イーデ獣王国北方に存在する小さな町。
そこにある1つの小さなバーで、グラスに入れたブランデーをちびちびと傾ける男がいた。
彼がまたブランデーに口をつけようとすると、横からしゅっとグラスがやってきた。
「あちらのお客様からです」
男はマスターに言われ、カウンターの横を見る。
すると先程までは誰もいなかったはずのカウンターにローブを羽織った男が座っていた。
彼は男に手を振り、男は彼に会釈で返す。
そろそろブランデーにも飽きてきたな、と思った男はそのグラスに口をつけてみることにした。
彼はグラスに入った液体を一口飲んでみる。
それを飲んだ途端、男は吹き出した。
「なんだこれ、水じゃないか!」
男は叫びグラスをカウンターに叩きつけた。
グラスの中の液体、水だが、が揺れてカウンターに少しこぼれた。
水を送りつけた本人は笑っていう。
「酔いは醒めましたかな?」
「あぁ、おかげさまでな」
「良かったです。随分と飲まれていたようで」
ローブ男は男の横においてある酒瓶を指さして言った。
そこには開けられた酒瓶が数本転がっていた。
飲みすぎたか……と思った男は少し立ち上がる。
「すまんマスター、水をもう一杯」
「畏まりました」
マスターはグラスに水を注ぎ、男に渡す。
男はその水を一気飲みし、グラスをカウンターに置く。
椅子にそのまま座った彼にローブの男は話しかけた。
「そう言えばあなた、S級冒険者のジャックという人に似ている気がするのですが……気のせいでしょうか?」
「……」
「おや、その反応は正解と見て良いのですかな? ですが本物のジャックは周りに女――」
そこまでローブを着た男が言ったところで、男は椅子を蹴り上げた。
椅子は中を舞い、床に間抜けな音を立てて転げ落ちる。
男は顔を真っ赤にさせて言った。
「そうさ、俺はS級冒険者のジャックだ、だが今は女はいない。それがどうした!」
「今はいない? もう一生いないの間違いではないのですか?」
ローブの男はジャックの股を指していった。
ジャックはこの男が自分のムスコがないということを知っていることに激昂した。
ジャックは男に向かって壁に立てかけてあった杖を向け、周りに魔法陣を出しながら言う。
「お前……殺されたいのか!」
その時、マスターがカウンターにドンと伝票を乗せたトレーを置いた。
ジャックはその伝票を見て我に返った。
マスターはジャックとローブの男に言う。
「お二方ともかなり酔っていらっしゃるようで。本日はここまでにしておいたほうがよろしいかと」
マスターの言う事を聞き、ジャックは渋々ポケットから財布を出し、代金を乗せた。
ローブの男も自分の飲んでいた酒の分の金額を払い、二人は一緒にバーを出る。
バーを出て夜風を浴びたジャックは、思い出したように叫んだ。
「こうなったのも、俺の自慢のムスコが無くなったも、全部あの男……ルフレイとかいう男のせいだ! 畜生!」
ジャックは手に持っていた杖を地面に投げつけて言う。
そんな杖をローブの男はしゃがんで拾った。
ジャックにその杖を手渡し、ローブの男は言う。
「実はあなたに接触したのはですね……私もその男に恨みがあるからですよ」
「恨み? あんたもムスコでも切られたのか?」
「いや、切られてはいませんが……これを見てください」
ローブの男は頭にかかったフードを取り、その顔をあらわにした。
フードの下にあった素顔は、右半分がただれていた。
ジャックはぎょっとしてその顔を見る。
「お前……その顔。ルフレイにやられたのか?」
「いえ、本人にやられたわけではなく実際は彼によって扇動された民衆にやられたのですが……」
「……あんたなにもんだ?」
「亡国の諜報員ですよ。その時の呼び名でアルファとでもお呼びください」
ローブを被った男は、ゼーブリック王国保安隊のアルファであった。
彼はジョージを殺害した後、民衆の革命に巻き込まれて顔の半分を熱した鉄で焼かれた。
その後彼は各国で潜伏を繰り返しつつ、諜報活動を行っていたのだ。
ちょうどイーデ獣王国に潜伏していたときに、アルファはルフレイが獣王国に滞在していたということを知った。
そのまま情報を集めていくうち、彼はムスコを切られたというジャックの存在を知った。
そして同じく恨みを持っているだろうということで接触してみることにしたのであった。
「どうでしょう、私と一緒に復讐しませんか?」
「復讐? すると言ったって一体何ができるんだ?」
「お任せください。私は昔旧ヴェルデンブラント第二王国に秘密兵器の訓練場の視察に行ったことがありまして。その後戦争に負けたヴェルデンブラントのその場所を再度訪れてみたところ、放棄された秘密兵器たちが多数残っていましてね」
「それを使って戦争でもおっぱじめると?」
アルファはその言葉に頷く。
ジャックはしばらくどうするか考え込んだ。
そして遂に彼は結論を出す。
「分かった、その提案に乗ろう。共に復讐を」
「えぇ、共に復讐を」
彼らはお互いの手をしっかりと握った。
◇
それから数週間後、秘匿兵器であるドラゴンや対空砲を不法に入手した彼らは人の立ち入らない山に要塞の建設を始めた。
ジャックのスキルで召喚したゴーレムを使って土地をならし、壁を作り、ドラゴン用の滑走路を整備していく。
兵器もまんべんなく配置し、要塞として機能する形までは持っていった。
「おーいジャックさん、連れてきましたよ―」
アルファが作業するジャックに向けて手を振る。
彼の後ろには何やら大きな貨車を付けた馬車が数台付いてきていた。
ジャックはやってくるアルファに向けて手を降る。
「おいおいまじかよ、本当に連れてきたのか!」
ジャックは興奮気味に言い、貨車の扉を開ける。
するとそこにはぎゅうぎゅうに詰められた男たちが大量にいた。
ジャックは彼らを一人ひとり降ろし、整列させる。
「本当に買ってきたのか、奴隷」
「えぇ。諜報員時代に習った技術を活用してルクスタントの商人として購入してきました。ルクスタント王国では戦争によって生きていけなくなった男たちが大量に売られていましてね、その中でも力の有りそうな物を選んできましたよ」
ジャックは降ろされた男たちをじっくりと吟味する。
全員見終わった後、彼は言った。
「よし、貴様らはこれよりこの独立国家ヴォイドリアの戦闘員となるのだ。貴様らはこの国で世界を開放するのだ! そして憎きイレーネを討伐するのだ!」
その言葉に奴隷たちは何も言わなかった。
奴隷たちは長旅によって飯を食べていなかったため、言葉を発する気力もなかった。
それに気がついたジャックは言う。
「我が国にはいくらでも食料がある! さぁ、まずは建国の宴と行こうではないか!」
ジャックはそう言い、奴隷たちを連れて要塞の中へと入っていった。