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第170話 魔王ベアトリーチェ

「ほれ、紅茶じゃ。長旅であったろう、ゆっくり休むと良いぞ」


 この女の子、魔王はなんだか嬉しそうに俺たちに紅茶を出す。

俺は茶菓子に出されたクッキーも一緒に食べながら、紅茶をいただく。

紅茶は香りよく、クッキーはサクサクで美味しい。


「どうじゃ、妾自慢のクッキーは。手作りじゃぞ?」


「凄く美味しいです。ありがとうございます」


「そう固くなるな、敬語はやめて普段通り話せばよかろう。あ、そう言えば自己紹介がまだじゃったな。妾はベアトリーチェ、このミトフェーラ魔王国の魔王じゃ!」


 魔王ことベアトリーチェは胸を張ってそういう。

しばらくその格好のままのベアトリーチェを俺たちは見つめていた。

数秒後、ベアトリーチェが元の姿勢に戻り言う。


「なんじゃ、ノリが悪いのう。拍手の1つでもせんかい……とか言いながら妾が恥ずかしくなってきたじゃろうか」


 ベアトリーチェは顔を真っ赤にしながら言う。

この人はなんで自分から振って自分で恥ずかしくなっているんだ……

オホンと一息つき、彼女は話し始める。


「まぁそんなことは置いておいて、よろしく頼むぞルフレイ殿」


「あぁ、よろしく」


 ベアトリーチェは俺に手を差し出す。

差し出されたその手を俺は握り返した。

すると彼女は「!」と驚いた顔で俺を見た。


「……」


「い、痛かった? ならごめん」


「違う……おぬし……」


 ベアトリーチェは段々と顔を赤くし、息は荒くなる。

急に体調でも悪くなったのであろうか? ならば早く医者に連れて行かないと。

そう思っていると、彼女は俺の軍服の裾を掴んでいった。


「おぬしの魔力量、恐ろしいほど多いな……妾より軽く5桁は多いのではないか……?」


 ベアトリーチェは顔を上気させながらそう言う。

魔族の王だ、俺の魔力量も測れるのであろう。

でも俺自身魔力量のことは全く機にしていなかったが、この手につけている指輪、魔力の回復が早くなるものだったな。


「おぬし、どうじゃ? 妾と結婚せんか?」


「…は?」


 俺は驚いて手に持っていた食べかけのクッキーを膝の上に落とす。

その落としたクッキーはオリビアによりさっと回収され、彼女の口の中でと消えた。

驚いている俺の顔を笑いながらベアトリーチェは言った。


「はったっは! そうだ、説明していなかったな。我々魔族の風習として、女は自分よりも魔力の強い男を選んで結婚するという習わしがあるんじゃ。じゃがこの国には妾よりも魔力の強い男がいなくてのぉ……」


「な、なるほど」


「そこにおぬしが来た! 妾は一生独身を免れるのじゃ!」


 ベアトリーチェは興奮気味にそう言う。

だが、俺の後ろに立っているイズンとオリビアの視線は厳しいものであった。

お願いだ……そんな目で睨まないでくれ……


「いや、そんなすぐには決められないから少し考える時間を……」


「お、言ったぞ? 考えるのじゃな?」


 しまった、ついうっかり適当なことを言ってしまった。

ベアトリーチェはウキウキの顔で追加の紅茶を入れた。

そして彼女が俺の横に座ろうとしたとき、イズンが横から割って入ってきた。


「失礼、ベアトリーチェ様もルフレイ様も一国の主です。もう少し距離を取られたほうが……」


 そう言いながらすっと差し出した手に、ベアトリーチェの手が触れる。

すると再び彼女の体がビクンと震えた。

イズンはしまったという顔をして手を引く。


「おぬし……恐ろしい魔力量じゃな……なんじゃ、おぬしはもしやルフレイ殿の嫁か?嫁と夫でふさわしい組み合わせだとは思うが……」


 ベアトリーチェは一歩退きながらそう言う。

その言葉にイズンは顔を赤くし、オリビアはイズンを睨みつけた。

あぁ……どうにか話を逸らさないと。


「そ、そうだ。1つ質問があるんだが……」


「なんじゃ、何でも聞いていいぞ?」


 よかった、話の内容がそれた。

イズンとオリビアの視線ももとに戻ったし、これで取り敢えず危機は去ったな。

俺は質問をベアトリーチェに投げかける。


「じゃあ行きに見た軍艦のことなんだが……」


「ん、装甲戦闘艦のことか? あれがどうしたんじゃ?」


「あれに使われている燃料ってなんだ?」


「えーとな、確か装甲戦闘艦に使われている燃料は……そうそう、魔石油じゃ」


 魔石油? 聞いたことのない燃料だな。

この世界特有の燃料だろう、石油のように使えるのか?

それと魔石と入っているところから察するに、魔石をどうこうして作る燃料のようだが……


「そうじゃ、気になるのであれば一緒に見に行こうではないか」


「製造過程を?」


「そうじゃ、魔石油は我が魔王城の地下で製造されているからな」


 そう言ってベアトリーチェは席を立ち、俺たちの前に立って案内する。

そして彼女は扉の横に立っていたモレルになにか言い、モレルはその場を去った。

その後、ベアトリーチェは俺に耳をかせと言い、俺は彼女に耳を貸した。


『気をつけるんじゃぞ、最近臣下共がどうも怪しい』


『怪しいと言うと?』


『なんと言うかのう……何か妾以外の者に忠誠を誓っていると言うか、妾にそっけないのじゃ最近』


『……』


 ベアトリーチェの感じている違和感もロキのせいなのだろうか。

イズンが言っているとおりだと、彼女にはロキの残滓がない。

まだ彼女がロキの手に落ちていないという証拠であればよいのだが。


「まぁあまりに気することではない。何となくそんな気がする、ってだけじゃからのう!」


 そういってベアトリーチェは俺の背中あたりをポンポンと叩く。

最悪のことが会ってもこちらにはイズンがいる、彼女がなんとかしてくれるであろう。

そうして歩いていると、俺は何やら悪寒を感じた。


「なんだ、この部屋は?」


 俺は1つだけただならぬ雰囲気を感じる部屋の前を通る。

その扉は大きく、重厚で、威圧感ではなく恐ろしさを感じる。

ベアトリーチェは俺に答えて言う。


「あぁ、そこは妾の兄、ユグナーの部屋じゃ。あやつは妾との魔王の継承権争奪戦に敗れてからずっと部屋にこもる、意気地なしじゃよ」


 そういってベアトリーチェはさっさとその部屋の前を離れる。

俺たちもその後ろに着いて歩いてく。

だがこれでほぼ確定だろう、あの部屋の向こう側にはロキがいる。


「ほれ、どうした。歩く測度が遅いぞ」


「あぁ、すまない……」


 俺たちは急いでベアトリーチェの後を追う。

その後、彼女はくねくねと曲がりくねった魔王城の中を下りながら、魔石油の製造所へと案内してくれた。

そして遂に部屋の前につき、ベアトリーチェは扉を開ける。


「エーリヒ、妾じゃ。入るぞー」


 そういってベアトリーチェは部屋の扉を開ける。

その先には、懐かしい旧友の顔があった。


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