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第188話 もろびとこぞりて

 ヴォイドリアの拠点となる要塞山。

その上空には厚い雲がかかっており、聖夜にも関わらず曇天であった。

もう日も沈み、月の光がかろうじて開いている隙間から少しだけ地面に降り注ぐ。


 ヴェルデンブラントの人々は国から自宅に待機するよう命令が出ているので、外に人はいなかった。

そんなしんとした夜の空にジェット音が響いた。

上空に到着した、俺とイズンを乗せたC-5ギャラクシーとC-130のエンジン音であった。


 各機はサイドドアを展開し、兵士たちは降下の準備をする。

背中に背負っているパラシュートの確認をし、号令の時を待つ。

俺は降下の待機をしている兵士たちを見て言う。


「敵さんに強烈な一撃をプレゼントするぞ、音楽に合わせて降下しろ!」


「「「「了解!」」」」


 ランプに搭載したスピーカーはいつでも爆音で音楽を奏でられるようセットされていた。

中に入れられているテープは『もろびとこぞりて』クリスマスの定番曲だ。

降下のカウントダウンが開始され、兵士たちはゴクンとつばを飲んだ。


「ではいくぞ、ミュージックスタート!」


 俺がそう叫ぶと同時に、輸送機から次々と兵士たちが降りていく。

それと時を同じくして、イズンが輸送機の進路の雲を削除、そして後ろから強力な光を降り注がせる。

その光によってパラシュートを背負った兵士たちは降りてくる天使のように映った。


『諸人挙りて 迎えまつれ』


 空に爆音で音楽が流れる。

その音楽に合わせて次々と空にパラシュートの花が咲いた。

これこそが真白き薔薇の花模様、か。


『久しく待ちにし 主は来ませり 主は来ませり 主は、主は来ませり』


 乗っている兵士は全員降下し、次は俺の番となった。

俺はイズンの手をぎゆっと握り、サイドドアの方へと歩いていく。

そしてそのまま機内の作業員に敬礼し、空へと身を投じた。


『悪魔の人牢を 打ち砕きて』


 俺は背中にパラシュートを背負っているが、まだ展開はしない。

もちろんこのまま落ちれば地面に激突して死んでしまうのだが……

わざとパラシュートを展開しないまま降りていくと、突然胸元の勲章が輝きを放った。


『捕虜をはなつと 主は来ませり 主は来ませり 主は、主は来ませり』


「こんなことで私たちを呼ばないでください。私たちだって天界でクリスマスパーティーをやっているんですから」


「すまない、少しだけ手伝ってくれないか?」


「はいはい分かっていますよ、ではいきますね」


 勲章の光が収まると、俺の周りを天使たちが囲っていた。

天使たちは手を組んで祈り、その体はまばゆく輝きを発する。

それと同時に俺の背中も光り、輝く羽が生えてきた。


『この世の闇路を 照らしたもう』


「これでいいでしょう?」


「あぁ、バッチシだ。ありがとう」


 俺は羽をはためかせて急減速する。

イズンはそのまま落ちていきそうになったので、ぐっと引っ張って彼女を抱えた。

俺に抱えられた状態の彼女に俺は言う。


「では、始めよう。クリスマスパーティーを!」


「あなたにやりたいことは全て理解しているわ。私に任せなさい」


『妙なる光の 主は来ませり 主は来ませり 主は、主は来ませり』


 イズンは人の姿を解き、大きな輝く神の姿へと変貌する。

巨大化した彼女は、その大きな手で俺を下から優しく包んだ。

大きくそびえる神の姿に、羽を生やした使徒、これこそが戦わずして制圧するために俺が考え出した、神の威を借りた制圧方法であった。


『萎める心の 花を咲かせ』


 さて、これで敵は出てこないかと思ったが……いや、何かが上がってきた。

それは目が真っ赤な、尻尾が見えないほど巨大なドラゴンであった。

ドラゴンの背に乗ったアルファとジャックは、上に浮かぶ俺に急接近しながら言った。


「ルフレ〜イ! ムスコを切り落とされた恨み、今晴らしてやる!」


 ジャックはそう言い、杖から魔法を放った。

だがその魔法は天使たちの張った光の壁に阻まれ、到達することはない。

その横に乗っていたアルファが風で顔を歪ませながら今度は言う。


『恵みの露置く 主は来ませり 主は来ませり 主は、主は来ませり』


「私も恨みがありましてね。ヴォイドリア、あの男をやってしまいなさい!」


 アルファは乗っているドラゴンにそういった。

ヴォイドリアとはあの集団のことであり、同時に彼らの最終兵器の名でもあったのだ。

ヴォイドリアこと赤目のドラゴンは、口を開いて魔力を込め始めた。


「これで終わりです! 発射!」


「なんの! 絶対に防いでみせる!」


 赤目のドラゴンは、口で貯めに貯めた攻撃を放った。

それの放った攻撃は真っ黒の柱となり、俺の方に向かってくる。

俺も手を突き出し、突き出した先に光の玉を生成して発射した。


『平和の君たる 御子を迎え』


 空中で放たれた白い光と黒い光がぶつかり合う。

それぞれの力は拮抗しており、お互い押したり押されたりと言った状態が続いた。

だが俺が踏ん張ってもうひと押しすると、徐々に俺の白い光の力のほうが上回ってきた。


「後ひと押し……これでどうだっ!」


 俺は思いっきり力を振り絞る。

白い光は黒い光を圧倒し、赤目のドラゴンは雄叫びを上げながら白い光に飲まれていく。

光に悲鳴を上げるドラゴンであったが、その体は頭から徐々に崩壊し最終的にはチリ1つ残さなかった。


『救いの主とぞ 褒め称えよ 褒め称えよ 褒め、褒め称えよ!』


「おのれ貴様っ! 俺は絶対に認めんぞー!」


 ジャックの体もまた光によって崩壊してゆく。

彼の雄叫びはドラゴンの崩れ行く音に紛れて届くことはなかった。

アルファはじっと黙って座り、自分の運命を受け入れていた。


「またいつか……会える機会があれば今度こそ復讐させてもらいますよ、ルフレイさん」


 アルファはそう言ってニヤッと笑った。

その直後彼の体も光りに包まれ、体が崩壊していった。

こうして武装蜂起はあっけなく鎮圧されたのであった。





 ヴォイドリア討伐が終わり、イレーネ島に帰還した俺はすぐに着替えてプレゼントを配り歩いた。

本来は輸送機でばらまきたかったのだが、こんな時間になったのでもう誰も起きておらず、仕方なく玄関先に置くことにした。

全兵を動員して何とか朝までには間に合わせることができるように走り回っていた。


 もちろん俺もその例外ではなく、サンタの格好をして各家の玄関先にプレゼントを置いていった。

道中置くときには細心の注意を払って物音を立てないようにした。

メリークリスマス、良き日となりますように。


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