ魔王国で王族お抱えの魔法使いとして働いていた老人であった。

今はもう隠居しているが、ベアトリーチェの懇願で、今度は宮廷お抱えの魔法使いとして戻ってきていた。


「先生には妾も小さい頃魔法を習っておった。先生の使う魔法は少し独特であろう?」


「えぇ。今までは『博愛の儀』で授けられた魔法しか使用できないと思っていたけれどもそうではなかったと知らされたわ。まさかあんな魔法が存在するなんてね」


「あれは先生が長年古代文明の魔法書を研究してきた成果じゃ。あくまでもあの儀式で授かるのは自分に合った『基礎』であってそこから発展させる必要があるのだと解明したのじゃ。あの魔法は発見以来一族秘伝の技となっておったが、グレースが男と打ち解ける機会になるのではと思って解禁したのじゃ」


「おかげさまで、少しではあるけれども新しい魔法を使えるようになったのよ」


 グレースは手のひらを開き、少し力を込める。

すると彼女の体から少し魔力が流れ出し、手のひらの上に集まった。

集まった魔力は鳥の形となり、羽ばたいた後キラキラと消えていった。


「『動物を形作る魔法』か。妾も初めて先生に教わった魔法じゃな。懐かしいのう」


「あ、その魔法なら私も使えますよ?」


「「え」」


 サーシャは驚く2人に見られながら力を込める。

すると彼女の座っている車椅子の周囲に魔力が集まり、鹿の形を形成した。

魔力で出来た鹿はひと鳴きした後、すうっと消えていった。


「ほ、本当に使えるのか……これはビックリじゃのう。先生以外にも教えれる人がいるということか」


「私は父に習いました。父はこの手の魔法が得意でしたので」


「ほぉーっ、その父上に会ってみたいものじゃな」


「父はもう……いえ、なんでもないです」


 一瞬気まずい空気が漂ったが、サーシャがすぐに誤魔化した。

その後冷えてしまった紅茶を飲んだベアトリーチェは、出発のために立ち上がる。

彼女はドアノブに手を掛け、グレースたちの方を向いて言った。


「では行ってくる。もしも危ない時は逃げるんじゃぞ」


「ベアトリーチェこそ、危ない時は逃げるのよ」


「分かっておる。では失礼するぞ」


 ベアトリーチェはドアノブを捻って部屋を出る。

グレースは手を振って彼女を見送った。

部屋を出たベアトリーチェは一度自室に戻った。


「……さて、いざ出陣といこうか。久しぶりにこんな物を使うな」


 ベアトリーチェは部屋にかけられてある巨大なハルバードを手に取った。

それは片方には斧が、もう片方には石突辺りまで巨大な刃がついている。

これは先王である彼女の父が使っていたもので、旧王都から回収された数少ないものの1つであった。


「待っておれルフレイよ。中央を突破してそっちまで行ってやろう」


 ベアトリーチェはハルバードを肩に乗せ、戦場へと出発した。


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