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第230話 聖女の祈り

 イレーネ島宮殿奥の神殿にて。

エリーは今だ使うことのできない【聖女】スキルの2つ目の能力開放を目指して毎日祈りを捧げていた。

そんな彼女の様子をイズンは後ろから静かに眺めている。


(さて、そろそろ何か開放のためのきっかけを与えないといけないわね)


 イズンはひたむきに努力するエリーのことを認めていた。

ただいきなり開放するというわけにもいかないので、彼女はその機会を伺っていた。

そんなエリーが開放しようとしている聖女の能力とはズバリ【未来予知】能力であった。


 かつてのイズンはロキとの戦いにより力を大きく消耗していた。

そのため神の特権であった【未来予知】の能力の一部を人間に与えることとした。

神のそれに比べたら大したものではないが、人間にとって【聖女】の【未来予知】は重宝される存在となった。


 だが年月が経つに連れイズンの力も回復し、わざわざ人間に未来予知をさせる必要がなくなった。

そのため彼女は【聖女】に新たに【神託】の力を与え、代わりに【未来予知】の能力を封じた。

結果イズンの見た未来が【神託】として民衆に伝えられることとなり、神直々の神託ということでさらに民衆からの聖女への信頼と結束は強まった。


 だが【未来予知】の力自体はその後も伝承として残り続け、聖女が世界の危機の際に覚醒する能力であると信じられていた。

実際はイズンが封じているので使用は不可能なのだが。

だが彼女自身が今現世に降り立っていること、それによって【神託】を授けることが難しくなっているという現状を鑑みた結果、【未来予知】の能力を復活させることに決めたのであった。


(しかしタイミングが難しいわね。いきなりスキルを開放すると世界の危機が迫っていると受け止められるし……)


 イズンは勝手に付け足された伝説によって、スキルの開放が難しくなって困っていた。

そこで彼女は何か開放させるだけの理由がないものかと、未来を探ってみることにした。

彼女は自身の【未来予知】を作動させ、未来を覗く。


(……! こ、これは……!)


 イズンは軽い気持ちで未来を覗いたが、そこには恐ろしい物が写っていた。

空を切り裂いて落ちてくるひとつの砲弾。

彼女の見た未来では、その砲弾の着弾点であるイレーネ島に巨大な火柱が立ち、建物も何もかも島ごと溶けおちていた。


(あれは大陸戦争の時の……まさか破壊し漏らしがあったとでも言うの!?)


 数十万年前の大陸戦争時に猛威をふるった巨砲。

本来は衛星の軌道投入装置であった、平和目的で作られた巨砲。

それが悠久の時を経て再び動き出そうとしていた。


(これはまさに世界の終わりよ。意図していなかったけれども【未来予知】を解除するだけの理由にはなるわね)


 イズンは一旦姿を隠し、神の姿へと戻った。

そして彼女は一心不乱に祈りを捧げるエリーの前へと姿を現した。

突然降臨したイズンにエリーは驚くも、イズンは彼女の口を塞ぎ、そして耳打ちした。


「世界に危機が迫っているわ。あなたは聖女として神の使徒たるルフレイを守るのよ。【聖女】の2つめの力、今こそ使うときよ」


「イズン様! そうは言いましても私一度も使えたことがなくて……」


「大丈夫、自分を信じなさい」


「イズン様、待ってくださいイズン様!」


 それだけ言い残したイズンは姿を消し、エリーは突然のことにまだ理解が追いついていない。

だがイズンが耳打ちした『世界の危機』が頭に残って離れず、彼女は必死に第二の能力を使用しようと祈りを捧げる。

するとその瞬間、彼女の頭の中に朧気ながら情景が浮かび上がってきた。


「……! カハッ!」


 情景が鮮明になろうとした瞬間、エリーの頭には膨大な情報が一気に流れ込んできた。

そのあまりの負荷に彼女の脳は耐えることができず、彼女は血を吐いて床に手をつく。

だがその一瞬でも、何が起こるのかの情報を手に入れるには十分であった。


「これは……早く報告しにいかないと」


 エリーは自分の服についた血など気に止めることもなく、壁にもたれながら宮殿内を歩く。

だが脳への負担が大きかったため彼女はそれ以上歩き進めることができず、途中でズルズルと床に倒れた。

その時ちょうどオリビアがその廊下を通り、倒れている彼女を発見した。


「エリーさん、大丈夫ですか!?」


「さ、作戦本部へ……連れて行って……」


「作戦本部!? そんなところよりも早く病院に!」


「かまわないわ……早く作戦本部に……」


 エリーはそういった後、気を失った。

オリビアは一瞬どうするべきか悩んだが、ここまでして作戦本部に行きたいということは何かただならぬ用事があるのだろうと考え、作戦本部に連れて行くことにした。

他のメイドたちに一旦看病を任せて自分は770を取りに行き、その後エリーをそれに乗せて作戦本部に急行した。





「うん……ここは……」


 エリーは意識を回復し、寝かされている革張りのソファーから体を起こす。

すると彼女の目には、協議を重ねるグデーリアン上級大将、ハルゼー大将、そしてルーデル大将の姿があった。

彼らもまたエリーが起き上がったことに気が付き、協議を一旦中断して彼女の元へと駆け寄った。


「お目覚めになられましたか。ひとまずはご無事そうで何よりです」


「私……どれぐらい寝ていたの?」


「だいたい運び込まれてきてから1時間と少しというところでしょうか。何か用事がおありで?」


「用事……そうだ、思い出したわ! 大変なのよ!」


 エリーはそう言って一番近くのグデーリアン上級大将の手を掴む。

だが彼は何がそこまで大変なのかよく分かっていないので怪訝そうな顔を浮かべる。

そんな彼に対してエリーは必死で話を始めた。


「ミトフェーラの王都に巨大な大砲が現れて、それがこの島を攻撃してこようとしているのよ! 私はみたいを見たからわかるわ!」


「巨大な砲で攻撃ですか? いくらなんでも遠すぎるのでそれは……」


「本当よ! 【聖女】スキルの第二の能力は世界が危機にあるときに発動されるという伝説があるわ。その能力がイズン様より開放された今、この世界は危機に陥っているのよ!」


「すみません、あまり急なことで理解が……少し話し合いをさせてください」


 その後付近を哨戒偵察していた偵察機型B-36からの映像により、実際に砲台が存在していることが確認された。

またエリーの【未来予知】により再稼働までは約1週間かかると判明し、また彼女の語った被害を避けるためにこの砲台の破壊計画が早急に練られ始めた。

この砲台は『イカロス』と呼ばれることとなる。


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