「ユグナー様! た、大変です!」
慌ただしく魔王の間の扉を開ける伝令の兵士。
そのあまりのうるささにユグナーはイラッときた。
だが伝令を聞かないわけにはいかないので彼は冷静に返す。
「大変なことだと毎日のように聞いている気がするが、今回は何なんだ?」
「はい。王都より北東にある本国最大の飛行場に敵の爆撃隊が飛来、味方の防空隊が新型兵器である対空噴進弾を用いて敵爆撃機を1機撃墜したとのことです!」
「なに、それは本当か!! それは確かに大変なことだ!」
「はい! その代わり飛行場は壊滅、守備隊も全滅したそうです」
せっかくアガっていたところを急に落とされ、ユグナーは舌打ちする。
確かに彼にとって爆撃機の撃墜は嬉しい報告であったが、それ以上に飛行場の壊滅は彼を悩ませた。
最近は完全に前線でも押されているので、その上で飛行場が壊滅したのは彼を怒らせるには十分であった。
「まだ王都の飛行場は機能しているが……まさかあちらが先に叩かれるとはな。こちらに迎撃戦闘機を集中配置したことが間違いであったか」
「それともう一つお知らせがございます」
「まだあるのか。何だ、言ってみろ」
「えーと、王都北方に建設を行っていた秘密工場が完成、稼働を始めたと現地のエーリヒ様より報が入りました」
その知らせを聞いたユグナーはまた喜んだ。
何しろ建設中の工場は今までの工場よりも遥かに巨大で、秘匿され、さらに最新設備が整ったユグナー肝いりのプロジェクトだったからだ。
ユグナーは早速現地のエーリヒに伝言を送ることにする。
「エーリヒに伝えろ。『生産品目は対空噴進弾及びその発射筒を最優先に。一部は対地攻撃が可能なように再設計を行ったうえで生産しろ。また航空機は小型軽量なIS-1Aの生産を最優先に、鈍重で扱いにくいIS-1Bの生産は停止して構わない』とな」
「分かりました。それとエーリヒ様から追加で、ロケットエンジンを搭載した短距離戦闘機及び有人対空特攻機の製造の許可を頂きたいとのことですが……」
「ロケットエンジン? 何だそれは?」
「えぇとですね……送られてきていた文章によりますとロケットエンジンは今まで使っているレシプロエンジンよりも高い推力を発揮でき、より高速での飛行を可能にするようです。例の噴進弾に搭載されているのがそのロケットエンジンだそうです」
それを聞いたユグナーはさらに大喜びした。
彼は国境付近に度々来る爆撃にイライラしており、自分たちも爆撃し返したいと思っていたのだ。
そんなときに降りてきた高速機のコンセプトは、まさに彼を満足させるものであった。
「電撃爆撃機の誕生だ! すぐに爆撃機として生産に当たらせろ!」
「へ? で、でも要求は迎撃機に特攻機と……」
「そんなものは関係ない! すぐにでも爆撃機として生産を始めさせるように命令しろ!」
「わ、分かりました……」
伝令の兵士はもう報告が終わったため、魔王の間を出ようとした。
彼はユグナーに深々と頭を下げ、ドアノブに手をかけた。
その時、ユグナーは思い出したように言う。
「そうだ、忘れていた。王都に在住する技術者を例の爆撃機の墜落地点へと派遣、機体の分析をするように伝えよ。また生存者がいそうであれば捉えて尋問せよとも伝えよ」
「分かりました。そのように」
そう言って伝令兵は魔王の間を出た。
扉が閉まると同時に、ユグナーはため息を付く。
その時、彼の顔の半分が黒くなり、ロキが姿を表した。
「どうした、ひどく疲れているようだが?」
「最近戦況が芳しくないので。ロキ様が出てくださるのであれば一発では?」
「嫌だね。私は少したりとも魔力を浪費したくないんだ。それに君が絶対に勝てると言って私の復活よりもだいぶん早くに戦争を始めたんだろう?」
「……」
ユグナーはそれに返すこともできず、黙りこくる。
そんなユグナーの様子を見てロキは大爆笑した。
顔の左半分だけが大爆笑するので、ユグナーは気持ち悪さを感じる。
「まぁ最悪のときはこの城に備わっている兵器を使えば良い」
「この城に備わっている兵器? そんな物はあるのですか?」
「あぁあるとも。だが何かは最悪の時のお楽しみだ」
そう言ってロキはまた姿を消した。
◇
B-29が墜落してから2日目の夜6時。
無事に初めての狩りを成功させたウィルソンとティベッツは、村の面々から盛大に迎え入れられた。
早速彼女らは魔物から油を抽出し、残りの肉は調理して全員に振る舞う。
この狩りの成功によって、彼らは完全に彼女らに信頼を置かれるようになった。
また狩りに参加していなかったテイラーはテイラーで、村の小さな悩みなどを解決して周り、助けられた人からは尊敬されていた。
彼らは分けられた肉を食らい一しきり騒いだ後に川で汚れを落とし、家畜小屋に戻る。
「やったな。うまく信頼を勝ち取れたようだ」
「あぁ、これでこっちでもなんとかやっていけそうだな」
「後は無線機の修繕だが……こんな物を拾ってきておいたんだ」
ウィルソンはそう言い、ポケットから金属片を取り出す。
それはちょうどいいかんじの形に割れた銃弾の破片であった。
彼はそれを使って器用に断線している部分をつなげる。
「こうしてこれで……よしっ、できたぞ!」
ウィルソンはそう言って嬉しそうに無線機を掲げた。
無線機が治ったことにティベッツは歓喜し、早速ウィルソンに連絡を取るように言う。
言われなくとも、とウィルソンは無線機の電源を入れ、語りかけた。
「こちらノルン島の爆撃機隊所属のウィルソン。無線を受信したものがいれば応答願う」
ウィルソンは無線機にそう語りかけるが、反応はなく雑音だけが流れる。
彼は諦めきれずもう一度語りかけた。
すると今度はかすかに何かが聞こえた。
「こちらウィルソン。返事ができるなら返事してくれ!」
『――らノルン島管制塔。あなたは?』
「ノルン島の爆撃機隊所属のウィルソンだ、撃墜されたB-29のウィルソンだ!」
『ウィルソンだって!? 今どこにいる?』
ウィルソンとティベッツは、無線が通じたことに驚きを隠せていなかった。
ウィルソンは今自分がいる村の名前を告げる。
だが名前ではわからないので「特徴を」と返され、思いつく特徴をあげた。
XDWP-02とその子機の撮影してきた映像とも照合して目標の村を捜索する。
しばらく候補の中から漁っていると、特徴と合致する村を発見した。
その村の情報をすぐに通信員は転送した。
『……なるほど、ここですか。分かりました。すぐに司令に伝えて救助の作戦を立案します』
「そうか。ありがとう」
ウィルソンはそう言って無線を切った。
彼は通信員の口から聞いた救助の作戦という言葉に興奮していた。
一方その頃のノルン島では、生存者発見の方に慌ただしく動き始めた。