『アウスグライヒ』――それはかつてオーストリアとハンガリーの間で結ばれた協定の名だ。
時に『妥協』と訳されることもあるが、本義的には『グライヒ』の意味する『均衡』である。
これによってオーストリア帝国とハンガリー王国の2カ国からなるオーストリア=ハンガリー二重帝国が形成された。
今回の合併案は、皆無に等しいミトフェーラの経済を回復、また一部を除いてほとんど存在しなくなったミトフェーラのかつての支配層である貴族による国家統治が不可能になったことを受けたものだ。
特に後半に関しては深刻な問題で、ベアトリーチェ1人での国家統治はどう頑張ってもミトフェーラのような広大な領土では不可能であった。
そこで国家機能の一部をイレーネ帝国と共有することで自国内の負担を軽減、また統治の難易度を低下させることが目的であった。
そして同じ国家となれば借金はなくなる上、復興支援と産業の創成、軍隊の駐留によって安全も保証される。
そして政治における独立性は保証され、内政干渉を受ける心配はなかった。
ただし最初期のみは政治を牽引できる人間の不足から一部はイレーネ帝国から派遣された人間が統治に携わることになってしまう。
それを考えてもこの合併は緩やかな関係性での合併であるため、内面は2カ国が存在していることと変わりない。
「これは……ルフレイ、良いのか? イレーネ帝国には何の利点もないように思えるが……」
「問題ないさ。ミトフェーラがこのまま復興が進まずに無法地帯になるよりかはマシだ」
そう言う俺の心のなかでは、ミトフェーラにドイツのようにはなってほしくないという思いがあった。
ヴェルサイユ条約後のドイツ、ヴァイマル共和国は、知っての通り酷い有様であった。
ああなるよりかは吸収合併して保護したほうがマシだと考えた。
「妾としてはこの案に文句はない。そもそも我が国は文句を言えるような立場ではないしのう」
「たしかにこれで復興問題や財政問題、内政問題を一気に解決できるのは良い点だと思います。ですがこれではイレーネ帝国が強大化しすぎるのでは?」
「何を言っておる、そもそもイレーネ帝国は強大すぎるじゃろう。それに内政には不干渉とのことじゃ、別に問題なかろう」
「大陸でのイレーネの影響力の増大は懸念点ですが……ミトフェーラが、隣国が政治的な不安定になっても困りますし、それが我が国に飛び火してくるかもと考えると余計困ります。ここは賛成するしかありませんね」
アウグストスはこれに賛成、相次いで他の国も賛成した。
フリーデン連立王朝はこれに渋っていたが、イーデ獣王国と同じく結局隣国が政治的に不安定になることを嫌い、賛成する。
意外なことに最後まで渋っていたのは、グレースであった。
「ここに『統治者はイレーネ帝国皇帝たるルフレイ=フォン=チェスター及び自由ミトフェーラ王国国王たるベアトリーチェ=フォン=ミトフェーラ両名であり、両者は対等にして平等である』と書かれているけれども、その……これってつまり結婚するってこと!?」
「「……え?」」
「いや、対等にして平等ということは、神の使徒と平等になるためには結婚ぐらいしかなくないかしら!?」
「いや、別に結婚をするというわけでは……」
何を勘違いしているのか、グレースは俺とベアトリーチェが結婚するものだと解釈していたようだ。
だが実際にそんなことはないし、結婚するつもりもない。
だが結婚すれば統治が簡単になる……というのはある。
「ほほう……そう読めば結婚する口実になるのか……」
「ベアトリーチェ、別に結婚するわけではないぞ……」
「そうか、残念じゃな」
不思議な勘違いも解消され、グレースも同意したことでイレーネ=ミトフェーラによる連合国家の成立が決定、俺とベアトリーチェのサインをもって成立した。
同時に国名は正式名称『祝福を受けしイレーネ島の帝冠領トランスライタニエンおよび尊大なるミトフェーラの王冠領ツィスライタニエン』、通称『イレーネ=ミトフェーラ二重帝国』に決定された。
同時に国章が改められ、国旗と国歌も制定された。
それまでの自由ミトフェーラ王国では臨時に旗としてトリコロール旗が、国歌として『ラ・マルセイエーズ』が用いられていたが、少し革命的すぎるという理由で国旗は黒白旗、国歌は『国王陛下万歳』へと変更された。
ベアトリーチェもトリコロール旗を気に入っていないわけではなかったが、イレーネ帝国の黒金旗と合わせる上で黒白旗が良いとの判断でもあった。
歌に関してもあまりに好戦的な『ラ・マルセイエーズ』よりも『国王陛下万歳』の方が良いという結論に至った。
だがトリコロール旗、『ラ・マルセイエーズ』もそれぞれ第二国旗、愛国歌として今後も使用はされていく事となる。
また国際連合へは参加国は1カ国とするが、2人が代表して出席することとされた。
そして国連会議の議決における投票権は1人1票ずつ、計2票であるとされた。
その他事項は後日2人だけの会議において決定することとした。
しかしミトフェーラ側の軍隊の保有数においては、イレーネ帝国以外からの要求で制限がかけられることになった。
結果は陸軍10万、海軍2万、空軍1万の計13万に制限された。
とはいってもこれはミトフェーラだけであり、イレーネの軍事力でカバーできるので大した問題にはならないと考えた。
またこの統合に刺激され、元々計画のあったルクスタント、ゼーブリック、ヴェルデンブラントの人族の3カ国の統合も議題に上がった。
ゼーブリック、ヴェルデンブラントの両国の復興支援においてルクスタント王国と両国の関係が親密になることは何ら不思議でもなかった。
かつては大陸国家の拡大、すなわち軍事的な拡大を抑止する方向に走っていたが、我がイレーネ帝国とその軍隊が新たに出現した結果、大陸の情勢は大きく変化した。
民族同士でまとまることを望み、また反対に回るはずのイーデ獣王国やフリーデン連立王朝はそれらの国の支援なしには復興が困難なため、受け入れざるを得なかった。
また、ヒト属合同国家の提唱者であるグレースはイレーネ帝国に人側陣営として彼女らの陣営への加入を臨んでいたが、ミトフェーラとのアウスグライヒ案によってそれは不可能となった。
その気持ちもまた、彼女がアウスグライヒ案の承認を思いとどまらせた理由でもあった。
結局この統合案も承認され、大陸の東側の広大な領地を有する『ルクスタント=ゼーブリック=ヴェルデンブラント連合王国』、通称『三冠王国』が誕生した。
これにより大陸は東の三冠王国、西のイレーネ=ミトフェーラ二重帝国に挟まれることとなった。
中央のイーデ獣王国とフリーデン連立王朝で中央同盟圏を成立させるかの議論も行われたが、結局連立王朝側の却下によりそれは成し遂げることができなかった。
その後はミトフェーラとイーデ獣王国の国境部にあるライヒシュタット線の撤去、ヴェルデンブラント王国、フリーデン連立王朝、イーデ獣王国、ミトフェーラ魔王国の4カ国と接し、長らく係争地であったヴェルデンブラント王国所有のトロイエブルク城一帯の砂漠を非領地化、つまりどこの国にも属さない領域とし、誰であっても通行が不可能であると定めるなど、細かいことが決定された。
会議も終わり、フランハイムの宮殿内で夕食を取ったあと、俺たちは各々の国へと帰る支度を始めた。
俺たちはやってきたオスプレイに乗り込み洋上の強襲揚陸艦ワスプへと帰還、そこからさらにイレーネ島へと帰還した。
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あけましておめでとうございます!
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