目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第215話 戦略爆撃

「ミラ、少し離れなさい」


「嫌」


 アスリート飛行場の滑走路上。

俺はミラに顔面に張り付かれたまま管制塔に向かって歩いていた。

意図せず猫吸い状態になっているが、これは決して俺がやりたくてやっているわけではない。


 その滑走路の後ろでは、爆弾を満載したB-29が離陸しようとしていた。

護衛機が到着したことで、本格的にミトフェーラ本土に対する爆撃が始まろうとしていたのだ。

だが狙うのはもちろん軍事施設、民間に対する無差別爆撃は考えていない。


「それにしてもあの飛行機大きい。今からどこに行くの?」


 ミラは爆撃機の存在は知らないので、純粋無垢な目でこちらを見てきた。

オリビアとベアトリーチェも知らないので、「そういえばどこに行くんだろう」という目で見てくる。

イズンは知っているのか知らないのか分からないが、何とも言えない表情をしていた。


「……ミトフェーラだよ」


「なんじゃ、ミトフェーラに行くのか。何用で?」


「爆撃だな」


「爆撃? 何じゃそれは?」


 そういうベアトリーチェの横を、風を切ってB-29が離陸していく。

離陸時に巻き起こす風が彼女の髪を揺らした。

空に舞い上がったB-29のジュラルミンのボディが太陽光を反射してキラキラ光る。


「爆撃とは、爆撃機……あの飛行機ね、から爆弾を落として敵の拠点もしくは敵の都市を攻撃することだ。ここにいる爆撃機が全機都市に爆弾を投下したとしたらきっとその都市は灰燼と化すだろう」


「爆撃とはそれほどのものなのか。そんな爆撃機がまた1機、また1機……」


 話している間にもB-29はどんどんと離陸していく。

今回の爆撃目標はミトフェーラに存在する大型の飛行場だ。

ただ王都郊外にあるものはジェリコの壁の関係で爆撃不可なので、代わりに王都の北方に存在するものを爆撃目標とする。


「ここも戦場だし、いつ攻撃が来てもおかしくはない。早く島に帰ったほうがいいぞ」


「……祖国の土地が荒廃していくさまをただ指を加えて見ているしかできないのか」


 最後のB-29が離陸していくのを眺めながら、ベアトリーチェは悲しそうに言う。

B-29が離陸し終えた後の滑走路には、彼女らを島に返すためにC-130が準備していた。

オリビアたちは俺を一目見れただけで満足と言い、C-130に乗り込んだ。


 ベアトリーチェも仕方なくC-130に乗り込むために歩き出す。

彼女は少し不満そうな顔色を浮かべながらも、ついにC-130の中に姿を消した。

彼女が乗り込んだことを確認し、C-130の横についているラッタルをなおす。


 もう少し一緒にいたいという気持ちはあったが、ぐっとこらえて俺は彼女らを見送る。

彼女らを乗せたC-130は離陸し、イレーネ島へ針路を取った。

早くこの戦争を終わらせ、そして島に早く帰りたいものだ。





 アスリート飛行場を飛び立ったB-29とP-38は、編隊を組んでミトフェーラの上空へと侵入していく。

B-29隊は4つの部隊に別れ、それぞれがコンバットボックスを組んで飛行する。

だが、それら爆撃隊に対して要撃の戦闘機があがってくることはなかった。


「なんだ、迎撃機はあがってこないじゃないか」


「この前の大量投入でもう残っていないのかもしれないな。ここで飛行場の破壊にまで成功すればもう空を心配する必要はなくなる」


「そうなればジャップのように爆撃し放題だな」


「おい、その呼び方はやめろ。司令は元日本人だ」


 彼らが機内でそんな話をしている一方地上では。



 ウォォォォォォ―――ォオン……ウォォォォォォ―――ォオン……



「魔探に感あり、数不明! 敵機です!」


「とうとう本土にまで来襲したか! 要撃の戦闘機をあげろ! 対空砲も準備を!」


「そんなもの前の攻撃で1機も残っていません!! 対空砲も前線の奴らが野砲代わりに持っていってしまいました!」


 B-29の編隊が接近してきていることを探知したミトフェーラの地上員たちは、慌てて要撃の準備を進めていた。

だが肝心の要撃に当たる戦闘機も対空砲も残っておらず、彼らにはどうしようもない事実が突き付けられる。

その時、整備員の1人があることを思い出した。


「そういえばさ、中央から新たに納入された新兵器、あれって対空用じゃなかったか?」


「28連装対空噴進弾のことか? あれはまだテストすらされていない代物だぞ」


「それでも何もしないよりはマシだろう。テストを兼ねて実践運用すればいい」


「そうだな。えぇと、納入されたのは確か合わせて5台か……よし、すべて使うぞ!」


 彼らは無断で倉庫を開け、テストに向けて保管されていた噴進弾の発射台を引っ張りだす。

多数の馬に括り付けられて引き出されたそれは、滑走路上に等間隔に並べられた。

飛行場の指揮官は最初こそ止めようとしたが、他に有用な対抗法がないことは痛感しておりそれを渋々認めた。


「操作方法が分からんぞ!」


「レバーの横、そこに説明書が張り付けられているだろう!」


「どのぐらいを狙えばいいんだ!」


「知らん! 感に任せるんだ!」


 操作方法に戸惑いつつもなんとか発射筒の回転に成功した彼らは、小さく見える飛行機雲を頼りに照準を定める。

そして迫りくる爆撃機につばを飲み込んだ瞬間、太陽の方角から迫りくるエンジン音が聞こえた。

太陽を背にしてP-38が突っ込んできた。


「まずいぞ、敵の戦闘機だ!」


「逃げようとするんじゃない! だが絶対に死ぬな! 今はあのデカブツを落とすことだけを考えろ!」


「そんなことを言ったって……うわぁ!」


 太陽から真っ逆さまに急降下してきたP-38は、地上の発射筒に向けて機銃掃射する。

放たれた銃弾は操作していた地上員を打ち抜き、撃たれた彼は血を噴き出して倒れる。

発射筒内にも銃弾は進入し、それにより中の噴進弾が破裂した。


「このままでは何もできずに全滅するぞ!」


「もう当たらなくてもいい、発射しろ!」


 その時、またもや隣の発射筒が爆発した。

その衝撃によって発射筒がほんの少し斜めににずれ、その状態で中に入った噴進弾が発射された。

だが奇しくも、傾いたことによってB-29の編隊に対してきちんと照準が定まった。


『まずい、発射されてしまったぞ!』


『上空のB-29各機に告ぐ。敵の噴進弾が発射された。回避されよ!』


『なんだって! 今は爆弾を投下中だ!』


『爆弾を投下し終え次第回避行動に移れ!』


 爆弾を投下し終えた各機は、回避行動へと移る。

だが命中精度を重視して6000mという高度からの侵入であったため、噴進弾の射程内には入ったままであった。

白い尾を曳きながら飛んできた噴進弾は、ほとんどが爆撃機と爆撃機の間を通過して空の彼方へと飛んでいく。


 しかし運が悪いことに、1発が回避する第一陣最外郭にいたB-29の左翼に命中した。

命中により左翼は吹き飛び、B-29は姿勢を崩し火を吐きながら堕ちていく。

僚機が撃墜されたのを見た他のB-29の乗員は慌てて本国及びノルン島へその旨を報告した。


「くそっ、こんな鈍重な機体に乗っているから勿論救出には行けない! ただ見ているしかできないなんて!」


「パラシュートが開いているのが見えた。きっと生き延びているだろう。早く助けを呼ばねば」


「パラシュートだと!? 幾つだ!」


「……3つだ」


 その言葉に乗組員は言葉を失う。

本来のB-29の乗組員数は11人であり、この時の乗員数も同じであった。

残りの8人は……彼らは静かに涙を流した。


「今は悔やんでも仕方がない。まずは残った機全機が無事に帰還することが大事だ」


「散った仲間に敬礼」


 彼らは機の中で静かに敬礼をし、その空域を飛び去った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?