翌日朝、俺は出港の準備が整ったアイオワに……いなかった。
まだ夜が明けたばかりの朝方、俺は保護した子どもたちとともに飛行場にいた。
そこはゼーブリック、ヴェルデンブラントへの支援物資輸送のために新たに整備された大型の飛行場であり、大型機の着陸が可能になっていた。
「私たち、これからイレーネ島にいくって本当?」
子どもたちの1人が俺に聞いてくる。
俺は「そうだよ」といって彼女の頭を優しく撫でた。
子どもたちはそれを聞いて嬉しそうに笑う。
「ほら、迎えの飛行機が来たよ」
俺は空を指差す。
そこには銀色に輝く大型機が小さく見えた。
その機体は徐々に降下してき、その後滑走路に着陸する。
「すごーい! 大きいねー!」
子どもたちはやってきた飛行機を見てはしゃぐ。
目の前にその大型機は着陸した。
そのやってきた航空機とは、B-36J戦略爆撃機であった。
この機体はそのB-36Jの武装を撤去して貨物、人員輸送が可能なように改造したものである。
でも普通の輸送機を作ればいいのになぜわざわざB-36Jを改造したのかって?
それにはもちろん理由がある。
というのも、この前の大陸国家合同会議でゼーブリック、ヴェルデンブラントへの支援物資の空中輸送は我が国が担当することになったのだが、如何せん距離が遠い。
相手国にもちろん給油設備などないため、輸送機は補給無しでの飛行を強要される。
ブルネイの泊地から空中給油機や、また地上での給油を受けることは可能だが、そこまでは自力で飛べるだけの航続距離が必要になる。
そこで白羽の矢が立ったのが航続距離の長い戦略爆撃機たちだ。
彼らは長大な航続距離を持っている上に、荷物の積載量も破格だ。
そこで彼らを貨物、旅客輸送機として改造しようという流れになった。
だがそれでは他の爆撃機たちでも良かったのではないだろうか?
だがそこにはもう1つの目的があった。
それは軍事的、政治的な目的であった。
B-36の派生機にRB-36Hと呼ばれる機体が存在する。
これは既存のB-36Jと見た目が大きく変わらないが、偵察能力を付与されたものだ。
この見た目の変わらなさが大きな意味を持っている。
RB-36Hを通常の貨物輸送型B-36に紛れ込ませて他の国の上空を飛ばせる。
こうすることによって感づかれずに他の国を偵察することが可能になる。
特に仮想敵国になっているミトフェーラに対しては有用なものとなるであろう。
そしてこのB-36の改修はブルネイ泊地に新設された工廠にて行われている。
そこには戦争で仕事を失った兵士や、夫を失った主婦などが技術研修生として雇われていた。
彼らははんだ付けや溶接、鋲打ちなどの基礎的な技術を習得するために必死に働いている。
賃金も普通のところで働くよりも高いため、非常に人気の仕事らしい。
そしてこの機体の内装にはゼーブリックやヴェルデンブラントで制作されている素材が使用されている。
それらも通常よりも高値で取引しているので、それ関連の産業は少し経営が持ち直しているとか。
この取引は後に『戦爆特需』と呼ばれることになる。
「ねぇ、ルフレイはイレーネ島に帰らないの?」
B-36Jを目にした子どもが言う。
「ごめんね、まだ用事があるから帰るわけにはいかないんだ。島には優しいメイドのお姉さんたちがいるし、安心して暮らせると思うよ」
「本当? 楽しみだなぁ。はやくルフレイも帰ってきてね!」
「そうだね、早く帰れるように努力するよ」
俺は子どもたちの頭を撫で、一緒に手を繋いでB-36Jの下まで歩く。
タラップが降りてきており、彼女たちは1人ずつ段を上がって機内へと乗り込んでいく。
全員が乗り終わったことを確認した俺は、B-36Jのパイロットに手を降った。
パイロットも俺に手を振り返し、グッドサインを出す。
その後機体はタキシングし、滑走路へと進んでいった。
そのまま滑走し、B-36Jは大空へと飛び立つ。
「飛んでいったのね」
俺の隣に立つミラが言う。
彼女は頑なに俺から離れることを嫌がったため、仕方がなくそのまま連れて行くことになった。
子どもたちは一緒に帰りたかったようだが、仕方がない。
「にしても、一緒に帰ればよかったのに」
「絶対に嫌よ」
「まぁミラはうちの艦隊の船乗り猫みたいになっているから良いか」
俺はミラの顎下をこちょこちょと触る。
彼女は嬉しそうに喉を鳴らした。
俺は飛び去るB-36Jを見送り、踵を返す。
「さぁ、俺たちも出発しようか」
俺とミラは艦隊の停泊している港へと戻った。
◇
同日の正午。
イレーネ帝国海軍は、停泊していた港を出港した。
沿岸では多くの住民が手を降って俺たちを見送る。
「何だかいろんなことがあったなぁ」
俺は隣に立っているイズンに話しかける。
俺は艦隊旗艦を大和へと移し、今は艦橋上部の防空指揮所に立っていた。
イズンは寝てしまったミラを抱えながら言う。
「そうね、でもこれからが本番よ」
「あぁ、そうだな。なんと言ったって……」
ミトフェーラ魔王国にはロキが潜伏している可能性が大いにある。
一応イーデ獣王国でもロキの捜索はイズンが行っていたが、反応は特になかった。
これからはロキに警戒しつつ行動しなければならないな。
「まぁ何かあったら私が守ってあげるわよ。安心しなさい」
「ありがとう。まぁ何事も起こらないのが一番だが」
外は海風が吹いて体が冷える。
俺たちはしばらく見える月を眺めた後、艦内へと戻った。
◇
オオオオオオ――
夜の空を飛行するB-36J
イーデ獣王国を離陸した機体は、そのままイレーネ島へと針路を取っていた。
パイロットは真っ暗闇の中を飛行し続ける。
するとパイロットは前方から近づいてくる味方機を発見する。
「なんだ? なぜ戦闘機がこんな夜中に上がってきているんだ?」
「F-15のようだな。何かあったのだろうか?」
航法士はそう言って首を傾げる。
そんな彼らのもとに無線が入ってきた。
無線士はその無線を取る。
「こちら『エンジェルキャリアー』、今は司令より直々に天使たちの護送を命じられ飛行中だ」
『こちらはイレーネ島所属第五八一戦闘飛行隊『エンジェルガーディアンズ』だ。これより貴機の護衛を行う』
その無線に、思わずパイロットたちは吹き出した。
イレーネ島所属の部隊に五八一戦闘飛行隊は存在しない。
五八一……ゴエイ……最早何も言うまい。
『これより天使たちのために美しい光の道を作ってご覧に入れよう』
五八一戦闘飛行隊所属のF-15たちはB-36Jの前に等間隔で縦2列に並んだ。
そしてそれらの機体は一斉にフレアを展開し、光の道を作る。
フレアを展開したF-15たちはそのまま左右へと別れ、B-36Jはその間を飛行する。
「やあガーディアンズ」
『どうだったかいエンジェルキャリアー、天使たちは満足したか?』
「ガーディアンズ……この機体のキャビンに窓はないぞ」
『Oh……』
その後ガーディアンズから無線が入ることはなく、B-36Jはイレーネ島へと無事に着陸した。