半年にも及んだ戦争がついに終結した。
この戦争において我々は何を手に入れたであろうか?
否、何も手に入れていない。
王都は壊滅し、住民は溶けて当たりに散乱している。
あまりにも異臭を放つので、総軍をあげて焼却作戦が行われた。
上空に待機していたB-29から大量の焼夷弾がばら撒かれ、死体は塵と化す。
ようやく入れるようになった王都内に、イレーネ帝国陸軍は入城した。
だが焼夷弾で焼き払われた町には何もなく、ただガソリンの焦げ臭い匂いが充満している。
その中でイカロス砲台のみがうなだれるように砲身を横たえていた。
兵たちはその砲台に登り、砲身を支えている2本の柱の先端に帝国の国旗を掲げた。
だがその旗を見てもソビエト軍団の連中以外は喜ばず、うなだれているだけであった。
彼らはこんな状況であってもウォッカで乾杯している……
王都占領から数日後、イーデ獣王国の復興支援にあたっていたイーデ軍及びルクスタント軍も王都へと入城した。
また北部戦線では、フリーデン連立王朝内に侵入していたミトフェーラ軍も遅れて降伏、北部戦線も終焉を迎えた。
本土へと引き上げてくる彼らを護衛しながらフリーデン軍も王都へと入城、王都の有り様を見たミトフェーラの兵士たちはその場で泣き崩れたという。
ただ戦争終結は悪いことばかりではなかった。
各地から徴収、展開されていたミトフェーラの兵士は故郷へと帰還、家族との再会を喜んだ。
また兵士たちは戦争で得た仲間との再開を胸に、故郷へと帰還するものもいた。
そんな中、ついに戦後処理を決める講和会議が開かれようとしていた。
場所はフランハイムの自由ミトフェーラ王国の仮宮殿、大広間だ。
各国の代表がそこへと集まり、それぞれの利権を胸に会議に臨む。
◇
ババババババババ……
ノルン島の飛行場から飛び立ったオスプレイは、俺とイズン、そして一応外務大臣であるオリビアを乗せてフランハイムへと向かう。
フランハイムでは現地へと帰還したフライコーア『ヴィーキング』と『フロリアン=ガイエル』が俺達を出迎えた。
中心部の大通りに着陸したオスプレイから、俺たち3人は降りる。
「すごい風圧だな。オリビア、ドレスの裾はきっちり持っていろよ?」
「分かりました。でも見たければ見ても構わないのですよ?」
「遠慮しておこう」
オスプレイが立ち去った後、俺を中心にイズンが右翼、オリビアが左翼を固める形で大通りをゆっくりと歩き始める。
それに合わせて沿道の隊列の先頭の隊員が刀を抜いて捧げ刀の礼を取り、その横の者はイレーネ帝国の国章の入った旗を、さらにその横の者は隊旗を掲げる。。
それと同時にその他の隊員は着剣したKar98kを用いて立て銃の礼を取る。
そんな彼らに俺は通常の敬礼で答礼しながら先へと進んでいく。
イズンは慣れた様子で、オリビアは少し怯えながら俺についてくる。
だがしばらくすると慣れてきたようで、ドレスの裾を踏まないように少し持ち上げながら歩調を合わせて付いてくる。
ふと親衛隊員の頭の間から、ひょこひょこと出ている角に気がついた。
それは何とか観覧しようとしている住民たちの頭の角であった。
そんな街道を歩いていくと、最後にロンメル大将が立っていることに気がついた。
ロンメル大将も刀を抜いて捧げ刀の礼を取っており、俺も彼に敬礼で返す。
親衛隊員の間を歩き終えた俺たちは、いよいよ宮殿に通じる門へと差し掛かる。
門番の自由ミトフェーラ兵士は俺達に合わせて門を開け、中へと通してくれる。
「ようこそいらっしゃいました。ベアトリーチェ陛下は大広間にてお待ちです」
「分かった。ありがとう」
中にいた使用人の案内で俺たちは奥へと進む。
だがその道中、奇妙な光景を目にした。
この宮殿内の警護を、自由ミトフェーラの兵士とともに親衛隊員が行っていたのだ。
(内部までSSが浸透している……? そこまでロンメル大将が気に入られているのか? わからんな)
この状況を不思議に思いつつも俺は案内された大広間へと足を踏み入れた。
既に多くの会議参加者が集まっており、俺は何と最後であった。
この会議は前回のものと比べて非常に重要であるため、各国の国家元首クラスが参列している。
その席の中心にはベアトリーチェが座っており、彼女は扉が開く音を聞いた後、立ち上がってこちらへとやってきた。
彼女はこの前にロンメル大将を通じて送ったマントを身に着け、テンプル騎士団の正装をしていた。
その服装、そんなに気に入ったのかな?
「よく来たのじゃ! 会いたかったぞぉ!」
「ロンメル大将から聞いていたけど、元気そうだね」
「うむ。あの時に適切な処置をしてもらったからじゃろう」
少し話した後俺は自国の旗の立った席に座り、その後ろにイズンとオリビアが座る。
左隣にはベアトリーチェが座っており、右隣にはグレースが座っていた。
この2人の目線が火花を散らしているように見えたが、まぁ気のせいだろう。
「ではこれよりフランハイム会議を開廷する」
「ちょっと待ってください」
「なんじゃ? イーデ獣王国国王アウグストス殿よ」
「この場にミトフェーラ魔王国の者がいないのはどういうことでしょうか? 我が国は直接の謝罪を求めます」
その声にフリーデン連立王朝の外交官のユリウスも同調し、早速議場は騒がしくなった。
なぜフリーデン連立王朝だけ元首ではなく外交官の参加なのかということだが、連立王朝という名の通り複数の君主制国家が緩やかに繋がりあった連合国家であるため一人の君主を持たず、公平にということで共通の外交官を全国王代理として派遣してきたのであった。
「残念ながらユグナー……ミトフェーラ魔王国の魔王は死んだのじゃ、死体は謝罪せん」
「死んだ!? 殺したのですか?」
「ユグナーの死亡について妾はよく知らん。この件に関してはルフレイの方がよく知っているであろう。のう?」
「えぇ。ユグナーの死に関してですが……実物を見てもらったほうが早いでしょうか?」
俺は手を上げてイズンに合図を送る。
イズンは承知した、と首を縦に振り、ロキの頭部を出現させる。
突然生首が出てきて彼らは腰を抜かした。
「な、生首!?」
「しかも目が動いている……生きているのか?」
「なぁルフレイ、これはユグナーには見えん……いや、この角の形、まさか……」
「えぇ。これはユグナーの頭部です。ですが少し事情がありまして……」
俺はそこまで言ったものの、ロキのことについて話して良いのかどうかの判断がつかなかった。
イズンの顔をちらりと見ると、それに気がついた彼女はこくんと首を縦に振った。
これを許可だと受け取り、俺は話を進める決心をする。
「これはユグナーの頭部ですが、中身は別人です。ユグナーはその者に体を乗っ取られていたのです」
「その者とは一体……?」
「信じられないかもしれないですが、神話上の神、ロキです」
「ロキじゃって!?」
ロキの名を聞いて初めに反応したのはベアトリーチェであった。
彼女の表情と焦りを見る限り、何か心当たりがあるのかもしれない。
全員からの視線に気がつくと、彼女は椅子に座り直し、話し始める。
「そうか、思い出した……もう何百年前のことか覚えておらんが……妾が王城内の図書館を整理しておったときのことじゃ。王族しか入れぬ禁書庫の中に『降臨術』と書かれた薄汚い本が置かれているのを見つけたんじゃ。いつの時代に書かれたものかも分からぬぐらいの古いものじゃった」
「その本の中身は?」
「冥界神ロキ……神話上の神の降臨方法じゃったな。じゃがそんなものを信じておらんかった当時の妾は特に気にすることもなくそれを元の棚に戻したのじゃ。その後父上……その時はまだ生きておった先代の魔王じゃ、に一応本を処分するか否かについて聞てみたが、処分の必要はないということでそのまま放置しておいたんじゃ。確かその話を父上のそばに仕えていたユグナーは聞いておったはずじゃ。それから月日が流れて父上が亡くなり、妾とユグナーの決闘において勝利した妾が魔王となり、ユグナーは自室にこもり始めた……」
「ということは……」
もう後を考えるのは簡単であった。
きっとユグナーは決闘で負けたことでベアトリーチェを恨み、禁書である『降臨術』に手を出したのであろう。
そしてそのまま操られ戦争へ、そして最後は体ごと乗っ取られて死亡……自業自得だ。
「あの時に処分しておけば……妾のせいじゃ」
「いや、ベアトリーチェは何も悪くないさ」
俺は激しく自分を責めるベアトリーチェに声を掛ける。
彼女は顔を上げ、本当にそう思っているのかと聞いてくる。
それに俺が頷くと、彼女は少し落ち着いたようであった。
「これによって直接的な戦争責任の在処は――」
「冥界神ロキ、ということになりますね」
「とはいってもユグナーが指示を出したのは事実、それにロキの降臨もユグナー本人の意思で行ったものじゃ」
「よって第一の戦争責任はロキに、第二の戦争責任はユグナーにあると言えましょう」
結局直接的な戦争責任の所在はロキにあるとされ、この旨が全国家に発布されることが決定した。
また今回の騒動の原点となった『降臨術』に関しては焼夷弾によって焼け落ちたと考えられるが、一応捜索が行われ、発見された場合は即座に焼却するものとされた。
最後にこの内容に関しては聖書へと記載されることとなり、人の記憶に残るようにすると決定づけられた。
これにより責任問題は解決し、その他個別の責任問題に関しては後日行われるフランハイム裁判にて争うということにした。
だがこれだけでは会議は終わらない。
議題は今後のミトフェーラの有り様についての議論に移る。