「ちょ、ちょっと待ってください!」
後ろから慌ただしく走ってくる音が聞こえてくる。
何かと思って後ろを見ると、走ってくるべオレトの姿があった。
彼は俺の前につくと、息を整えた後俺の方を見る。
「おや、君はこの国の外務官の」
「べオレトです。ルフレイ閣下、お久しぶりでございます」
べオレトは俺の横に並んで歩く。
俺はイズンの待っている控室を目指して歩いていく。
そんな俺に彼は話しかけてきた。
「先ほどの対決に出場しておられましたよね? 一体なぜ……?」
べオレトは不思議そうな顔をして俺に聞いてくる。
一体なぜ? なんと説明すれば良いのだろうか。
まぁ起こったことをそのまま言えばいいか。
「いや、実は昨日イレーナと……あぁ、この前一緒にいたメイドね、とギルドにクラーケンの眼球を渡しに行ったんだが、そのときに彼とは会ってね。そしたら彼が急に『イレーナと結婚したい!』と言ってきてそこからなんやかんやで戦うことになってしまってね」
「で、でも別に断ればよかったのでは?」
「いやー、実は断ったらイレーナを公共の穴として使わせるぞとかそんなふうに脅してきてね。どうも断れなかったってわけ」
その言葉にべオレトは何も返さなかったが、ただ顔は真っ青になっていた。
そのまま歩いていると、元いた控室に到着した。
俺は扉を開けて部屋に入る。
「勝ったぞ―」
「あらおかえりなさい、随分早かったのね……御主人様」
イズンはいつもの調子で話してくるが、横にべオレトがいることに気がつくと慌てて御主人様を付け足す。
幸いにも彼はその事について特に違和感は感じていないようだ。
俺は結局役に立たなかったM4カービンを机の上に置き、椅子に座る。
「実はあのジャックという男はこの国いちの冒険者でしてね。その男がコロッセオで試合をやると言うんで何かすごい魔物でも捕まえてきたのかと思ったらまさかの人間だということに気がついてびっくりしましたよ。ですが何か命知らずが挑戦を叩きつけてきたのかと思いきやその正体がルフレイ閣下だと知って王の席の周りにいたものは冷や汗をかきましたよ。もしや外交問題になるんじゃないかと……。でも本当に外交問題に発展しそうな内容ですね……ハハハ……」
べオレトはしどろもどろになりながらそう話す。
彼の目は全くと言っていいほど焦点があっていなかった。
恐ろしく動揺しているのだろう、俺は彼に声を掛ける。
「別にこれぐらいで外交問題になんかしないよ。俺も了承の上でのことだしね」
「そう言って頂けると助かります……心臓が潰れるかと思いましたよ」
べオレトは額におびただしい量の汗をかいていた。
イズンがそれに気がついて彼にハンカチを渡す。
彼はありがたそうに受け取って額の汗を拭いた。
「そうは言っていただいてもこちらがそれで『じゃあこの話は終わりで』とはできません。せめて晩餐会でもいかがでしょうと王の方から伝えられておりますが……」
晩餐会か……
今アイオワでは子どもたちが待っているだろうし、俺はなるべく帰ってあげたい。
だが相手の好意を無下にはできないし……でも子どもたちを連れて行くのもあれだし……
「済まない、どうしても今夜は船に戻らないといけないんだ」
「そうですか……残念ですが陛下にはそう伝えておきます」
「待て待て、代わりと言っては何だがうちの船の上で船上パーティーはどうだ?」
「船上パーティーですか」とべオレトは考える。
彼は俺に「それでは迷惑をかけてしまう」と言ってきたが俺は問題ないと返した。
それ以上言うのはあれだと判断したのか、彼は「すみません」と言いながらも俺の案を飲んだ。
「そうそう、1つだけ言っておかないといけないことがある」
「何でしょうか?」
「『船上パーティーには汚れてもいい服を来てくること』と伝えておいてくれ」
「わ、わかりました。そのように伝えておきます」
べオレトはそう言った後、頭を下げて部屋を出ていく。
俺はイズンとともに部屋をたち、コロッセオの建物をでた。
そして途中で1軒店に寄って買い物をしたが、何を買ったのかはまた後で。
◇
夜の6時半、ちょうど夕日が水平線に沈んだ後。
空母ニミッツの甲板には大勢の乗組員たちがある形に並んでいた。
湾内の艦艇は大急ぎで電灯艦飾が取り付けられ、艦影が白色電球の放つほんわりとオレンジの色で浮かび上がる。
「ふむ、ちゃんと積み込んでおいて正解だったな」
俺は出港前に『こういう事があるかも』と思って積んでおくよう指示した自分を褒める。
こういう電灯艦飾は護衛艦などでは休日などの特別な日に行われるものだ。
俺が満足して甲板を歩いていると、上から轟くような音が聞こえ、オスプレイが接近してくる。
「お、お出ましのようだな。おい皆! スイッチを入れろ!」
俺は乗員たちに手に持った棒のスイッチを入れるように伝えた。
彼らは俺の声に応えて一斉にスイッチを入れる。
すると彼らの並んでいる通りに光が浮かび上がった。
今回用意したのはいわゆる人文字だ。
人を文字の形に並べて、上空から見るとそう見えるようにする。
今はこちらの世界の言葉で『ようこそ』という言葉が書かれていた。
そのまま空母の上空を二度ほど旋回した後、オスプレイは空母の甲板に着艦した。
乗員たちは”Foooo!!”とか言って騒いでいる。
着艦したオスプレイからは、3人の獣人が降りてきた。
「空母ニミッツへようこそ。私が皇帝のルフレイ=フォン=チェスターです」
俺は降りてきた獣人のうち、先程王の席に座っていた犬の獣人の男へ挨拶をする。
その男は俺に微笑みかけ、そして握手するべく手を差し伸べてきた。
俺はその手を取り、彼と固い握手を交わす。
「お招きいただき光栄です。私はイーデ獣王国の国王、アウグストスです。以後お見知り置きを。こちらは妻のペトラです」
アウグルトスは隣に立つ白い猫の獣人の女性を紹介する。
彼女は俺を見ると、ペコっと頭を下げた。
何だか心なし元気がないように見えたが、気のせいかな……
俺はぱっと後ろを振り向く。
するとさっきは騒いでいた乗員たちはピタッと直立不動で立っていた。
俺達が見ていることに気がつくと、艦長のマイケル大佐は号令をかけた。
「ルフレイ、アウグストス両閣下並びにペトラ王妃閣下に敬礼ッ!」
その号令と同時に彼らはバッと敬礼を行う。
俺達はそれに敬礼で返した。
手をおろすと、後ろからべオレトがやってきた。
「やはりすごい艦ですね、まるで海に浮かぶ島、それも要塞島ですね」
「それほどでもないさ。さぁ、お待ちかねのパーティーと行こうか!」
”Fooooooooooo!!!!”
俺がそういうのを聞いて、乗組員たちが再び歓声を上げる。
こいつら静かにするんじゃないのかよ、まぁ良いか。
そう思っていると、アウグストスが俺に聞いてくる。
「あの、一応汚れてもいい服で来たのですが今から一体何をするんです?」
彼には今から何が行われるのか想像がついていないようだ。
彼は汚れてもいい服と言ったが、全然豪華な服を着てきている。
これが汚れてもいい服なのか……エセ皇帝(別にエセではないが)の俺にはよく分からない感覚だ。
「今から行うのは船上パーティー……その名も『夜のバーベキュー大会』だ!」
俺の言葉にまた乗員たちが湧く。
そのテンションの上がりようにアウグストスたちはまだついていけていないようであった。
だがもうすぐで彼らのテンションの理由が分かってくる。
「ではメイン料理、カモーン!」
俺が呼びかけると、降りていたエレベーターがゆっくりとせり上がってくる。
乗員たちは早く上がってこいと、今にも走り出しそうな勢いでそれを見ていた。
各エレベーターの上に乗っていたのは……
「さぁどんどん食べて、飲んで、騒いでいこー!!」
鉄板いっぱいに広げられたローストチキンに、山積みにされたビール。
鉄板からなる音と放たれる香りは俺達の空いたお腹を刺激した。
アウグストスもその香りと音に喉がゴクッと鳴る。
「ものども、死にものぐるいで食らいつけ〜!!!!」
俺の掛け声とともに乗員たちは肉をめがけて走り出す。
ここに熾烈な肉とビールの争奪戦が始まったのであった。