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第244話 新聞の脅威

 戴冠式から1日後。

試験も兼ねて刷られた号外が、イレーネ島中に配布された。

それは二重帝国成立を報道するものであり、カラー印刷で俺とベアトリーチェの写真が載っている。


 その号外は島中を駆け巡り、ありとあらゆる家庭に届けられた。

また同時にミトフェーラ側でも配布されており、人々は号外を手にとって読んだ。

彼らの中には、その号外を家宝として保存することを決めた者も少なくなかった。


 また号外はヘルツブルクの商船を介して三冠王国領やイーデ獣王国にも流通した。

特に商船の寄港地であるフォアフェルシュタットではほとんどの住民が号外を手にすることとなり、また商人の手から手へと渡ってヴェルデンブラントやゼーブリックにも広がった。


 何よりも人々が驚愕したのは、写真の精度と情報の伝達速度、そして印刷技術であった。

この世界に写真などないため、人物像を載せようと思えば肖像画を描く必要があった。

また印刷技術はあるものの活版印刷であるためカラーにすることは手間がかかり、またそれほどの精度を出すことは出来なかった。


 しかしイレーネ島及びミトフェーラの地では、持ち込まれた最新の印刷機器によって印刷が行われているため、ごく短時間でカラーに、それでいて精度が高く印刷することが可能であった。

全国家に広く行き渡ったため、二重帝国の戴冠式の内容、参列者、および神授による二重帝国の帝権及び王権の正当性などが広く認知され、認められた。


 そのことに嫉妬した三冠王国の一部貴族は、自分たちの戴冠式のことも号外として発表しようと画策した。

依頼を受けた彫師たちは早速印刷の原版の彫刻を開始したが、早々にカラー印刷は不可能と判断され、結果白黒印刷へと改められた。

結局原版が完成したのは戴冠式から1週間後であり、ようやく印刷が開始された。


「1枚でも早く刷れ! とにかく早くだ!」


「そうは言っても、早く刷ろうとするとかすれたりしてしまいます!」


「ならば丁寧にしつつ急いで刷れ!」


「そんな無茶な〜」


 結局、三冠王国分をなんとかカバーできる量の号外が急ピッチで刷られた。

刷り終わった号外は急いで三冠王国内に配布されていき、数日後には全土に行き渡った。

ただその印刷技術も流通速度も二重帝国のそれのほうが遥かに上であり、技術の差を痛感させられる結果となった。


 印刷技術もそうだが、国民はそれよりも内容に驚愕した。

三冠王国の号外には戴冠式について誇らしげに書かれているが、二重帝国のものと見比べてみると参列者、戴冠者など多くの点で負けていると感じさせられた。

そのため中にはこの戴冠を快く思わないものもおり、わざわざ号外を刷る必要はないという声まであがった。


 また他国にはあまり普及しなかったため、三冠王国の戴冠式の様子を伝えることは出来なかった。

結果この号外は国内では不評、国外には行き渡らないという散々な結果に終わった。

そしてこの号外に関する論争は、グレースの耳にも入ることになる。


「……これはどういうことかしら?」


「それは、その……我が国の戴冠式の様子を国内外に知らしめるべく……」


「それは理解しているわよ。で、あなた達はこれに勝とうと思ってこんなものを作ったのではないでしょうね?」


 そういってグレースは企画した者の前で、二重帝国の号外を示す。

それは彼女によって丹念に読み込まれており、あちこちに下線が引いてあった。

その号外を見た企画者は震え上がる。


「……私はルフレイとは永遠に良好な関係でありたいの。公私ともにね。そんな中でこんな仲たがいをするようなものを作らないでもらえるかしら?」


「……申し訳ございません」


「自国のことを知らしめたいという気持ちも理解できるわ。でも次からは私に言いに来ること。決してイレーネ=ミトフェーラ二重帝国との間に溝を作るようなことは許しません」


「「「「分かりました!」」」」


 後日グレースは「敵意を向けるような内容で申し訳ない」と軍務卿を通して二重帝国へと詫びを入れ、こちら側も問題ないとの回答を示した。

これにて表面上は関係は改善されたが、三冠王国内ではなんだかわだかまりが残ったまま号外事件は幕を閉じた。

しかしここから、両国の関係は君主たちの意に反して拗れ始めることになる。





 号外騒動から数日が立った頃、いよいよ軍事裁判に向けた準備が行われ始めた。

裁判の被告人たるミトフェーラ貴族はイレーネ島へと移送され、島内の留置所に収監される。

ほとんどのものは現状を受け入れていたが、そうでないものが1名いた。


「司令、被告人のエーリヒ=フォン=ミトフェーラに関してですが……」


「検査結果はどうであったか?」


「はい……医師は被告人を『原因不明の精神異常』であると判断しました」


「……」


 秘密工場攻略にあたって身柄を拘束されたエーリヒは、その時から不可思議な行動を取っていた。

例えば存在しない部隊に命令を出し始めたり、急に工具をいじくるような仕草をし始めたり、何かに怯えるような動作を取ったり……などである。


 エーリヒは俺の訪問まで普通であったことから鑑みて、ユグナーまたはロキに無理やり支配されたと考えられていた。

いや、そうであってほしいと俺が心の中の何処かで思っていた。

しかしその他の飴使用者は普通の使用法で何も起きていないことからも、やはり無理矢理の服用による副作用なのではないかと推測されたのだ。


 エーリヒは現在留置所ではなく、病院に四肢を拘束された状態で収容されている。

これは彼の姉であるベアトリーチェの許可を受けてのものだ。

今はどうしようもないため、回復することを祈ってこのまま病院に収容しておくしかできることがなかった。


「被告人の告訴ですが、取り下げますか?」


「……いや、そのままでいこう。実際彼が有人兵器の運用を推進したことは関係者からの聞き取りでも明らかだ」


「分かりました。では明日から裁判は始まりますので、全国家から裁判官が集まりますが大丈夫ですかね?」


「上手く収まると信じているよ。我々は一時の感情に流されず、正確に事の判断を行うだけだ」


 俺は明日の裁判に備え、もう一度被告のリストに目を通しておく。


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