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第228話 脱出命令の拒否

「エーリヒ様! 王都から緊急通信です! 四大都市が全て離反して敵の支配下に入っており、この秘密工場の守備も厳しいため今すぐに王都に帰ってこいとのことです!」


 昼夜問わず兵器を作り続けている秘密工場。

いくら体力には自信のある魔族でも、何日も連続で働き続けていると疲労が蓄積し、目に見えるミスが増えてきた。

その状況を把握するために工場内をエーリヒが視察していた所、突如先程の知らせが入った。


「離反? 占領されたではなく?」


「はい。離反です!」


 その言葉を聞いたエーリヒは、驚きのあまりに開いた口が塞がらなくなる。

そしてユグナーがまた脱出するように命令してきたことにも驚いていた。

そんな彼は少し考え、伝令の人間に言った。


「いや、僕はここにとどまるよ」


「しかしユグナー様が戻ってこいと……」


「四大都市が敵の手に渡った今、陸路でも空路でも帰る道は絶たれている、もしくは限りなく不可能に近い。そんな中帰って無駄死にするぐらいであれば、ここに留まって少しでも王都向かう敵軍の戦力をこちらに割かせたほうが良いと思うんだ。悪いけれどそう伝えておいてほしい」


「わ、分かりました……」


 慌てて走っていく伝令を見ながら、エーリヒはこれからどうするべきか考える。

兵を引き付けるとはいってもここはただの工場、他の都市部とは違い城壁などは存在しない。

そのため外からは山登りをしなければいけないということ以外は、とても攻めやすいものであった。


 だがこの秘密工場には1つだけ都市部よりも優勢なものがある。

それは兵器の保有数だ。

その場で作り上げてそのまま搬送を待たれているものが数多く存在するため、兵器の保有数は秘密工場が圧倒的に上回っている。


 エーリヒはその圧倒的な兵器量を持ってして敵軍を引きつけようと考えた。

だがここは秘密の工場、敵に簡単に見破られてはいけないので巧妙に隠されている。

そこで残っている有人ミサイルをあえて用いてこの場所を露見させようとした。


 早速工場外へと生産が終了していた有人ミサイル50発が運び込まれ、それぞれに搭乗員が乗りこんだ。

爆撃機搭載型のものは母機の爆撃機の運搬及び離陸が不可能となったため使用されない。

それぞれは工場から最も近いホーヘンシュタットへと若干の角度をつけられて発射された。





『敵高速飛翔体接近! 数50!』


 ホーヘンシュタットに展開していたイレーネ=ドイツ軍団のパトリオットが高速で飛翔する物体を検知した。

速度から航空機ではないと彼らは判断し、また方角からも自軍の発射したミサイルではないと断定した。

またホーヘンシュタットにて鹵獲したロケット砲を調査したことによりその射程も割れており、明らかに射程外から飛んでくるそれはロケット弾ではないが、それを大型化したものであろうと推定された。


 配備されていたパトリオットは10基のみ、まずは全50発の内40発をパトリオットにて迎撃して残りの10発は配備された20両のゲパルトにて迎撃することにした。

早速目標に照準が付けられ、パトリオットが全弾目標に向け発射された。


 寸分の狂いもなくパトリオットは目標へと誘導され、飛行を行う。

有人ミサイルの搭乗員はその存在を認識していたものの投与されていた麻薬により判断力が鈍っており、回避を行うことはなかった。

正確に誘導されたパトリオットは目標付近で爆発、見事これを破壊した。


『40発の迎撃に成功! ですが残り10発がなお接近してきます!』


『対空砲火で撃ち落とせ!』


『! 敵1発が姿勢を崩して墜落していきます!』


『ならばそれは放っておいて残り9発を迎撃だ!』


 敵をレーダーで捕捉したゲパルトは、その両脇に備え付けられた35mm機関砲を発射した。

弾丸は有人ミサイルの付近を通り過ぎ、有人ミサイルは弾幕の中を突っ込んでくる。

だが弾丸1発が機体前方に命中、1発の有人ミサイルが撃墜された。


 その流れに乗って1発、また1発と堕とされていき、最終的には全弾の迎撃に成功した。

有人ミサイルの接近を見ていたホーヘンシュタット市民からは歓喜の声が上がり、全員がパトリオット隊とゲパルト隊を祝福した。

撃墜を確認したドイツ軍団の兵士は、墜落していった有人ミサイルの回収へと赴いた。





「これが飛んできていたものか」


「そうですね。もう粉々になっていて何が何だかわかりませんけれど」


 イレーネ=ドイツ軍団指揮官のベルントとゲパルト隊指揮官のエーベルトは、墜落した有人ミサイルを見学した。

だがそれは撃墜時の爆発と、墜落時の衝撃によって原型をとどめていなかった。

彼らはこの時点で人が乗っているということをまだ知らない。


 エーベルトは勝手に墜落していった機体があることを思い出し、もしかすると破壊を免れているかもしれないとベルントに言った。

そして彼らはその機体に望みをかけて移動することにした。

幸いにもその機体はすぐに見つかった。


「幸運ですね。どうやらあまり壊れていないようです」


「本当だな。ホーヘンシュタットの守備隊が戦車の妨害のために此処ら一帯を泥地に変えていてくれたおかげで壊滅的な被害を免れることができたようだ」


 彼らはそのまま機体の方へと歩いていき、間もなくその機体がひっくり返っていることに気がついた。

その機体を起こそうと、付いてきていた歩兵が短い主翼を持って引き上げた。

案外軽い機体はそのままくるっとひっくり返ったが、それと同時に彼らの顔は真っ青になった。


「こ、これはコックピットじゃないか!」


「まさかこの兵器は無人ではなく有人だったというのか!」


「よくよく考えたら無人の誘導装置の開発など不可能だ。ミトフェーラの技術者は自国民を誘導装置にしてしまったのか! チェリーブロッサムのように!」


 彼らが有人兵器であることに絶望していると、突然コックピット内の死んだと思われていた搭乗員が動き出した。

彼は自力でなんとかコックピットを開けて脱出し、そのままよろよろと地面に倒れ込む。

そんな彼を付いてきていた兵士が2人がかりで抱きかかえた。


「まだ息があるが意識が朦朧としているようだな」


「連れて帰って手当をしよう。そしてある程度回復したらこれがどこから飛んできたのか聞き出そう」


 彼らは墜落した有人ミサイルの残骸とともに搭乗員をホーヘンシュタットへと運び込み、彼に懸命な治療を行った。

結果として彼は無事に元気になり、秘密工場の位置も大体は特定された。

イレーネ=ドイツ軍団の一部はソビエト、アメリカ軍団とは別に秘密工場の攻撃計画を立て、結果としてエーリヒの狙いは成功した。


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