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第227話 崩壊した防衛線

 ホーヘンシュタットの離反を受けてこの戦術はやはり使えると確信したロンメル大将は、ホーヘンシュタット以外の残りの三都市にも同様にビラをばら撒くことを決定した。

大急ぎでビラが刷られ、それらは同じくカプセルの中に入れてB-36に搭載された。

B-36部隊は3日間に渡ってすべての都市にビラを投下した。


「まさかこれほどうまくいくとはのう。さすがはルフレイが総司令官に任命するだけはある」


 フランハイムにいるベアトリーチェは、訪ねてきていたロンメル大将と話しながら言った。

先の作戦により自由ミトフェーラ王国は領土と国民を一気に拡大し、国の大きさでもとのミトフェーラ魔王国を上回った。

それに四大都市を防衛線として利用していた魔王国にとって、それらの都市の喪失は大変な痛手であった。


「お褒めいただき光栄です」


「このまま上手く行けば、魔王国の降伏と王都の奪還、そしてユグナーの廃位も実現できそうじゃのう」


「なるべく早くそれが達成できるよう努力してまいります」


「頼りにしておるぞ」


 ベアトリーチェは砂糖入り紅茶をすすりながらロンメル大将に言う。

ロンメル大将もまた紅茶をすすった。

ティーカップをソーサーに置いたベアトリーチェは、思い出したように言った。


「そうじゃ! ルフレイに渡してもらいたいものがあってな」


 ベアトリーチェはそう言い、席を立って小物入れを漁りに行った。

彼女はその中から木箱を2つ取り出してきて持ってくる。

それをティーテーブルの上に置き、ロンメル大将の前で木箱を開けた。


「これはこの前にもらった勲章に対する返礼品じゃ。ルフレイに代理で渡してほしいのじゃ」


「勲章ですか。分かりました。責任を持って司令にお届けいたします」


「頼んだぞ。そしてこれは……ロンメル殿、貴殿への贈り物じゃ」


 そう言ってベアトリーチェはもう1つの木箱を開け、中身をロンメル大将に見せた。

彼は自分が勲章をもらうことになるとは思っていなかったので、少し驚く。

だがベアトリーチェがその木箱の中の勲章を取り出して立ったので、彼も一緒に立った。


「ロンメル殿、貴殿は我が国に多大な貢献をしてくれた。よって妾、自由ミトフェーラ王国女王ベアトリーチェは、貴殿にこの勲章を与えることとする」


「はっ、ありがとうございます」


 ベアトリーチェは自ら勲章のピンを外し、ロンメル大将の軍服に付けた。

そして付ける過程で少し乱れた彼の軍服をベアトリーチェはきれいに整えた。

すべてが終わるとベアトリーチェは彼に再び椅子に座るよう促し、元の体勢に戻る。


「流石に皇帝であるルフレイと一緒というわけにはいかんので一つ位が下のものになっておるがすまんな」


「いえ、いただけるだけでも名誉です」


 ロンメル大将はそう言って自分の軍服に付いた勲章を眺めた。

ふと彼が前を向くと、ベアトリーチェは自分の胸についたテンプル勲章を撫でていた。

彼女はロンメル大将へと視線を移し、勲章に手を置きながら言う。


「そうじゃ、その勲章を渡しに行く過程でルフレイと会うのじゃったら1つ伝えてもらいことがあってな」


「何でしょうか?」


「ルフレイに、『戦争が終わったらフランハイムにぜひ遊びに来てくれ。後いつ挙式を上げるのか決めておいてほしいのじゃ。妾としてはいつでもいいぞ?』……と」


 そういいながらベアトリーチェは自分の左手薬指に付いた指輪をロンメル大将にさり気なく見せる。

ロンメル大将は『若いって良いな』と思いつつ、彼女の伝言を了承した。

その後この伝言は勲章とともに、ノルン島にいる俺のもとへと伝えられた。





「ユグナーさま、四大都市最後のグローリシュタットも我が魔王国に対して離反を宣言、これで東方に張られていた全防衛線が敵側へと戦うことなく帰属することになります」


「……そうか、もう下がっても良いぞ」


「分かりました。では失礼します」


 伝令兵は扉を締め、部屋の中にはユグナー唯一人になった。

部屋の中に灯された1つのろうそくが、彼の顔を薄暗く照らし出す。

すると彼の顔の左半分だけが動き出した。


「やあユグナー、もう敗色濃厚になっているが気分はどうだ?」


「……最悪です」


「君が絶対に勝てると言うから早めに戦端を開いたのに負けそうになるなんて、恥ずかしいね」


「敵のことを侮っていました。すべて私の責任です。軍の司令官たるエーリヒを追放したことも全て」


 そう言いつつユグナーは立ち上がり、部屋の隅においてある立体地図へと向かった。

それはかつてエーリヒがいた頃にデモンストレーション用として用いていたものであった。

彼は四大都市からミトフェーラの旗を引き抜く。


 ユグナーは引き抜いた旗を床に捨て、それを踏んだ。

もはや残っている旗は王都のものと、秘密工場のものの2ヶ所のみになった。

そんな彼にロキは囁く。


「お前が倒れては俺が困る。仕方がないから復活までの時間を先延ばしにして、代わりにお前に時間の猶予をやろう」


「時間の猶予とは?」


「この王都にいる人間を俺の術で完全に支配下に置く。推察するに四大都市の貴族が離反を表明したのは俺の支配から抜け出したからだ。その証拠に俺の統制が効かなくなっている。だが俺が力を削ってこの王都の人間を絶対に抜け出せない支配のもとに置くことぐらいは今の状態でも可能だ。それらの者に徹底抗戦させることで時間を作れば良い」


「分かりました。ロキ様の意のままに」


 ユグナーはそう言うと、すっと目を閉じた。

それと同時に左側のロキは何かをぶつくさと唱え始めた。

そして急に唱えることをやめたかと思うと、彼は左手をバッと掲げた。


 ロキが左手を掲げると同時に、あたり一面に黒い霧が発生する。

その霧は壁おも貫通し、王都のジェリコの壁内に蔓延する。

しばらく王都を覆った黒い霧は、すうっと消えていった。


「これで王都の人間はすべて俺の支配下に入った。まだまだこの王都の人間だけでしばらくは戦線を維持できるだろう。その間に我々はアレの準備に入るとしようか」


 そう言うとロキはユグナーの体を操って彼の部屋の壁へと手を伸ばす。

するとその壁は重い音を立てて内側にずれ込み、そこからは下へと続く階段が姿を表した。

彼はろうそくも付いていないその階段を降りていく。


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