「これより、イレーネ国際軍事裁判を開廷する。一同、起立!」
ついに軍事裁判が開廷した。
俺は裁判の主催者として、法定のど真ん中の最上位の席に裁判長として座る。
その下に各国から派遣されてきた裁判官役が座り、被告人を待った。
「それでは被告人、証言台の前へ」
裁判官の長を兼ねている、教皇ヨーゼフ13世は、第一の被告人に証言台の前に出るよう求める。
求められた被告人は、両隣を兵士に固められながら証言台の前に立った。
彼は四大都市の一角、ホーヘンシュタットを統治していたルモールであった。
「では名前と簡単な自己紹介を」
「ルモール=ザーランド、陸軍での階級は中将、貴族としては伯爵です。651年前に陸軍に入隊、以後各地を転々とした後にホーヘンシュタット防衛の任に着任、及び同地の領主をしていました」
「ルモール殿、これから各国代表による質問がありますが、決して嘘はつかないでください。嘘はご自身のみを不利にするだけです」
「分かりました。嘘はつかないと神に誓いましょう」
少しの間ルモールはイズンへ祈りを捧げることをヨーゼフ13世に求め、彼はそれを許可した。
彼が祈っている間に、参加国の裁判官がそれぞれ質問の順番を決める。
結果として、三冠王国、二重帝国、イーデ獣王国、ハイリッヒ聖王国、最後にフリーデン連立王朝の順となった。
「それでは質問を開始します。まずは三冠王国代表のコンラート軍務卿殿、質問をどうぞ」
「はい。では私からの質問は唯一つ。ルモール殿はロキの存在を、そして彼が何をしようとしているのかは知っていた上で自らの意思で彼に協力したのですか?」
「……いえ、ロキの存在は知りませんでした。私は魔王城に出向いた際にユグナー殿下の部屋へと呼ばれ、引きこもりの殿下が私に何の用かと思っていると、いきなりあの飴差し出されました。断るのも失礼ですので口に含んだ途端、体の中を何か不気味なものが駆け巡りました。それからは自分でもよくわからないのですが、何かに心の中を支配されていたと言うか……とにかく自分とは違う意思が働いていました」
「成る程、そうですか。では私からの質問は短いですがこれで終わりとさせていただきます」
軍務卿は質問を切り上げ、質問権は二重帝国へと移った。
二重帝国の裁判官にはベアトリーチェが選ばれており、彼女がマイクを握る。
ルモールは彼女を少し悲しげな目で見つめた。
「……久しぶりじゃな。ルモール」
「お久しぶりでございます。陛下もご壮健で何よりです……」
「それを暗殺しに来たお主が言うか?」
「……滅相もございません」
そういって頭を下げるルモールを、ベアトリーチェは「過去のことは水に流す」として許した。
ルモールは感激のあまり涙を流すが、今は裁判中であるため直ぐに涙を拭く。
そして彼はベアトリーチェからの質問に備えた。
「妾が聞きたいことは一つ。ルモール、貴様も含めて貴族は皆がユグナーとロキによる新体制を、新政権を臨んでいたのか?」
「いえ、知っている限りでは私含めてそうではないと言えます。自分で飴を舐めたとは言えど強制的にロキの支配下に入った結果我々は命を握られることとなり、ロキに従わざるを得なくなってました。またあの飴は脳が活性化する一方副作用として自我がだんだん失われていき、その穴にロキが入り込む形で内部から侵略されていました。そのためあの状態で拒否できたものは1人もいなかったと考えられます」
「そうか。つまり妾の暗殺も戦争も、全てロキのせいであったと?」
「そう考えています。私どもは魔族の伝統に則った決闘における勝者を魔王として崇敬します。そのため陛下への忠誠は絶対であり、また反逆など正常な状態では不可能でした。また戦争においてもロキの支配の元、彼の主導で行われたものであり、そこに我々貴族の意思は絡んでおりません」
そう言うルモールの言葉を何度もベアトリーチェは反芻し、最後に質問終了の合図を出した。
次に質問権があるのはイーデ獣王国だ。
獣王国の裁判官であるベオレトは、開始早々声高に言い放った。
「イーデ獣王国としては被告全員に死刑を求刑するが、そこの所をどう思うか!」
「ちょっとベオレト殿、少し抑えなされ」
「教皇猊下、申し訳ございませんがここは言わせてもらいます!」
ベオレトは席を立ってそのままルモールの方へと行こうとしたため、慌てて警備の兵が止めた。
彼は椅子に座らされ、後ろから見張られているためこれ以上は動けなかった。
彼は肘をつき足を組んだあと、ルモールに質問する。
「言い方を変えよう。君は自分のしたことが死刑に値することだと考えるか?」
「……難しい質問ですね。少し考える時間をください」
「許可しよう」
ベオレトの後ろは完全に兵で固められているため、これ以上暴れるとこはない。
ルモールはしばらく考えたあと、もう大丈夫という意味を込めて右手を上げた。
それにより裁判は再開された。
「思うに……私は殆どの者が死刑に値すると考えます」
「それはなぜ?」
「ロキに操られていたにしろ操られていないにしろ、魔王であるベアトリーチェ陛下の暗殺未遂はそれだけでも死刑に値するようなものです。あの場には殆どの貴族がおりました。よって死刑に値するかと。また正しき道へと領民を導くことが責務である領主という立場である以上、領民を戦争という間違った方向へと導いたことの責任も取らねばなりません」
「……分かった。ではこれで質問を終わらせてもらおうか」
少し思っていた結果と違っていたことにベオレトは不満足さをあらわにした。
彼の想定では、責任を徹底的に回避する方面に答弁するだろうと考えていたからである。
しかしここまで認められた以上、無闇に追求することができなくなった。
「では次の質問、は私ですか。それでは私からも1つ……とは言っても質問ではありませんが。あなたはかつて女神様に反し、冥界神に組みした……しかし更生することは出来ます。一生涯自らの罪を懺悔しなさい。女神様を厚く信仰なさい。全てのものに愛と祝福をもって接しなさい。そうすればあなたは許されるでしょう。女神様は偉大です」
「教皇猊下……一生をかけてこの罪を償います」
「それでよろしい。精進するのですぞ?」
「はい……」
ヨーゼフ13世は微笑んだあと質問を切り上げ、質問は最後のフリーデン連立王朝へと回った。
ユリウスは質問しようと思っていたことを全て言われてしまったため、何を言おうかと考えた。
しばらく考えると、妙案が浮かんできたのでそれにすることにした。
「私からも……もしもあなたが死刑にならず生き延びた場合、どのような行動を取っていきたいと考えますか?」
「生き延びた場合……地位が残るのであれば今度こそ領民を正しい方向へ導きたく、地位が残らないのであれば田舎に小さな教会を立て、そこで日々懺悔の生活を送りたいと思います」
「地位が残ると考えていて?」
「それは神のみぞ知るところです」
これにて裁判官による質問は終了、これからは刑罰を決めることとなった。
各自用意されている紙に求刑する内容を書き、それを俺が読み上げることになっていた。
全員が求刑内容を書き上げ、俺のもとへと集まってきた。
「では求刑内容を発表する。三冠王国が懲役10年、二重帝国が懲役5年、イーデ獣王国が死刑、ハイリッヒ聖王国が無罪、フリーデン連立王朝が懲役15年。求刑内容は以上」
「……バラけてしまったのう」
「どうしましょうか?」
全員の求刑内容にはかなり違いがあった。
三冠王国、二重帝国、フリーデン連立王朝はミトフェーラにおけるその後の政治的安定のために年数こそ違えど懲役刑を、イーデ獣王国は王都まで侵攻された恨みから死刑を、ハイリッヒ聖王国は償いに懲役は無用と考え、領民のために一日でも早く行動を起こしてほしいという思いから無罪を求刑した。
「裁判長、求刑内容はどうしましょう?」
「……私は懲役10年でどうかと思う」
「私も死刑はやりすぎだと思いますし、無罪も流石に……と思います。懲役10年が妥当ではないかと」
「いや、私は最後まで死刑を求刑し続けます!」
結局議論はまとまらず、最終的に多数決となった。
その結果4対1で懲役10年が確定した。
そしてこの求刑は、戦争を遂行したことに対する罪ではなく、ベアトリーチェへの謀反に対する罪であるとされた。
「主文、被告人を懲役10年に処す」
ルモールは判決を聞き、膝をついて神に祈った。
その後彼は力が抜けたのか歩けなくなり、兵に連れられて法廷をあとにした。
この後も順調に裁判は続けられていき、最終的に全員に一律懲役10年が言い渡された。
◇
「……ようやく終わったな」
「本来は懲役5年を想定していたが……まぁ仕方がないだろう。身柄は全員分我が国が収容することになったことだし、何かと理由をつけて恩赦で釈放すれば良い」
「それもそうじゃな。しかしあんな八百長を働いて良かったのか……?」
ベアトリーチェが言うように、俺はこの裁判において一種の八百長をしていた。
自身の戦争責任を認めるような発言をするようにと、俺はあらかじめ被告たちに言っておいた。
かつてのニュルンベルク裁判でも、自身の罪を認めたシュペーアが判事たちから好印象を受けたこともあり、自身の罪を回避する言動より好印象を持たれることは間違いないと考えていた。
結果これはイーデ獣王国の戦争責任のさらなる追求を阻害し、また裁判官たちにはまとまった言い分から一種のミトフェーラ貴族の騎士道精神のようなものを感じ取らせることに成功した。
結果死刑を受けたものは誰もおらず、少し違うが俺の望んだ結果で終わった。
「まぁ良いだろう。それに指導層がいなくなって政治的混乱に陥ることはどの国家も望んでいない。それに戦争責任を個人に求めることも間違いだ。これで良いのさ」
「……これで全てが終わったな」
「あぁ。しかしエーリヒは……」
特攻兵器の開発、運用を推進したエーリヒを訴追するべきだという意見があったが、彼の精神状態を鑑みて訴追は行われなかった。
だが彼は代償に精神病院への収監で合意が取られた。
「俺たちはエーリヒの回復を待つしかないさ」
「エーリヒは妾に残された最後の家族じゃ。元に戻ってほしいが……」
「信じて待とう」
極東国際軍事裁判は閉廷し、一応戦争の全てに対してケリが付けられた。