ハインリヒ聖王国、そのすぐ横に広がる大きな湾。
女神の湾と呼ばれているこの湾に、聖王国とは全く縁のないはずの軍艦たちが停泊していた。
その中で、空母信濃の横には教皇艦『アウグス=リヒトナー号』が接舷している。
俺はその横付けされた純白の帆船に乗り移り、聖王国へと上陸することになった。
この艦の乗組員は皆が純白の服に金細工のあしらわれた立派な服を着ている。
俺ももちろん飛行服から純白の海軍服へと着替え、勲章も付けてきた。
教皇艦は岸辺にある桟橋に接舷し、俺は教皇艦を降りた。
降りるとそこにはまたもや豪華な鎧に身をまとった護衛の兵がずらりと並んでいた。
彼らの持つ武器1つ1つに細かな装飾が施されており、その姿は神話に出てくる戦士と比べても負けないほどの荘厳さであった。
その兵士の間を抜け、俺は国の中心にある大聖堂へと向かう。
イズンは自分を祀っている神殿に自分で行くのが何だが面白いらしく、少し笑っている。
しばらく歩いていると、大聖堂の前へと到着した。
「ほー、これがイズン教の総本山かー」
俺は大聖堂に通じる広い道を歩き進める。
道に横横では花が咲き、小鳥がさえずっている。
俺はそんな道を抜け、遂に大聖堂の扉までやってきた。
「ルフレイ様、ようこそいらっしゃいました。ささ、どうぞお入りくださいな」
扉の両脇に立つドアマンがそう言い、厳かに扉を開ける。
重厚な扉は音を立てて開き、部屋の中からは光が漏れ出してきた。
完全に扉が開いたことを確認した後、俺は大聖堂内に足を踏み入れた。
「お久し振りですなルフレイ様、いや、神の使徒様」
扉の開いた先では、優しそうな老人が大きな儀式用の杖を持って立っていた。
彼こそがイズン教の信者の頂点、教皇のヨーゼフ13世だ。
俺も彼の柔和な笑みに思わず笑顔がほころびでた。
「会うのは2回目? だね、教皇殿」
「2回目、あの戴冠式以来ですのでそうなりますな。それにしてもその格好ではちと寒いでしょう、大丈夫ですかな?」
そう、今俺は夏服である白い海軍服を着ているのだが、残念ながら今は冬、外は超寒いのだ。
それにハイリッヒ聖王国は緯度が高い。
緯度の低いイレーネ島と比べるとかなり寒いのだ。
だがそろそろ寒くなることを心配してかオリビアが温かい肌着を最近用意してくれたので幾分マシだ。
だがヒー◯テ◯クみたいなもっと温かい下着がほしいな。
今度トマスにでも頼んでみよう……
「いかがでしょう? この大聖堂は」
「素晴らしい出来だね。まるで天国を想起させられる豪華な装飾だ」
「そうでしょう? この建物はイズン教を象徴する建物として我々の先祖が必死に築き上げたのですぞ」
ヨーゼフは歩るきながら聖堂内の説明をする。
実はイレーネ島にも神殿以外に聖堂があるのだが、正直美しさでは劣っている気がする。
まぁ俺が好きなノートルダム大聖堂をモチーフにしているのであちらのほうが俺好みではあるのだが。
「この扉の先にイズン様の像があります。この大聖堂の一番の目玉でもあるのですよ」
ヨーゼフはそう言って扉を開ける。
すると高い天井の大きな礼拝堂に通じていた。
その最奥中央には、巨大なイズンの像が安置されている。
「どうでしょう、これが我が聖堂の誇る大女神像です。ですが……」
「ですが?」
「この前にイズン様をこの目で拝見させていただきましたので、なんだかこの像は霞んで見えます。とにかく頭を下げることだけを考えていたのでチラッとしか見えていませんが、何とも美しいお姿でしたな」
ヨーゼフは嬉しそうに微笑んだ。
そして俺の後ろで褒められたイズンも微笑んでいた。
俺は前の女神像へと向き直る。
「これが大聖堂の誇る大女神像かー、大きいがどれぐらいなんだい?」
「えぇと、こちらの像は約18m、横幅は羽を入れて約15mになりますな」
18mの像か、大体奈良の大仏と同じぐらいの大きさだな。
にしてもこんなにも精密で巨大な像を作り上げたよ。
これもイズン教徒の信仰心の厚さの賜物なのだろうか。
「せっかくですし、お祈りしていかれてはいかがでしょうか? 使徒とは言えどイズン様には早々会えないでしょうし、なにか話を聞いてくれるかもしれませんぞ?」
イズン本人は後ろにいるんだがな……
まぁそういう野暮なことは言わないでおこう。
俺は膝をつき、祈りの姿勢を取る。
「ゆっくりと息を吐いて……あなたの願いを思い描いて……」
ヨーゼフが俺の後ろでそう囁く。
しばらくそうした後、俺はすっと立ち上がった。
さて、(形式的だが)祈りも終わったし、これからはどうしようか。
「……ルフレイ様」
「何です?」
「1つお願いしたいことがあるのですが……」
ヨーゼフは少し深刻そうな顔で俺に相談してくる。
俺は相談に乗ろうと礼拝堂の長椅子に腰掛けた。
ヨーゼフも俺の隣に座り、彼は話しだした。
「実は1人、お会いしていただきたい人がいるのです。これはルフレイ様が使徒であることを見越してのことなのですが……あ、別に利用しようとか、そんな気持ちはありませんぞ」
「分かっているよ、で、会って欲しい人って誰?」
「はい、会って欲しい人の名はエルシェリア=テオドール、私たちはエリーとよんでいますが……彼女はいわゆる聖女と呼ばれる立場の人間でして……まず聖女とは何たるか、ご存知ですか」
「いいや、全く」
俺がそう返事すると、ヨーゼフは説明をしてくれた。
まずイズン教には全教徒の頂点に立つ教皇がいて、その下に各国の教会の長として神官が配属され、その下に司教、僧侶、一般教徒という制度になっている。
その中で聖女とは特殊な立場にあり、地位はないが扱い場は教皇に準じるぐらい偉い人らしい。
そして歴代聖女に選ばれてきた女性は皆分かりやすく【聖女】というスキルをもているらしい。
これを使ってイズンの声を聞くとか何とかだが、今は声が聞こえなくなってしまい塞ぎ込んでいるらしい。
十中八九今この場にイズンがいるせいだと思うが……
「とにかく神の使徒のあなたであれば彼女が再び声を聞けるようになるのではと思いまして」
「なるほど、では取り敢えず会ってみようか。彼女のいる場所まで連れて行ってくれるかい?」
「もちろんです。では私のあとに付いてきてください」
ヨーゼフは立ち上がり、俺たちをエルシェリアのもとに連れて行くために歩き始めた。
俺たちもその後に続いて廊下を歩く。
そしてその途中、俺はイズンと脳内で会話していた。
『おいイズン、お前聖女に天啓を下すのを忘れていたんじゃないか?』
『……ごめんなさい。てへっ』
『「てへっ」じゃねぇよ。どうするか考えてもらうからな』
『は〜い……』
そうこうしている間に、俺たちは聖女のいる部屋の前についた。
ヨーゼフは扉をコンコンと叩き、中に入る許可を求める。
中からはか細い返事が返ってき、ヨーゼフは扉を開けた。
「教皇さん、お久しぶりです……」
「うむ、元気にしていたか……って、なんじゃこりゃ! なんでこんなに部屋が散らかっておるんじゃ! まったく、自分は聖女ということを少しは自覚してほしいものじゃ……」
小言を言いながらヨーゼフは部屋の片付けを始める。
聖女エルシェリアはそれをよそ目にベッドに潜り込んだ。
だが完全に潜り込もうとした時、彼女は俺たちと目があった。
「! ちょ、ちょっと教皇さん! この人たち誰ですか!?」
「あぁ、その御方は神の使徒のルフレイ=フォン=チェスターさんじゃ。ちゃんと挨拶するように」
「し、使徒ですって!? あひゃー」
エルシェリアはベッドから転げ落ち、背中を床に打つ。
いててと背中を擦りながら彼女は起き上がった。
起き上がった彼女はきちんと座り直し、俺に頭を下げて言う。
「初めまして神の使徒さま。私はエルシェリア=テオドール、25歳独身の聖女です。エリーとでもお呼びくださいませ」
エルシェリアは頭を下げたままそう言う。
いや、別に25歳独身の情報はいらないと思うが……
頭を下げられてどうしようか思案していた俺を気遣って、ヨーゼフが頭を上げるよう言ってくれた。
「確か使徒様はイレーネ島という島から来ているのですよね? 遠いところからご苦労さまです」
再びエルシェリアは頭を下げる。
別に構わないから顔を上げてくれ、というと彼女は顔を上げた。
さて、そろそろイズンはどうするか答えが出たかな?