「これは……かなーりまずいことになったわね」
マルセイ商会の課税対策会議は重たい空気に包まれていた。
もしもルクスタントが課税を決めると、それまで足踏みをしていた他国家も一斉に課税を行う危険があった。
課税が行われると純粋に収益が落ち、経営が悪化する。
「なぜいきなり課税に……いや、完全に海軍の整備のせいでしょうな。この前ちらりと見に行きましたが、あんなに巨大な船を購入するにはさぞお金がいるんでしょうね」
「うちもイレーネから輸送船を輸入しようという計画がありましたが……それどころではなくなりましたな」
「いろいろ思惑が外れるわね。ミトフェーラでの展開もそうだし……」
ミトフェーラで再オープンしたマルセイ商会は開始早々苦戦を強いられていた。
新たに設立されたフランツ・ヨーゼフ商会の人気は凄まじく、マルセイ商会を凌駕していた。
圧倒的な低価格で商品を提供するフランツ・ヨーゼフ商会にマルセイ商会は太刀打ちできていなかった。
というのも、ルクスタントに本店を置くマルセイ商会はミトフェーラの店舗に商品を届けるまでの人件費が高く、またかなりの日数を要していた。
その分の補填は商品価格にしわ寄せが行き、相対的に価格が高くなってしまっていた。
それと比べてフランツ・ヨーゼフ商会は軍用トラックを活用した輸送によって所要時間の大幅減に成功し、また搭乗員は召喚された兵であるため人件費もかからなかった。
その分価格を安くすることができ、人々には喜ばれた。
またフランツ・ヨーゼフ商会はこの世界にはなかった『特売』や『セール』『ポイントカード』という概念を導入していた。
それらの効果で人々のお得心がくすぐられ、ついつい余計なものまで購入することにより利益を上げることに成功していた。
そのためミトフェーラでの競争ではフランツ・ヨーゼフ商会が圧倒的優位に立っており、マルセイ商会は経営難とまで言える状況に立たされていた。
一部では経営を放棄することも手であるとの声も上がっていたが、それではミトフェーラでの販売網が独占されてしまうためなるべく避けたいところであった。
「フランツ・ヨーゼフ商会の輸送網を見学してきましたが、我々の幌馬車とはまるで次元が違います。物をより多く、より早く届けることのできるフランツ・ヨーゼフ商会に我々は太刀打ちできないかと。それに今はミトフェーラだけですが、全国家に展開しようものなら完全に負けると思います」
「今は国営企業だからおそらく他国に進出することはないわ。でもいずれ民営化すると言っていたし、その時が来ればマルセイ商会も終わりかもしれないわね」
「やはりせめてコカトリスの独占販売権は保持しておくべきだったのではないでしょうか? あれがあるとないとでは利益が大きく違いますし、現にコカトリス肉の価格は大暴落の一途を辿っております。我々はあれをブランド肉と捉えていましたが、フランツ・ヨーゼフ商会の方々からするとただの肉なのでしょうね。他のものと同価格で取引するなんて……考えたこともなかったです」
「過ぎたことは仕方がないわ。ミトフェーラ以外の国での販路の拡大と、新たな事業の創出に向けて努力していきましょう」
新規事業の創出を踏まえた会議は、夜が明けるまで続いた。
◇
ブロロロロ……
「ひゃあ! 早いねぇ……」
「あれがフランツ・ヨーゼフ商会の輸送手段だってな。馬がいないのにデカくて早く物を運べる。しかも1台ではなく何台も抜けていったぞ。あんなものにマルセイ商会は太刀打ちできるのか?」
「太刀打ち出来ようの出来まいと、クエストで運んでいる俺達冒険者には関係のないことだろう? 輸送任務をきっちり終わらせてお給料を貰えれば問題なしさ」
「だけどその金を払っているのはマルセイ商会だよ? あそこが経営不振に陥ったら俺達への給料が減ったり、クエストがそもそも受注できなくなるかもしれないわね」
冒険者たちはそんな事を言いながら幌馬車を操り、ミトフェーラとの国境付近の森に差し掛かる。
ここからは舗装された道路があるため、標識に沿った道へと車線を変更する。
するとその時、道の脇に魔物の死体が転がっていることに気がついた。
「死体……最近魔物の量がさらに増えた気がするな」
「それに強さもだ。今までは見られなかったような高ランクの魔物も多く出現するようになってきている」
「まだ1体程度ならなんとかなるんだが、複数体でこられると厄介だよなぁ」
「そのために私たち冒険者が運搬しているんでしょう? いつでも戦闘できるようにしておかなくちゃ」
彼らは幌馬車から顔を出し、全周を警戒しながら森を抜けていく。
するとその時、魔物の群れがパーティーにいた魔法使いの索敵に引っかかった。
馬車を止めて臨戦態勢に入る彼らは、森からはガサガサと出てきた魔物を見て驚いた。
「こいつら、Aランクのダークウルフじゃないか! しかもこんなにも!」
「Aランクとなんて戦ったことないレベルの強さだぞ! どうしろってんだ!」
「でもやらないとやられるわよ! 全員いつもの体形に移行して!」
「「「「了解!」」」」
……とは言ったものの、全くAランクとの戦闘経験がなかった彼らはジリジリと追い詰められていく。
ダークウルフたちも襲う頃合いを見計らっていたが、ついに一匹が襲いかかった。
続けざまに他のダークウルフも襲いかかり、彼らは必死に抵抗を見せる。
「くっそ! 襲いかかってきやがった!」
「こいつらっ……硬いし連携が取れていやがる!」
「気を抜いたらすぐに死ぬぞ! 気をつけろ!」
「きゃあ! 炎魔法を撃ってくるなんて聞いていないわ! 助けて!!」
開始早々陣形を崩された彼らへダークウルフの群れは容赦なく襲いかかる。
一番中心で援護していた魔法使いが初めに狙われ、上にのしかかられた後に腕を食いちぎられた。
あまりの痛さに彼女は絶叫する。
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
「おい、大丈夫かってうお、こっちもだ! 助けに行く暇が無い!」
「あああああああ!!!! あ、あぁ……」
「諦めるんじゃない! まだ死ぬ――」
そう言った剣士の女の視界に、ダークウルフに食いちぎられた仲間の魔法使いの首が見えた。
あまりの恐ろしさに彼女は握っていた剣を落としかけるが、自分も襲われているので必死に戦闘を続ける。
だが支援役の魔法使いがいない今、仲間も次々に体の部位を食い荒らされており次々に絶命していく。
「そんな、もう、私……」
彼女は持っていた剣をついぞ落とし、地面に崩れ落ちる。
彼女の崩れ落ちた地面には、じわりと黄色い液体が染み出した。
アンモニア特有の香りにダークウルフたちはさらに興奮し、一斉に襲いかかった。
もはや何の抵抗もないまま、彼女は四肢をもぎ取られる。
彼女は自分がここで死ぬことを悟った。
だが、希望はまだ残っていた。
ダダダダダダ!!
機関銃の音が森に響き渡った。
空に放たれた威嚇射撃の音にダークウルフは驚き、彼女から離れる。
四肢を失って動けない彼女の近くまでやってきたのは、フランツ・ヨーゼフ商会のトラック群であった。
「おい、大丈夫か、しっかりしろ! 今助けてやるからな!」
「でも、私――」
「今は何も喋らなくて良い。すぐに安全な場所に届けるからな。だがお仲間は……残念ながら厳しそうだな」
「そんな……」
やってきたトラックの助手席に移された彼女は、とりあえず応急処置として止血を受ける。
その間にも車列の中央にいた、M45砲架にブローニングM2を4連装で装着した銃座を搭載したガントラックがダークウルフに向かって射撃を続ける。
また最後尾の荷台に乗っていた歩兵も展開し、ダークウルフと激しい攻防戦を繰り広げた。
しばらくして前方の道が確保されると車列は急いで出発、ダークウルフの包囲網をかいくぐった。
その間に鎮痛薬で携行していたモルヒネを彼女に打ち、一時痛みを和らげる。
「お嬢さん、名前は言えるか?」
「……サーシャです」
「サーシャ、お前は幸運だ。俺たちが拾った以上絶対に助かるぞ」
「そうですか……でも仲間は……」
モルヒネの効果なのか、安心したからなのかサーシャは眠りについてしまった。
フランハイムの病院へと運ばれた彼女は、派遣されていた軍医によってすぐに処置を受けた。
一連の戦闘の内容はイレーネ島へと伝えられ、軍を通じて各地のギルドへとも報告が回った。