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第229話 サテライトキャノン

 敗色濃厚となっているミトフェーラに冬がやってきた。

空には粉雪が舞い、地面の水たまりには薄く氷が張っている。

自然は呑気であるが、ユグナーの心中はそうはいかなかった。


 ロキの計らいによって王都の住民が反乱を起こす心配はなくなった。

だがロキが想定外の魔力を消費したため、復活のときはさらに遅れることになった。

これにより復活したロキの力を頼ることができなくなり、伸びた分の時間をなんとかして稼がねばならなかった。


 既に陸上の守備は最善を尽くしており、最早これ以上変えようがないよ言うほど完璧な配置であった。

また敵の空からの攻撃に対する防御はジェリコの壁が担っており、まもりは盤石だ。

だが問題は海であった。


 海には大した守りがなく、敵が入り放題の状況であった。

結局ゾルン島への報復に用いられなかった艦たちはその後単艦や数隻でのイレーネ艦隊との接敵、交戦を試みたが結局全て失敗に終わりその数を徐々に減らしていた。


 近くイレーネ艦隊によるセクター軍港への攻撃があると予想した艦隊の指揮官たちは、これまでの戦闘から勝利は不可能だと考え、残っている艦は係留して敵艦隊に対する浮き砲台として使用することが望ましいとする意見が出された。


 この案はユグナーに提出され、もはや海軍を運用するだけの力は残っていないとして許可された。

その決定により残存艦艇は水深の浅いところでキングストン弁を開放、船体を擱座させた。

湾内ではそれがバラバラに行われ、絶対に沈むことのない砲台が完成した。


 奇しくも同時期にイレーネ本島のハルゼー大将は、セクター軍港への上陸作戦を検討していた。

艦の擱座によって乗員数がそれほど必要でなくなったため、余剰となった兵士は陸軍へと配置転換された。

海上戦力は完全に失われ、残るは陸上戦力と少数の航空戦力のみとなった。





"Main system activation, energy supply has begun."


「ようやくここまで漕ぎ着けれたか。なんとも面倒なシステムだ」


 王城の地下深く、ユグナーの体を一時的に使用しているロキはそう言って椅子に座る。

彼は先程までごちゃごちゃとした配線をいじっていた。

そしてなんとかそれを終わらせると、彼はなにかの操作盤のボタンを押した。


 ウォォォォン……


 ロキがボタンを押すと同時に音声が流れ、不気味な駆動音がなり始める。

音声ははっきりと英語で言っているので、ユグナー本人には理解ができなかった。

だがロキはそれとは異なり、しっかりと音声の内容を認識している。


「これってなんの装置なんですか? こんな物があるなど聞いたことがないのですが……」


 ユグナーは顔の左半分だけを使ってロキに聞く。

ロキはその言葉に返答することはなく、代わりに壁に書かれた文字へと近づいた。

そこには"International Satellite Cannon Union"と書かれている。


「……それは何と?」


「インターナショナル・サテライトキャノンユニオン。訳するならば『国際衛星砲組合』と言ったところであろうか。はるか昔に存在したものさ」


「いつのまにそんな物が城の地下に……」


「ここは数十万年前、世界が大陸戦争とそれによる神の雨で流される前の人類が生み出した、人工衛星を大気圏外に放り出すための巨大砲さ。その当時の建造物はほとんどが破壊されるか土に埋もれるかだが、これは運良く生き残ったようだな。その管理棟であるこの建物を君たちの先祖が城に改築したんだぞ?」


"Reboot complete. Initiating link to main system, satellite cannon, and artificial satellite... Failed. Unable to receive signal from the artificial satellite. Would you like to proceed with another reboot?"


 そう言ってエラーを吐いたシステムの質問にロキはYesを押した。

システムは数秒の計算を行った後に、システム再起動を受け付けた。

その瞬間、王城全体を激しい揺れが襲う。


「起動は成功か。数十万年もホコリを被っていた兵器にしてはよくやるな」


 その頃、王都に住む住民は皆王城の方を見ていた。

ゆっくりと王城の中心部にそびえる尖塔が左右に割れていく。

段々割れていくと、そこからは異次元なほどに長い砲身が姿を表した。


 最終的に完全に左右に割れた尖塔の間から姿を表した砲は、王城ごと回転を始めた。

そのたびに地面が激しく揺れ、王都の人間は立っていることもままならなくなってくる。

そんな時、突如として衛星砲の回転が止まった。


"Main power energy at zero. Switching to backup power and initiating external generation for the main power."


 数十万年もの間放置されていた衛星砲は、電力切れを起こしていた。

電力切れのアラートとともに中の電気が赤色灯に切り替わる。

同時に、王都内の地下から発電用の大型ビルが地面を突き破って出現した。


「なんなんだこれは一体!?」


「俺の家が倒壊したぞ! 中には子どもがいるのに!」


「私の方もよ! 一体どうなっているのかしら……」


 住民の言葉など知らんとばかりに、発電ビルは上部に備え付けられた高効率太陽光発電パネルを展開し始める。

城を、衛星砲を中心に同心円状に出現したビル群は一斉に太陽光を用いて発電する。

だが満充電までには1週間ほどの時間が必要であった。


「焦っても仕方がないか。だが充電が完了すればすぐにこの砲の発射準備に取り掛かろうか。ただ人工衛星などとっくの昔に全部落ちてしまっているから射撃には手計算での射撃が必要だな……」


 ロキはそう言いながら、ペンと紙を用いて計算を始めた。

彼の頭の中にある目標都市は唯一つ、イレーネ島本島であった。

彼は確実に砲弾を命中させるべく計算を続ける。


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