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第241話 深夜のドライブ

 イレーネ島に帰投した俺たちは熱烈な歓迎の下、大通りをパレードしながら帝国宮殿へと向かう。

門前につき、グロッサー770を降りた俺は門の前でルーデル大将、ハルゼー大将、及びグデーリアン上級大将による出迎えを受けた。

彼らとともに階段を登り宮殿内へと入ると、半年ぶりに見るメイドたちが姿を表す。


「「「「おかえりなさいませ御主人様」」」」


「あぁ、ただいま。ようやく帰ってこれたか……半年か、長かったな」


 宣戦布告の報を聞いてから、よく考えるとほとんど休んでいなかった気がする。

だが何とか戦争も終わり、少しゆっくりできるようになってホッとしている。

これ以上は体が持たなかったかもしれないな。


「お疲れ様です司令、今日は少しお休みになられては?」


「そうだねグデーリアン上級大将。……そういえば今の軍の引き上げ状況は?」


「はい、現在ミトフェーラ本土に展開していた部隊は陸路でブルネイ泊地へと帰還中、帰還には1週間ほどかかると見積もられております。またノルン島の航空隊は飛行場を転々としつつブルネイ泊地の飛行場及びルクスタント王国郊外の飛行場へと収容が完了しています。そんなことよりも今は休んでください」


「……最近戦争のことしか考えていなかったからな。休まないと……」


 俺は自室の扉を開け、グデーリアン上級大将に別れを告げて中に入る。

久しぶりに見たフカフカのベッドにそのままの格好で俺は飛び込み、そのまま眠りについた。

戦争終結という安心感に襲われているせいか、俺はそのまま日付が変わるまで寝続けた。





「御主人様、起きてください。そのままの格好では風邪を引いてしまいますよ?」


 深夜12時を回った頃、俺はオリビアの声で起こされた。

軍服のまま、それも勲章を付けたまま寝てしまっていたので胸のあたりが痛い。

勲章を外して箱に戻しながら、普段着用に仕立ててもらった物を着用する。


「この服も仕立ててもらったは良いが、結局忙しくて今日まで着れなかったな」


「逆に言えばこれを着ることができるほど平和になったということです。良いではありませんか?」


 そうといえばまぁそうか……

この普段着は旧帝国海軍の礼服をもとにデザインされているが、蝶ネクタイではなく通常のネクタイに変更、ボタン数を6対12個から4対8個に変更、礼帽ではなく通常の軍帽に変更、などが行われている。

なかなか快適で良いのだが、しかしこれは……


「なぁオリビア?」


「何でしょう?」


「マントって……本当にいると思うか?」


「私は……あったほうがより凛々しく見えますので、必要かと」


 うーん……どうもこの緋色のマントだけは邪魔に感じてしまう。

「皇帝なんですからもっと派手に! 豪華に!」といって工廠の連中が譲らなかったが……本当にいるか?

まぁせっかく作ってもらったんだし着るけれど……


「どうだ、変じゃないかい?」


「そんなことありません。ご立派ですよ」


 人からそう言われるとなんだかこちらが恥ずかしい気分になってくる。

俺は最上位勲章であるテンプル勲章と、イズンからもらった天使の勲章のみを着用する。

最後に大元帥刀と大元帥章を佩用し、ようやく仕度を整えた。


「御主人様、支度ができましたら少し私のわがままに付き合っていただけませんか?」


「あぁ、構わないぞ?」


「ありがとうございます。では私と一緒にドライブに行きましょう」


「え? まぁ良いが……」


 俺はオリビアに連れられて車庫へと行き、停められているグロッサー770を取り出す。

オリビアは運転席に座り、俺は助手席に座った。

グロッサー770は深夜の町中へと繰り出した。


「深夜だと言うのに随分と明るいな」


「それは街灯のせいもありますが、何よりも電気が普及しているおかげでしょう。電気によって人はランプを焚く必要もなくなり、夜も活発に活動するようになったんですよ」


「なるほどね。夜ふかしによる睡眠不足が問題にならなければいいが……」


 室内での人の活動は盛んになる一方、町中にはほとんど人はいなかった。

移動手段である馬車を引っ張る馬が今はもう寝静まっており、遠距離移動ができないからだ。

しかし時折人は見かける。


「あれは……陸軍の兵士か。治安維持のために巡回中、といったところだろうか?」


「ゴルゲットをつけていますので憲兵かと。あっ、こちらに気づいたようですよ」


 憲兵はこちらに気がつくと、直立不動で敬礼をする。

手にはM16を持っているところから判断すると、アメリカ軍の兵士だな。

今ほとんどのアメリカ軍の部隊は出払っていることを考えるとあれは……第一近衛隊の兵士か。


「ご苦労なことだ」


 俺は彼に敬礼を返し、そのままグロッサー770は彼の横を通り過ぎていく。

そのままグロッサー770は市街地を抜け、島内を駆け巡るアウトバーンの入口へと差し掛かった。

この高速道路は後の自動車普及を念頭に設計されたものであるが、現状は普及しておらず、また馬車は糞を撒き散らすという問題から使用が禁止されている。


 そのためグロッサー770はなんの障害もなくアウトバーンを駆け抜ける。

インターチェンジで島の外周を回るリングシュトラーセに乗り換え、島内を回り始めた。

道路からは明かりのついた街が見え、また煙突から立ち上る煙が光に照らされている。


「この光の数だけ家庭があります。御主人様とイレーネ帝国軍は彼らの生活を守ったのですよ?」


「慰めてくれているのか?」


「いいえ、褒めているのです」


「……そうか」


 そのままグロッサー770は島内を駆け巡り、島の南端のヘルツブルクで一旦アウトバーンを降りた。

どうやら燃料タンクの燃料残量が少なくなってきたらしい。

アウトバーンを降りたあと市内を走り、給油所へと向かう。


 このグロッサー770は魔石油で動いており、石油と遜色ない性能を発揮していた。

ただし初期の製法では魔石油は燃焼効率が悪く頭を悩ませたが、最終的に石油と同じように分留することによって異なる燃焼効率の液体成分へと分けることに成功した。

これは溶かし込んだ際の魔石の質に影響するものと考えられ、そのまま分留された魔石油は石油のそれと同じ名称を与えられることとなった。


 ヘルツブルクの市街地は中心部とは異なり、夜にも関わらず活発に人が往来していた。

これはヘルツブルクが商業都市であり、外部とつながった唯一の港湾都市でもあるからである。

そのため夜間にも関わらずひっきりなしに船舶が来航し、荷物の積み替えを行っている。


「すごい活気だな……」


「ここの人たちは皆商売人ばかりですからね。夜だろうが構わず仕事をしていますよ」


 市内へと乗り込んでくるグロッサー770を市民は脇に避けながら観覧する。

手を振ってくるものもいたので俺は小さく手を振り返し、彼らの間を抜けていく。

暫く走ると給油所に到着し、オリビアはグロッサー770にハイオクを給油する。


 その間市民がこちらにやってこようとしたが、ヘルツブルク商人ギルド傘下の自警団が給油所周りを囲んだため、人がなだれ込んでくることはなかった。

その後給油を終えたグロッサー770は再びアウトバーンへと戻るため、人並みをかき分けて給油所を出ようとする。


「皇帝さん! ありがとう!」


 どこからともなくそんな声が聞こえてきた。

声のする方をみてみると、白いくまのぬいぐるみを持った少女が、彼女の父親と思しき人に肩車されて手を振っている。

父親と母親らしき人は少し困ったような表情で笑い、ぺこりと頭を下げた。


 そんな彼女にも手を振り返し、グロッサー770はアウトバーンのリングシュトラーセへと戻る。

その後島内を一周してグロッサー770は宮殿へと戻り、元の位置に戻された。

俺はそのまま寝間着へと着替え、再び眠りの床についた。


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