翌朝、鳥のさえずりとともに小屋の外に出たウィルソンとティベッツは、朝日を浴びながら体をほぐした。
ブラブラと外を歩いていると、川で洗濯をしているクラウディアを発見した。
彼女は近づいてくる2人を見かけると、立ち上がって笑顔で挨拶する。
「おはようございます。随分お早いんですね」
「おはようございます。クラウディアさんこそお早いですね」
「敬称なんてそんな……クラウディアでいいですよ」
ウィルソンはクラウディアの手に握られている洗濯物をちらっと見る。
それはテイラーの着ていた飛行服であった。
彼女は見られていることに気がつくと、2人に返す。
「随分汚れていましたので洗濯をと。よろしければお二人の分も洗濯いたしますよ?」
「いえ、そこまでしていただくわけにはいきません」
「ではせめて着替えだけでもしてください。父の使っていた古着がいくらか残っていますので」
クラウディアは飛行服をパタパタとし、水を抜いた桶に畳んでいれる。
それを持ち上げて歩き出そうとしたので、ウィルソンは代わりに持つことにした。
クラウディアは渋っていたが、最終的には彼が持って家に帰ることにした。
家までたどり着いた彼らは、全員でテーブルを囲んで粗末な朝食を取る。
クラウディアはイズンへの祈りを、ウィルソンらは十字架を切って手を結んだ。
そういえばこの世界にイエス様はいないな、と思いながら彼らは出された黒パンをかじった。
「申し訳ございませんが皆様には今朝の集会に出て貰う必要があります。いきなり余所者を無断で匿うわけにもいきませんので」
(おいウィルソン、どうするよ?)
(仕方がないだろう。集会には顔を出そう。もしものときには拳銃を1発お見舞いしてトンズラだ)
「分かりました。もちろん構いません」
こうして彼らは食事後、渡された服に着替えて集会へと向かうのであった。
◇
「ふーん、これがクラウディアの匿った人間ねぇ」
「高身長で金髪、なかなか見ない人間ね」
ウィルソンたちは集会場につき次第、大勢の魔族の女に囲まれて困惑していた。
彼女らは興味津々な目であちこちを隅々まで見て回る。
しばらく見ていると、クラウディアが困っている3人の表情を見て周りの女たちを引き剥がした。
パンパンッ
「はいはい皆のもの、さっさと座らんかい」
手を鳴らす音が聞こえ、奥から老婆が姿を表す。
その姿を見たものは皆自分の席へと戻った。
席がなく、立っているしかない3人をその老婆は呼びつける。
「そこの者たち、こっちに来なさい」
3人は言われたとおりに老婆のもとに行き、老婆はじっと彼らを見つめる。
そして杖をついているテイラーの存在に気がつくと、彼女は自分の椅子を明け渡した。
テイラーは遠慮するも、結局座らさせられた。
「私はこの村の長じゃ。とはいってもそこまで偉くはないゆえ、そんなに畏まらんでもよいぞ?……さてと皆のもの、今からこの者たちをどうするか意見を聞きたい。まぁ私個人としてはこの者たちをこの村にとどめても良いと思うがな」
「私も賛成です。最近労働力が不足しているし」
「私も賛成」
「「「「私も!」」」」
その場にいた女たちからは、次々に賛成の声があがった。
最終的には全員一致で、ウィルソンらの受け入れが決定した。
だがその光景を見て、彼らは疑問を抱く。
「その……」
「ん? なにか疑問でもあるのか?」
「えぇ、その、なぜ全員女性なのかと」
「なぜ全員女か? それは老若問わず、すべての男が1人残らず兵士もしくは工場の作業員として徴収されておるからじゃよ」
その言葉を聞いてウィルソンたちは絶句する。
確かに戦争時に男たちが徴収されるというのはよくある話だが、老人や子供まで徴収されるという話は聞いたことがない。
まぁ子供と言っても魔族の子だし、どの人間より高齢だろうが。
「お前さんらはこの村の唯一の男手だ。村の仕事を助けてくれるのであればいつまでもこの村にいていいぞ」
「本当ですか、それは助かります」
「そうなればまずは森で魔物を狩ってきておくれ。本来はろうそくを買って明かりにするのじゃが最近はろうそくも手に入らん。代わりに魔物の油を燃やさにゃならんからな」
「「分かりました。お任せください」」
そう言うウィルソンとティベッツをみて、村長は頷いた。
足の関係で動くことのできないテイラーは申し訳なさそうに彼らを見る。
そんな彼にティベッツは親指を立て、ウィルソンはウインクをした。
「そうだお前さんら、その見た目では怪しまれるからな。おいクラウディア、確か倉庫にアレがあっただろう、持ってきてやれ」
「アレですね。分かりました」
クラウディアは頷くと、何かを取りに走っていった。
だがアレとは何を指しているのかわからず3人は首を傾げる。
ウィルソンは何か知りたくて聞いてみることにした。
「村長さん、アレとは?」
「あぁ、お前さんら人間じゃろ? 知っての通り今この国は人間国家とも敵対しているから見つからんように、偽装用の角を持ってこさせているんじゃ」
「へー、そうなんですね」
しばらく待っていると、クラウディアはそこらへんで獲れた魔物の角で作った偽装用の角を持ってきた。
3人はそれぞれ1つずつ受け取り、頭に装着する。
お互いが角を付けた姿を見た彼らは、その滑稽さに大爆笑した。
「はいはい、お前さんら角をつけるだけでそんなに楽しいのか。それはともかく猟の武器を支給するぞ。何種類かあるがどれが良いかの?」
そう言って村長は村の女たちに猟の武器を運ばせてくる。
大きな斧や長剣、槍や弓などなんでも武器があった。
だがそれ以上に彼らの目を引く物が存在した。
「おい、これって……」
「あぁ、どう見ても……」
「銃だな」
「間違いない、銃だ」
彼らはまさか見ることになるとは思わなかった銃を見て驚く。
だが見た目としてはかなり古臭く、お世辞にも高性能そうとは言えない。
だが斧や弓よりかは扱いやすそうだ。
「これは村に自衛用として配られたものです。ですが自分の手で狩りをしたほうが早いので誰も使わないんですよ」
「そうなんですね。少し借りても?」
「えぇ。もちろんです」
ウィルソンとティベッツは銃を持っていた女からそれを拝借し、いじくり回す。
どこから銃弾を入れるのかわからずに悩んでいると、銃を持ってきた女は銃のグリップを内側に折った。
そして2人に銃弾を入れる位置を示すと、持っていた紙製実包をかみちぎって中に装填する。
「紙製実包……オヤジの世代が使っていたレベルのものだぞ」
「もしやこの包み紙には牛の油が使われているんじゃないか?」
「そうなればシパーヒーの反乱の再来でイギリスは大混乱だ」
「HAHAHA!」
ティベッツはそんなことを言いながらも、自分で装填を試してみることにした。
彼は紙製実包を噛みきり、グリップ側の受け皿に火薬を入れる。
反対側の銃身部に銃弾を入れ、火薬が落ちないよう銃身を元の位置に戻した。
「装填が面倒くさいな……なぜ普通のマスケットのように前装式にしなかったのか」
「知らん。初めてなんてそんなものだろう」
「それもそうか……」
小言を言いながらもウィルソンとティベッツは銃と弾薬を受け取り、カバンにしまって狩りに出かけた。
テイラーはそんな2人を見送り、クラウディアに連れられて彼女の家に戻る。
彼は何か自分でもできる仕事はないのかなぁと考えるのであった。