「まさかあんなことになるとは、想像もしていなかったな」
「全くじゃ。折角の楽しいダンスパーティーであったというのに……」
「今頃ロイドは辱めを受けているだろう。前にも同じことをやろうとしたバツだな」
「それぐらいがちょうど良いじゃろう」
王城内では、イズンを除いたメイドたちが王城のメイドと共に看病のために奔走していた。
唯一イズンはそれには加わらず、俺とベアトリーチェの身の回りの世話のために立っている。
先程から多くの人間が出入りしており、部屋は騒がしかった。
「御主人様、ベアトリーチェ陛下。イレーネ島から着替えが届きましたのでお持ちしました」
「では妾らも一旦退室して、着替えるとするか」
「そうだな。ではイレーナ、しばしこの場を頼む」
「かしこまりました、御主人様」
俺たちは一旦部屋を退出し、オリビアから受け取った服を手に着替えへと向かった。
だが案内された部屋は1部屋だけであり、話し合いの結果お互いが背を向けて着替えることにした。
布が擦れる音を聞きながら着替えをしていると、ベアトリーチェが話しかけてきた。
「少し昔の話をしてもよいかの?」
「あぁ。なんでも」
「昔、妾もグレースと同じく強姦されそうになったことがあるんじゃ。相手はどこぞの貴族のジジイじゃったな。まだ妾が小さい時に菓子で妾を釣ってな、部屋に閉じ込めたんじゃ」
「……」
急にベアトリーチェは重たい話を突っ込んでくる。
だがこんなに話しにくい話を切り出した以上、最後まできちんと聞こうと思った。
彼女は一息おき、再び話し始める。
「そのジジイが服を脱ぎ始めてのぉ、その時妾は初めて怖いという気持ちを抱いたんじゃ。その瞬間妾は大声で叫んだ。必死で叫んだのじゃ」
「……」
「叫んでも誰かが近づいてくる感じはなくてのう、そのジジイが妾の口を抑えようとしてきたんじゃ。じゃが最後の抵抗にとそのジジイの股間を蹴ってやったわ。ジジイが悶絶すると同時にな、何と扉が開いたんじゃ。そこに立っていたのはユグナーじゃった」
「ユグナー……」
「妾は大泣きしてのう、ユグナーにたいそう慰められたわい。その後父上と母上もやってきてのう、ジジイはその場で粉微塵にされて殺されたわい。……その時に兄を、ユグナーを頼りがいある兄だと思ったのじゃ。それから色々あって引きこもりになったが妾は何も言わんかった。心のなかではユグナーは幼い頃に感じた頼りがいある兄のままじゃったのかもな」
ベアトリーチェにそんな過去があるとは想像もできなかったな。
この話を聞くに、ユグナーは本当に王座を取るためにロキを降臨させたのだろうかと疑問が湧いてくる。
逃亡するベアトリーチェを殺そうとしなかったのももしかすると……
いや、死人に口なしだ。
こんな妄想をしようと、ユグナーが行ったことは変わりない。
彼が何を思っていようと、その証拠になるかもしれないものは全て燃え尽きている。
「妾は着替え終わったぞ、ルフレイも終わったようじゃな」
「あぁ。ってベアトリーチェ、なぜこっちを見ている。いつから見ていた?」
「さぁ? さっきからかのう?(最初からじゃよ……)」
「まぁ良いや。戻るとするか」
戻り際、外で待っていた王城のメイドにベアトリーチェはウインクを送っていたが、俺はそれに気が付かなかった。
グレースの部屋へと戻ると、彼女は既に目を覚ましていた。
だがなにか様子がヘンであった。
「ルフレイ〜〜っつ! ありがとう! 本当にありがとう!」
「おぉ……グレース、どこも怪我していないか?」
「えぇ。おかげさまでね」
「それは良かった」
グレースは布団から飛び出してくると、目に涙を浮かべてこちらに駆け寄ってくる。
俺は駆け寄ってきた彼女を抱きしめるが、力はなく弱々しい。
その時扉がノックされ、軍務卿が入ってきた。
「グレース陛下、お目覚めになられたようで……おや?」
「ん? グレース、どうした? 軍務卿がやってきたが……」
「……でていって頂戴!」
「わ、分かりました……ではまた後で」
軍務卿はグレースの剣幕に押されて一旦部屋の外に出ていく。
グレースは軍務卿がでていくと、ホッとしたように俺から離れる。
そんな彼女に、ベアトリーチェはこう言った。
「男性恐怖症じゃな。妾も昔10年ほどそうなって両親を苦しめたわい」
「いや、俺も男なんだが……」
「例外的に助けてもらったなどの強烈な印象がある男に対しては大丈夫じゃ。グレースも同じパターンじゃろう」
2度の強姦未遂を経験したんだ、その恐怖は計り知れないだろう。
男性恐怖症になるのも頷けるが……問題は政務だな。
政治に携わる貴族は殆どが男子であるため、政治をするためには男性に会わなければならない。
「すまん、俺は少し軍務卿と話してくる」
「分かった。こっちは任せておけ」
◇
「あの……ルフレイ陛下、グレース陛下はどうなっておりますか?」
「グレースは今男性恐怖症に陥っている。俺以外の男と会うことは難しいだろう」
「そう、ですか……」
軍務卿は話を聞くと深く落ち込むとともに少し安心する。
彼は自分が「出ていって!」と言われたのは自分が嫌われているからではないかと思っていたが、どうやらそうではなさそうだと思ったからだ。
またグレースの母親であるカミラも心配してやってきたので、事情を説明した。
カミラは女性なので中に入っても大丈夫だが、あまり刺激しないように外で待機することにした。
軍務卿は男性恐怖症のことを聞いて、俺と同じく今後の政務のことを気にした。
「陛下が男性と会えないとなると……表立った政務の執行がほぼ不可能になりますね。裏から助言するぐらいはできるでしょうが……」
「私は母として、娘にはしっかりと休養してもらいたいです……」
「それと、見合いの話は無期限延期としましょう。あまりそんな話を出さないほうが良いでしょう」
「勿論です。私は陛下のことを思って結婚の話を進めていましたが、性急過ぎましたね……」
カミラの要望もあるので、グレースにはゆっくりと休養してもらうことになった。
その候補地だが、俺とは会えることを考慮してイレーネの帝国宮殿はどうかという話が持ち上がった。
一旦どうか俺がグレースに聞きに行くことにし、部屋へと戻った。
「カミラさんの要望で、グレースをイレーネの帝国宮殿で休養させるのが良いという話になっているがどう思う?」
「いや、やめておいたほうが良いと思うぞ」
「なぜだい?」
「帝国宮殿にいてはグレースはルフレイに依存することになる。それよりかは女だけの環境において、その上で少しずつ男に慣れさせるのが良かろう。場所は……フランハイムの宮殿、妾の宮殿でどうだ?」
なるほど、ベアトリーチェの言うことに一理ある。
ここは彼女の案を採用して、グレースをフランハイムで休養させるのが良いということになった。
このことをカミラと軍務卿に伝えると、2人とも賛成してくれた。
「では陛下はフランハイムで休養されるということで……問題は政治ですな。休養期間は国王を欠くことになってしまいますので、代わりに誰かに政務を仕切ってもらわないといけません」
「じゃあ今イレーネ島の帝国大学で政治を学んでいるカールを呼び戻せば良いんじゃないかしら? カールは帰ってきたらこちらの王都学園に再入学すれば良いわけですしね」
「カミラ様、私もそれが良いかと存じます。ルフレイ陛下はどう思われますか?」
「俺は他国の内政には干渉しないよ。でもそれが最適なんじゃないかな?」
結果的に、イレーネ島に留学しているカールの強制帰国が決定した。
カールには申し訳ないが、母親と軍務卿が決めたことだからな。
夜がくれないうちに、グレースはやってきたCH-53Eスーパースタリオンに乗ってフランハイムへと飛び立った。
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近況ノートに、現在のイレーネ帝国軍の保有する兵装と編成名を公開しました。
これからは特定の部隊を差す時にはその部隊名を使うことがあるので、一度目を通していただくとわかりやすくなるかと思います。