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第182話 レンドリース法

 エリーの荷物を教皇艦『アウグス=リヒトナー号』が島に搬入するためにイレーネ湾に入港していた時。

時を同じくしてルクスタント王国の翼竜母艦『ドレイク』がイレーネ湾に入港してきた。

ドレイクの船首に足をかけて立っているのは、ルクスタント女王のグレースだ。


「久しぶりにルフレイに会えるわね。何だかドキドキしてきたわ」


 グレースは喜びのあまり甲板上でクルクルとダンスを踊る。

すると後ろから軍務卿がひょこっと顔を出した。

グレースはダンスを見られた恥ずかしさに顔を赤くする。


「……見たわね?」


「陛下がルフレイ様を考えて踊っているなどいつものことではないですか」


「うっ、うるさいわよ///」


 グレースは顔をぷいっと背ける。

そんな彼女を軍務卿は微笑ましく見ていた。

ドレイクは自力でイレーネ湾の桟橋に接舷し、桟橋からはラッタルがドレイクに取り付けられた。


「やっぱりこの島は良いわね。中心には大きな街があるし、ちょっと行けば山に海がある。私も大陸の国ではなく島国の女王になりたかったわ」


 グレースはそう言ってイレーネ島を羨む。

そうしている彼女の隣に、船に積載されて持ってきていたパールホワイトのメルセデス770が置かれた。

彼女は車のドアを開けて、自ら運転席に乗り込んだ。


「おーい、行くわよ。さっさと乗りなさーい」


 グレースは軍務卿に向かって叫ぶ。

軍務卿は駆け足でやってきて、770の助手席に乗った。

助手席に乗り込んだことを確認したグレースは、アクセルを踏み込んで車を走らせる。


「私はどこにルフレイがいるか分かるわ! あっちよ!」


 グレースは鎮守府庁舎のある小高い丘を指さした。

そういうグレースに軍務卿は聞く。


「その理由は?」


「愛している人がどこにいるのか、そんなものは簡単にわかるわ!」


「は、はぁ……そうですか」


 そんなこんなで泊地の中を770は鎮守府庁舎目指して進んでいく。

しばらく走っていると、770は庁舎前にたどり着いた。

そこでグレースは車を降り、湾を眺めた。


「あれが我が国の翼竜母艦ドレイク……近くで見ると大きい気がしていたけど、こうしてみると案外そうでもないわね」


「仕方がないですよ、スケールが違います。でもそれも今日まででしょう?」


 軍務卿はグレースに語りかける。

グレースはその言葉に頷いた。

そんな2人の後ろの庁舎の扉が開き、中からロバートたち近衛隊が出てくる。


「これはグレース陛下とオイラー=ライヒハルト軍務卿様。ルフレイ様はあちらでお待ちですよ」


 出てきたロバートはそう言い、湾の対岸を指さした。

グレースは自分たちが反対側に来ていた事を知り、顔を再び真っ赤にした。

軍務卿はそんなグレースを見て笑った。


「こら、コンラート! 笑うんじゃない!」


「す、すみません陛下。愛する人は簡単に……フフッ」


「あーっ! 全部忘れてー!」


 グレースの叫び声が湾中にこだまする。

彼女たちは結局ロバートに送られ、無事に俺の待っている工廠までたどり着いた。





「久しぶりねルフレイ、会いたかったわ」


 グレースが俺に向かって手を降る。

俺も彼女に手を振り返してそれに応えた。

彼女は俺の隣に立って言う。


「艦の供与を決めてくれてどうもありがとう。これでウチの海軍はより強力な戦力を得ることになるわ」


 グレースはそう言って喜ぶ。

そんな彼女に俺は手に持っていた紙の束を彼女に渡した。

彼女はそれを受け取り、目を通す。


「何かしらこれは?」


「まぁ供与に関する契約書……ってところだけど、取り敢えずは先に艦を見に行こう」


 俺はグレースの前を先行して歩く。

彼女は書類の束を軍務卿に手渡し、俺に付いてきた。

軍務卿は受け取った書類を眺めながら俺たちの後を追いかけてきた。


「ねぇルフレイ、もしかしてこの艦?」


 グレースはドックに入っている艦を指さして言う。

それは改装工事のため入渠していた信濃であった。

流石に信濃を供与するのは厳しいな……


「違う、それはただ単に改装しているうちの空母だよ。ルクスタントに供与する艦はもう少し先だ」


「あらそうなのね、早とちりしてごめんなさい」


 そんな事がありながらも俺たちは歩き、一番湾の口に近いドックに入渠している艦のもとにたどり着いた。

そこに入渠しているのは建造したものの使い所のなかった艦、魔石タービン搭載の巡洋艦だ。

魔石タービンは航空機としては失敗だが、艦船の機関としては優秀という結果が出ていた。


「これがウチに供与される艦……なかなかの大きさね」


「基準排水量は12000t、全長205mで全幅20m、20.3cm連装砲を5基装備した大型の巡洋艦だ。速力も32ノット、時速に直して約60kmだ」


「今の海軍の艦とは比較にならないぐらいの高性能艦ね。本当に良いの?」


「良いさ、同盟国だしね。だがその前にその書類を呼んでほしい」


「これね、分かったわ」


 グレースは軍務卿に預けていた書類をもらい、目を通す。

その書類の表紙には、「レンドリース法に関する契約」と書かれていた。

グレースと軍務卿はふたりしてその書類に目を通す。


「なるほど……軍艦の代金は10年分割払いで大金貨80枚……だがもしも非常時に軍事基地を無償で提供するのであれば10年で40枚に値引き。この代金には乗員の育成費用や予備の部品代も含まれている、ね」


「嫌であれば別の案を提案するのもありだが……」


「私はこれでいいと思うわよ? あなたは?」


「私もこれでいいかと。あの高性能軍艦1隻あたりに大金貨80枚でも良いかと思うのに、基地を提供するとその半額になり、さらに乗員の育成までやってくれる。これほど素晴らしい契約があるでしょうか?」


「喜んでくれたようで良かったよ。他の艦を注文するのであれば更に安く供与できると思うぞ?」


「本当ですか! なら他にも注文してみても良いかも……」


 グレースも軍務卿も喜んでくれたようであった。

その後俺たちは鎮守府庁舎に戻り、書類にお互いサインをした。

こうして新型艦をルクスタント王国は手に入れたのであった。





「ふむ……ドラゴンたちが皆やられてしまったようですね」


 夜中の山の中。

長いローブを着た男が隣りにいる男に向かって話しかける。

隣りに座っている男は鬱陶しそうに答えた。


「あーあ、せっかくあれだけ送り込んだのにな。こんなに簡単にやられるとは」


 もう一人のローブを着た男がそう返す。

そして彼らは後ろを振り返った。


「まぁ我々にはまだこれがある」


「そうですね。この子がいればきっと……」


「そうだ、この子さえいればきっと勝利を勝ち取ることができる」


 そういう彼らの後ろで、赤い瞳が怪しく光った。


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