目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第190話 五月革命

 ミトフェーラ魔王国、魔王城。

いつも通りベアトリーチェは家臣とともに夕食を食べていた。

彼らは特に会話を交わすこともなく黙々と食べ続ける。


「どうした皆のもの、やたらと静かじゃが何処か具合でも悪いのか?」


 ベアトリーチェの言葉に驚いて家臣たちははっと顔を上げる。

そして彼らはぎこちない笑顔でそれを否定した。

首を横に振る彼らを見て、彼女は少し疑いつつもそれ以上は追求しなかった。


「うむ、たいへん美味かった。また明日が楽しみじゃな!」


 ベアトリーチェはそう言って席を立ち上がった。

彼女は一緒に立ち上がった他の家臣からのお辞儀を受けながら食堂を後にする。

彼女が食堂の扉を閉め切ったところで、家臣のうちの一人が言った。


「おいこれ……一体いつ誰が魔王様に手をかけるんだ?」


「まだ何も命令されていない。わざわざこちらの判断で手を出す必要もないだろう」


 彼らはそんな事を真剣な表情で話し合っていた。

そんな彼らの足元に急に黒いモヤのものがでてきていた。

彼らは「俺もか」と思いみてみると、同じく自分の足元にも同じモヤがあった。


「こ、これは……!」


 彼らのうちの一人が言い、頭を両手で抑える。

それを見た他の家臣たちも自分の頭を抑え始めた。

だがそれもあまり関係なく、彼らの脳を激痛が襲う。


「うっ……ぐっ……!」


 彼らはうめき声をあげながら頭を抑えて苦しむ。

だがそれも少しの間のことで、時間が立つと頭の痛みは消え去ったようだ。

そんな彼らの頭の中に一つのメッセージが浮かび上がる。


『決行日時は本日の22時』


「今日の22時か……」


「あぁ、いよいよだな」


 家臣たちは少し顔を暗くしながら言う。

その後彼らは各自食事の席を立ち、自室へと帰っていくのであった。

そして運命の夜22時がやってくる。





 ドンドンッ、ドンドンッ!


 魔王の寝室に響くノックの音。

そのうるささにベアトリーチェはいら立ち、ベットから起き上がった。

そして扉に向けて言う。


「何じゃ騒々しい……妾は寝ようとしていたんじゃが?」


「姉さま、緊急事態だよぉ! 早く起きてぇ!」


「何じゃエーリヒか、今開けるから待っておれい」


 ベアトリーチェはそう言い、手をくいっと上にあげた。

それだけで扉の鍵は開き、扉は音を立てて開き始めた。

扉が開くと同時にエーリヒが中に入ってくる。


「緊急事態とは……のうエーリヒよ、何のつもりじゃ?」


 部屋の中に入ってきたエーリヒは、手にマスケット銃を持っていた。

銃口を突き付けられたベアトリーチェは訝し気に彼を見る。

すると、扉から次々とマスケット銃を持った家臣たちが入ってきた。


「陛下、お命を奪いたくはありません。今すぐに降伏してください」


「貴様ら……それごときで魔王を殺せると思っておるのか?」


 ベアトリーチェは家臣たちを睨みつける。

その目は真っ赤に染まっていた。

家臣たちは気おされ、一歩後ろに後退する。


「貴様らも妾の力ぐらい知っておるじゃろう……馬鹿どもがのう」


 ベアトリーチェはそう言い、背中から4枚の黒い羽根を生やす。

そして彼女はその翼をばっと開いて家臣たちを威圧した。

そんな彼らの後ろからもう一人、仮面をつけた男が入ってくる。


「おいおい妹よ、こんなところで暴れまわるつもりか?」


 ベアトリーチェは声のした方向を向く。

そして彼女の目には仮面をつけた例の男が見えた。

その男を見たベアトリーチェは叫ぶ。


「貴様、ユグナーか!」


「そうだ、だが兄を敬称をつけずに呼ぶとは……随分と偉くなったものだな我が妹よ」


「ほざけ、妾に継承権の争いで敗れたものが何を言っておる」


 そう言ってベアトリーチェは羽を羽ばたかせて飛び上がった。

するとユグナーもまた背中からベアトリーチェよりも多い12枚の羽根を生やして飛び上がる。

その光景にベアトリーチェは驚いて言った。


「何じゃその羽根は! 羽根を生やすことができるのは我が【魔王】のスキルのみぞ!」


「哀れな妹よ、私がそれ以上の存在になったということが分からんのか」


 ベアトリーチェは手のひらに黒い球を作り上げ、ユグナーに投げつけようとした。

だがユグナーは笑ってそれを見ている。

彼女は何がおかしいのか、と彼に言う。


「何がおかしい……か、それは簡単な話だ。そこで貴様がそれを撃つと下にいる貴様の忠実な家臣どもが死んでしまうぞ、というだけだ」


「何が忠実じゃ、妾に謀反を起こした時点で忠実でも何でもないわ」


「本当にそうかな? あいつらはただ俺に操られているだけだが?」


「何じゃと……?」


 ベアトリーチェは下を向く。

すると家臣たちは思い出したかのようにマスケット銃を構えた。

しばらく考えた後、彼女はユグナーに言った。


「……上で待っておる、謀反を成功させたくば妾を殺せ」


 そう言ってベアトリーチェは手に持っていた黒い球を天井に向けて放り投げた。

たちまちに天井は崩壊し、星空がそこから顔を出した。

彼女は羽を羽ばたかせて空に昇り、ユグナーもそれに続いた。





「こうして戦うのは何年ぶりかのう、ユグナーよ」


「最後に戦ったのが200年前……だな」


「おぬしは妾にしてやられたことが悔しすぎるあまり部屋から出てこぬと思っていたが……」


「そんなわけがないだろう、俺はお前を打ち倒すため準備をしていたのだ」


 そう言ってユグナーは右手に力をためる。

ベアトリーチェも同じく右手に力をため始めた。

彼らは同時にそれを放ち、放たれた球は空中で衝突して爆発する。


「!」


 生じた爆炎の中からもう1つの球が飛んできたことに気が付いたユグナーはそれを避けた。

体勢を元に戻すと、彼はベアトリーチェを見て笑う。

彼女もまた笑っていた。


「あの時と……200年前と何も変わらない戦い方だな」


「おぬしもじゃろう? 結局成長していないではないか」


 ベアトリーチェはそう言うと同時に自信の周りに大量の魔方陣を生成した。

そしてその魔方陣の一つ一つからビームが放たれる。

全てをさばききれないユグナーには数発のビームが命中した。


「ほれ、何も変わらん。これも200年前妾が使ったものと全く同じ技であろう? あの時も対処できていなかったではないか」


 ベアトリーチェはそう言って笑う。

一方のユグナーは顔にビームが命中したため、右手で顔面を抑えていた。

そんな彼の右手の間から割れた仮面の欠片が落ちていく。


 ユグナーは割れた仮面を捨て去り、素顔をあらわにした。

彼はその素顔でベアトリーチェの方を向き笑う。

彼女はその素顔を見て驚いたように言った。


「……なんじゃおぬし、その顔は」


「……」


「黙るな! 何があったのじゃと聞いておる!」


「うるさいなぁ……”カオスインパクト”」


 ユグナーはがぱっと口を開き、そこから極太のビームを放つ。

その攻撃をベアトリーチェは下に飛んで避けた。

避けた彼女は上にいるユグナーを見上げる。


「妾の知らぬ技……貴様、さてはやってはいかぬことに手を出したな?」


「……はて、何のことやら?」


 そう言ってユグナーは2発目を放った。

ベアトリーチェは再びよけようとしたが、彼女はふと下を見た。

するとそこには何も知らずに生活している国民たちの家々がある。


 ベアトリーチェは避ければ地面に命中することを悟った。

もしも命中すれば命中場所付近に家々は吹き飛んでしまうことだろう。

彼女は瞬時にどうすべきか決断を下した。


「……ッツ! ぐぬぅぅ……!」


「やはり避けないか、我が妹よ。避けると大事な国民が死ぬからな」


「それを見越してこの状況を作り出したのか貴様は……いや、妾がこうなるよう誘い込まれたのか……カハッ!」


 ベアトリーチェは口から血を吐く。

吐いた血はそのまま重力に従って落ちていった。

彼女は悔しそうにユグナーを見上げる。


「驚いたか我が妹よ、かつて余裕で勝った相手に一撃で血を吐かされた気分はどうだ?」


「貴様……この力は貴様の物ではないな……? 魔力の質が違う」


「流石は我が妹だ、その通りだよ」


「では何を取り込んだのじゃ……?」


「……神だよ」


 ユグナーはそう言うと、先ほどよりも大きな魔力の塊を生み出した。

ベアトリーチェはその球を見て死を覚悟する。

だが最後に一つだけ聞いておきたいと思ったことを聞く。


「神とは何じゃ、イズン様か?」


「いや、ロキ様だ」


「ロキ……? そんなもの神話上の話ではないか」


「その神話上の物を取り込んだのさ」


 そう言ってユグナーは魔力の球を放った。

その球はベアトリーチェめがけてまっすぐ飛んでいく。

ぶつかる、と彼女が目をつむったところ、突然彼女の指にはめられた指輪が輝きを放ち、巨大な盾を作り上げた。

そしてそのままベアトリーチェは光に包まれて消えていくのであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?