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第171話 モンキーモデル

「エーリヒじゃないか! 久しぶりだなぁ」


「ルフレイ! 久しぶりだねぇ。学園卒業以来かな?」


 扉を開けると、煤にまみれのエーリヒの姿があった。

彼は手に持っていたレンチを机の上に置き、俺の近くに立ってくる。

彼は相変わらず優しそうな顔をしていた。


『ルフレイ』


『なんだい? 久しぶりにあっていま良い感じなのに』


『この人にもロキの残滓は感じられないわ。安心して頂戴』


『分かった、ありがとう』


 俺とイズンは短い念話を終え、俺は室内を見回す。

室内には多くの工業機械が存在し、それぞれがゴウンゴウンと動いていた。

機械はすべて炎を使っているため、室内は熱くて仕方がなかった。


「なんじゃおぬしら知り合いか。ならばエーリヒ、ルフレイ殿に魔石油の説明をしてやるのじゃ」


「りょうか〜い、じゃあこっちに来てねぇ〜」


 エーリヒは置いたレンチを手に取り、奥へと進んでいく。

俺もそれに続いて奥へと進んでいった。

そして彼は大きな機械の前で立ち止まる。


「これが魔石油の反応炉だよぉ。この中で魔石を溶解させて成分だけを段々と油に溶かしていくんだぁ。そうすると油が段々と黒くなってきて、最終的には魔石油ができるってわけぇ」


 そう言いながらエーリヒは黒い液体の入った瓶を持ってくる。

そこにはドロドロとした、石油によく似た液体が入っていた。

俺はその瓶を傾けて中の魔石油を光に透かして見る。


「で、その魔石油を使ったものがこれだねぇ」


 エーリヒは奥から1つのランプを持ってきた。

仕組みは石油ランプと同じかな? 

エーリヒは蓋を開け、中に火魔法で着火させ、そして再び蓋を閉じた。


「どう、温かい光でしょぉ?」


「あぁ、温もりのある良い光だ」


 俺はチロチロと揺れる炎を眺める。

にしてもどうやってこの装置を開発したのだろうか。

魔石を油に溶かし入れる、思いつきそうで思いつかないことだからな。


「なぁ、この装置ってエーリヒが作ったのかい?」


「いいや、違うよぉ」


「じゃあ誰が?」


「誰かはわからないなぁ。だってこれ、遺跡の出土品だもん」


 遺跡の出土品……古代都市のものか。

ロボや兵器を作り上げることができるだけの技術があるんだ、出てきても不思議ではない。

にしてもこの技術、気になるな。


「なぁエーリヒ、この技術の輸出って可能か?」


「……ごめんねぇ。うちの国の決まりで、出土品の国外輸出は禁止されているんだぁ」


 そうか、それならば仕方がないな。

……とは思ったが、ヴェルデンブラントが使っていたあの兵器はこの国から輸出されたものではないのだろうか。

そんな事を考えていると、エーリヒが言った。


「……でもルフレイは僕達に蒸気タービンという新しい技術をもたらしてくれた。だからその恩には報いる必要があるねぇ」


「! ということは……」


「とは言っても流石にただでとはいかないけれどもねぇ。譲るとするとなにかの技術と交換、かなぁ。具体的には……」


 技術と技術の交換か。

現状我が国が使っている技術の殆どは輸出できないような代物だ。

さて、何を要求してくるか……


「そうだねぇ、あの空を飛ぶ機械の技術とだったら交換してもいいよぉ」


「飛行機の技術……だと……」


 いや、流石にそれは困る。

エンジンの技術が流出してしまうと空の絶対的な優位が失われてしまう。

確か昔とあるブリティッシュな国がマルクスな国とビリヤードで勝負した結果ブリティッシュな国が負けて高性能なジェットエンジンの技術を盗られたという話があったな。


 だがこの魔石油も捨てがたい代物だ。

何かあってもなくてもどうでもいいような飛行機技術はないだろうか。

石油で動く機体はもしかすると魔石油でも動くからダメだから……


「そうだ、ちょうどいい機体があった」


「いい機体? 輸出してくれるのぉ?」


「まだ現段階ではどうするか分からないが……前向きに検討しよう」


 俺が輸出できると判断した機体は、工廠の連中が開発した試製迅雷だ。

あの機体は結局その後も開発が続けられたが、お蔵入りとなっている。

というのも、あの後さらに問題が見つかったからだ。


 例えば動力となる魔石の交換。

魔石はエンジン内部に固定して装着するため、使い切ると取り出して交換しなければいけない。

そのたびにエンジンをバラすのでとても非効率だ。


 これもまた魔石の問題なのだが、魔石は魔力を消費するに従って小さくなっていく。

そのため最初と最後でエンジン部の重量変化が大きく、重心が乱れて機体の制御が難しいという問題があった。

そして魔力が切れると外から補給する方法はなく、地面に落下するしかない。


 そんな理由でもはや倉庫番をしている試製迅雷であれば輸出しても問題ないだろうと踏んだのだ。

だがそのままでは普通に性能が良いため、問題があろうと脅威になるだろう。

そういう時は輸出時にわざと性能を落としたデチューンモデル……いわばモンキーモデルを輸出すれば良い。


「じゃあ輸出するのであれば設計図と実機を輸出してほしいなぁ。そうすればこちらもこの反応炉の実機と説明書、後いくらかのオマケもつけるよぉ」


「おまけ?」


「うん、例えば改良型魔石式タービンとかかなぁ……何なら軍艦でもいいよぉ?」


 おいおい、ちょっと豪華すぎないか?

確かに友達だが、そこまで技術をバカスカ他国に出しても良いのだろうか。

まぁうちも失敗作とは言え航空機のエンジンを輸出するんだから人のことは言えないか。


「まぁそれはまた後々」


「そうだねぇ。せっかく来たんだから魔王国を楽しんでいってねぇ」


 俺は他にもいくつか説明を受けた後、魔石油の反応炉のある地下室を出た。

なんだか全員の顔が黒く煤で汚れている気がする。

にしても今日は白い海軍服ではなく紺の海軍服を来てきて正解だったな。


「どうじゃったか?」


「うん、なかなかすごい技術だと思ったよ」


「そうじゃろう? エーリヒは妾たちに魔力量では劣るもののその分頭が切れるからいろんなものを作るからのう……妾はそこまで頭が追いつかんのう」


 ベアトリーチェはそう言って廊下を歩いた。





 その後俺たちはしばらく明日の予定などを話し合った後、用意されていた宿へと移動した。

宿とは言っても宮殿のように豪華で、聞くところによるとミトフェーラ家の別荘らしい。

俺はベッドに腰掛け、通信機を取り出す。


 通信先は工廠にいるトマスだ。

何やらかんやらいろんな兵器を作っていて忙しいので出てくれるかどうか……

そう思っていると、案内すんなりと通信に出てくれた。


『はい、どうしましたか司令?』


「すまんなこんな時間に、今時間大丈夫か?」


『えぇ問題ありません。なにか急なご用事で?』


「あぁ、実はな……」


 その後、俺は試製迅雷の輸出計画について話した。

彼には魔石油について伝えると、試製迅雷の輸出について承諾してくれた。

彼も同じく魔石式のエンジンは欠点が多く、魔石油の製造能力との引き換えに出しても問題はないとの考えだった。


『では明日までになんとかデチューンして、そのまま輸送機に載せてそちらに送りますね』


「輸送機? 航空機を輸送できるだけの輸送機などあったか?」


『何を言っているんですか司令、B-36Jの改造型を使えばいいじゃないですか』


 たしかにそうだったな、自分で作るよう命令したのに自分で忘れていた。

だがあの機体、航空機を運べるほどデカかったか?

まぁ分解してなんとかするんだろうな。


『では最終確認です。デチューン後の性能は2600馬力から980馬力以下まで、最高速は時速772kmから時速430km以下へ、航続距離も従来の半分にし、武装も12.7mm6門から全門削減でよろしいですね?』


「あぁ、しかしデチューンし過ぎか?」


『別に問題ないでしょう。ジェットや戦中戦後レシプロには性能不足でしょうが翼竜相手だとこれでも十分だと思いますよ』


「まぁそれもそうか……じゃあよろしく頼んだよ」


『えぇ、お任せください』


 俺はそこで通信を切った。

エーリヒには悪いが本来の試製迅雷には遠く及ばないものを送らせてもらう。

すまないな、と思いつつ俺は眠りに入った。


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