「で、今エルシェリアはイズンの声が聞こえなくなっているんだっけ?」
「えぇ、その通りです。本来【聖女】スキルには2つの効果があるのですが……今私は片方扱えなかったとことにさらにもう片方の効果も使えなくなって……もう聖女失格ですよ」
そう言ってエルシェリアは肩を落とす。
さてイズンよ、こうなってしまっている彼女をどうするんだ?
俺は脳内で呼びかけると、返答が返ってきた。
『ルフレイ、いい案を思いついたわ』
『本当か? 聞かせてくれるかい?』
『この子をイレーネ島につれていきましょう。島には私の神殿があるわ。そこで祈りを捧げているときに私がパーっと降臨してきて、めでたく解決ってわけ』
お、なかなかいい案じゃないか。
ではそのイズンの案を採用してエルシェリアをイレーネ島に招待しよう。
招待する口実は……そうだな……
「なぁエルシェリア、イレーネ島に来てみないか」
「使徒様の島にですか? あと私はエリーと呼んでください」
「エリー、うちの島にはイズンが与えてくれた神殿がある。そこで祈りを捧げればもしかしたらイズンから返答が返ってくるかもしれないぞ」
「え、そんな神殿があるんですか!? ぜひ行ってみたいです!」
よし、うまいこと釣れたぞ。
やはりイズンの名前を出せば大概のことは解決するな。
すると、部屋を片付けていたヨーゼフも横から口を挟んできた。
「ルフレイ様、そんな神殿があるのであれば私もぜひ言ってみたいのですが……」
「もちろん良いさ。せっかく今は我が国の船が来ていますし、送るよ?」
「良いのですか!? ありがとうございます!」
こうしてヨゼフとエリーはイレーネ島を訪問することになった。
◇
女神の湾に停泊していた信濃は湾を出港、一路イレーネ島を目指した。
道中クラーケンを気にして東海が哨戒を行っていたが、遭遇することはなかった。
入港前に艦載機は全て陸上の基地に降ろされ、信濃は艦載機を搭載していない状態でイレーネ島南端にある民間用の港に入港した。
「はー、ここがイレーネ島……使徒のお膝元の国ですか」
「そうだ、なかなかに良い国だと自負しているぞ? さぁ、まずは電車に乗って島の中心部に向かうとしようか」
俺たちはしばらく歩き、駅のホームへとたどり着いた。
ヨーゼフとエリーはそこに停車していた初めて見る電車に驚愕していた。
前にも似たような反応を見たな、と思いつつ俺たちは電車に乗り込んだ。
電車はゆっくりと駅を発車し、島の中心の駅へと向かう。
駅から出てすぐに、俺たちを送ってきた信濃の姿が見えた。
信濃は本来の任務である対空噴進弾の輸送のためにこれからイレーネ湾に入港し、ついでに改装を受けることになる。
改造というのも、信濃には建造時に装甲部にコンクリートを流し込むという手法が取られた。
だが何だか不安なのでそのコンクリート装甲をはがし、鋼鉄の装甲に変更する工事をすることになった。
ついでに甲板の大幅な改良、格納庫面積の増大、機関部の変更などの大掛かりな改装を受けることになっている。
これは烈風天山うんぬんではなく、旧軍空母をどうして活用しようかと考えた結果改装しようという結論に達したからだ。
まず第一弾として信濃の改装を行い、その後大鳳の改装を行う。
赤城の改装は現在どうするか検討段階で、一つの案として巡洋戦艦としての本来の赤城の姿に変えるという計画もあるが、結局のところどうなるかはまだわからない。
少し話がそれた、ヨーゼフたちに話を戻そう。
彼らは電車に乗っている間中しきりに緊張していて、非常に落ち着きがなかった。
まぁ初めて電車に乗るんだからそうなるわな。
電車はイレーネ湾を見下ろす丘の上を通過した後、島のターミナル駅に到着し俺たちは電車を降りた。
ヨーゼフたちはまずその内装の美しさに驚愕するが、まだこんなものは序の口だ。
俺たちは駅舎を出て、その先に待っていたメルセデス770に乗り込む。
「こ、これは何でしょうか?」
「車だよ。簡単に言えば馬なし馬車だな」
ヨーゼフは馬なし馬車という言葉に驚きつつ、770に乗り込む。
彼がシートに腰を下ろした瞬間、そのあまりの柔らかさに本日何度目かわからない驚きを見せた。
エリーもヨーゼフの横に座り、シートベルトを付けたことを確認した後に車は走り始めた。
道中で俺たちは居残っているフォアフェルシュタットの住民とすれ違った。
俺とヨーゼフは彼らに手を振り返す。
住民もヨーゼフを知っているようで、何だかありがたそうに拝んでいた。
そうこう走っていると、急にヨーゼフが車を止めるよう運転手に言った。
それを聞いた前を走っていた俺の770もブレーキを掛けて止まる。
なぜここで? と思ったが、横を見るとそこにはノートルダム大聖堂を模した大聖堂があった。
「こ、ここがイズン様の与えられた神殿……」
「いや、違うよ? それはただの大聖堂さ」
「えっ? そ、そうでしたか……私はてっきりこれがそうかと……」
ヨーゼフは恥ずかしさのあまり頭をかく。
俺とイズンはそんなヨーゼフを笑ってみていた。
にしてもせっかく止まったんだ、中を見ていくことにしようか。
「どうだ、せっかくだから大聖堂の中、見ていくかい?」
「良いんですか? ではぜひ入らせていただきましょう」
770からはイズンとエリ―も降りてきて、全員で大聖堂を見学することになった。
俺は大聖堂の扉を開け、中に入る。
すると、安置されているイズンの像の前で手を握って祈りをささげている人がいた。
「ん、ミラじゃないか。ここでどうしたんだい?」
「あ、ルフレイ。帰って来ていたのね」
祈っていたのはミラであった。
彼女は祈りの姿勢を解き、こちらに全力でダッシュしてくる。
素早く俺の背中見回りこんだ彼女は、するすると背中をよじ登って定位置に着いた。
「うん? この人たちは?」
「私は教皇をしているものでヨーゼフ、ヨーゼフ3世というものである。こっちは聖女のエルシェリア=テオドールじゃ。お嬢ちゃんの名前は?」
「ミラ。ミラ=シルヴェストリスよ」
「シルヴェストリス……まさか神官家のあのシルヴェストリス家の子か!?」
そうよ、とミラはそっけなく言い俺に顔をこすりつけてくる。
俺はミラの頭をなでてやると、嬉しそうに喉を鳴らした。
その間何かを考えていたヨーゼフは、ミラに質問する。
「シルヴェストリス家はイーデ獣王国の神官家のはずだが……なぜここに?」
「まぁ少し家族喧嘩をして出てきたってところかしら」
ミラはそう言って髪の毛を指でくるくると巻く。
その時、ようやく彼女の毛の色に気が付いたヨーゼフは、なんだか申し訳なさそうな顔をしていた。
だがすぐに表情を戻して言う。
「それで、今は使徒のルフレイ様に拾われたと?」
「その通りよ。まぁおかげでこんなにもいいご主人様に出会えたんだから、家族にも感謝しているわ」
「そうか……獣王国はいまだに毛色による差別が残っている国だ。神官家にはそんなことはないとてっきり思い込んでいたが……残念だ」
ヨーゼフは肩を落として言う。
するとその時、ヨーゼフの頭にとっておきの考えが舞い降りた。
彼はその素晴らしい考えをミラに提案する。
「ミラ、いやミラ=シルヴェストリス。君さえよければこの国の神官にならないか?」
「え、私が?」
「そうだ。この国にはまだ神官がいないので君が今なれば万事解決する。それに使徒様からも信頼が厚いと見た。だからどうかと思ってね」
「私が……神官……」
ミラはじっと考える。
しばらく考えた彼女は、ついに答えを見つけたようだ。
彼女はヨーゼフの方を向き直り、答える。
「分かったわ。私がこの国、イレーネ帝国の神官となりましょう」
「ありがとう。では神官任命の儀式を」
ミラは俺の肩から降り、ヨーゼフの前に行く。
そこでミラは頭を下げ、ヨーゼフはミラの頭に右手を添えた。
そして彼は優しい声で言う。
「汝、ミラをイレーネ帝国の神官に任じ、名を与えよう。名は……」
せっかくいいとこなのにヨーゼフは名前が思いつかづ、しばらく考えた。
これにはその場にいる全員から笑いが起こる。
照れながらも考えていた彼は、ついに名前を思いついたようだ。
「名は、ペトラルドールだ」
その名前にミラは一瞬反応する。
ヨーゼフが与えた名前には、彼女の姉の名が入っていたからだ。
偶然か、それとも必然か……なんともいい名をもらったな。
「分かりました。ミラ=ペトラルドール。神官として精一杯神に使えることを誓います」
陽光がステンドグラスでできたバラ窓から差し込み、室内を照らした。