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第162話 最後の審判

 イーデ獣王国王都、コロッセオ。

俺はジャックとの対戦を控えて待機室にいた。

そばにはイズンが立っており、俺を見つめている。


「……大丈夫だとは思うけれど、何だか少し心配ね」


「そうか? まぁ慢心はゼッタイにダメだからな。気をつけるよ」


 俺はそろそろ出場の時間が迫っているので立ち上がる。

俺は椅子の下に手を伸ばし、置かれた武器を手に取った。

手に取った武器はM4カービン、そしてそこにはM26MASSと呼ばれる付属式のショットガンが取り付けられていた。


「一応これを渡しておくわ、こっち向いて」


 俺はイズンに呼び止められ彼女の方を振り向く。

すると彼女は俺に近づいてき、服に何かを取り付けた。

なにかと思って見てみると、それは6枚の羽があしらわれた勲章であった。


「それは天使の勲章よ。何かあった時にはきっとあなたを守ってくれるはず。その効果はお楽しみ、ね」


「ありがとう、では行ってくるよ」


 俺はそういって控室の扉を開け、廊下を歩いていく。

少し進んだ先に、コロッセオの闘技場へとつながる大きな扉があった。

俺が近づいたことに気がついたドアマンは、その大きくて重たい扉をゆっくりと開けた。





 ギィィィィ――……


 ワァァァァァァ〜〜!!!!


 重たい扉が開くと同時に、観客たちの声援が聞こえてくる。

前を見ると既にジャックは入場していたようで、杖を振り回して俺を待っていた。

どうやってこれだけの舞台を1日でセットできるんだ……と思いながら俺は闘技場にひかれた自陣の線まで歩いていく。


「やぁルフレイさん、昨日は良く眠れましかたな? おっと、イレーナさんを取られることを危惧しておちおち眠れませんでしたかな? まぁちゃんとこの場に来たことは褒めて差し上げましょう」


 ジャックがニヤニヤ笑いながらこちらを見てくる。

いつ見てもイライラさせられる鬱陶しい輩だ。

俺は彼の言葉を無視し、黙ったままその場に立つ。


「おや、図星ですかな? まぁ仕方がないですね。女を取られて敗北の辛酸を舐めさせられる。受け入れがたい未来が待っているんですからねぇ!」


「選手、私語を辞めるように。ではこれよりジャックとルフレイの試合を開始する。ルールは簡単、どちらかがこれ以上戦闘不能と我々が判断するまで戦いを続ける、よろしいな?」


「えぇ、もちろん」


「分かった」


 俺たちの答えに審判は頷き、観覧席の方を向く。

ジャックも一緒にそちらを向いたため、俺も続けてそちらを見た。

俺の視線の先にあったのは、イーデ獣王国国王の観覧席であった。


「……ん? あれはもしや」


 俺は視線の先に見知った顔を見つけた。

それはイーデ獣王国外交官、べオレトの顔であった。

向こうもこちらを見たとき、ちょうど俺たちの目があった。


「なんだか慌てているようだな……向こうも対戦相手の正体が俺であるということに気がついたのだろうか?」


 見ていると、べオレトは国王になにか耳打ちしているようであった。

だが審判はそのことは気にもとめず、大きく息を吸い込む。

そして大きな声で宣言した。


「ではこれより、試合を始める! 両者武器を構え!」


 俺は合図に合わせて銃を構える。

ジャックも同じく俺の方へと杖を構えた。

構え終わったことを確認した審判は、右手を振り下ろす。


「勝負、開始ッ!!」


 その声と同時に会場が熱気に包まれる。

一瞬そちらに気を奪われ、観客席の方に目をやった。

それを好機と捉えたジャックは、いきなり魔法を発動する。


「隙だらけですよルフレイッ! 5連、『ファイアーランス』!」


 ジャックは一度に5個の魔法を発動する。

俺は魔法の接近をちらりと見た後、防御魔法を展開した。

周囲に魔法が展開され、ジャックの魔法は打ち消される。


「ふん、一応やるようですね。ではこれではどうでしょう? 『ファイアーランス』10連!」


 今度は倍のファイアーランスが飛んでくる。

だが数が増えただけで何の芸当もなかった。

俺は防御魔法を槍状に整形したものを10発生み出し、ファイアーランスにぶつける。


 バンッ!


 大きな音がしてジャックの放ったファイアーランスは弾け飛んだ。

そしてそのまま防御魔法の槍はジャックへと狙いを定めて飛んでいく。

それをジャックはひらりと交わし、防御魔法の槍は地面へと刺さった。


「おぉ! 見たことがない攻撃、面白いですねぇ。ではこれはどうでしょうか。『ストームスラッシュ』!」


 今度は風系の技か。

そう言えば似たようなものを過去の学園内対抗戦準決勝でマティアス=ヴェルナーペアが使っていたものと酷似しているな。

これはあのときの技の強化版、とでも言うべきだろうか。


 俺は迫りくる風の刃に対して防御魔法の刃を繰り出す。

2つの刃は大きな音を立ててぶつかりあったが、結局俺のほうが押し合いに勝ってそのまま突き進む。

ジャックはひらりと身をかわし、止める人がいない刃は観客席の壁に激突した。


「……『シンフォニー』」


 ジャックがそう呟くと、俺の頭上におびただしい量の魔法陣が展開された。

そこからは様々な系統の魔法がまるでオーケストラの演奏のように入り交じり俺に降りかかる。

その攻撃を俺は傘をさすように頭上に防御魔法を展開し、無効化する。


「くそっ、何でそんな涼しい顔をして立っていられるんですか!? 六属性混合魔法ですよ! 六属性!」


 ふーん、さっきの六属性混合魔法だったんだ。

とはいっても魔法対決の経験なんてほとんどないからよく分からないが。

まぁとにかくすごいことなのだろう。


「じゃあ次は俺が攻撃させてもらおうか」


 俺は手に持っていたM4カービンを構えなおす。

それを見たジャックは地面に手を付け、何かをブツブツと言い始める。

俺が引き金を引こうとすると、突然地面が激しく揺れ始めた。


「! なんだ、地震か?」


 だが俺の予想は外れることになる。

地面がもりもりと隆起してき、何やら塊を生成する。

その塊はやがて複数のゴーレムになった。


「ハハハ! どうですか私の固有スキル【土塊の巨人】は! この巨人たちは私の命令を忠実にこなす素晴らしい下僕だ、自立して単体で戦闘をこなすこともできる! これこそが私がS級である理由なのです!」


 ジャックは誇らしげに腕を広げる。

そしてゴーレムたちは俺の方に向かって突進してくる。

俺は効果はあまりないだろうなぁと思いながらも、引き金を引いた。


「……やはり大した効果はないな」


 放たれた銃弾はゴーレムにあたると、ズブズブとその体に飲み込まれてしまった。

ゴーレムたちは何事もなかったかのようにこちらへと接近してくる。

俺は仕方なく後ろへと引き下がった。


「情けないものだ、兵器では自然に勝つことは出来ないのか……」


 俺にはこのゴーレムを倒せる兵器が思いつかなかった。

たとえ砲弾が命中したとしても穴が開くだけでどうということはないだろう。

俺は手に持っていたM4カービンを地面に捨てた。


「ではここからは俺もこの世界の力、魔法で戦うとしようか」


 俺は防御魔法を発動し、薄いナイフのように加工する。

そしてそれをそのままゴーレムに向けて放った。

放たれた防御魔法のナイフはゴーレムの体を切り裂き、切り裂かれたゴーレムの体はずるりと地面に崩れ落ちる。


 ズゥゥン……


 ゴーレムの上半身は地面へと崩れ落ちる。

だが今度は下半身だった部分の土が上半身になり、切り落とされた上半身が下半身となって再生された。

他のゴーレムたちも同様に切ってみるが、結果は全て同じであった。


 さらに細分化もしてみるが全く効果はなく、ずっと再生してくる。

それどころかさっきよりも数が増えていた。

気がつけば闘技場はゴーレムたちで埋め尽くされ始めていた。


「俺のいるスペースが無くなってきたな……」


 俺は防御魔法を今度はビーム状に整形し、打ち出す。

ビームはゴーレムたちの体を次々と貫通していき、それらの体をスタジアムの壁に縫い付けた。

ゴーレムたちは身動きが取れなくなり、体をジタバタと動かす。


 さて、これで本体のジャックに攻撃をすれば終わりだな。

俺は追加で防御魔法のビームを生成し、ジャックに向ける。

急に逆転されたジャックはわけがわからないといった表情をしていた。


「ではさらばだ」


 俺はジャックに向けてビームを発射しようとした。

だがその瞬間、俺の耳に悲鳴が聞こえてくる。

何事かと思い声のする方を見ると、縫い付けてあるゴーレムたちが観客席の人間を複数人握っていた。


「おい、観客に何をしているんだ! それに手をかけてはいけないだろう!」


「うるさいですよルフレイさん。これもまた現実なのです」


 縫い付けていたはずのゴーレムたちは一部の体が融解し、新たな分身が多数生成されていた。

その分身は観客を掴んでジャックの前に立ちはだかり、俺のビームの射線を遮る。

彼は笑いながら言った。


「どうですか、これであなたのようなお人好しは攻撃できなくなるでしょう!? 戦いっていうのにはねぇ、時にはこういった卑怯なことも大事なんですよ!」


 そう言ってジャックはケタケタ笑う。

そして前に控えていたゴーレムが、何を思ったのか手に持っていた観客を俺に向かって投げつけてくる。

俺は防御魔法をクッションのように薄く何層にも重ね、観客をキャッチした。


 俺はキャッチした観客の顔を見る。

その観客はまだ幼いヤギの男の子であった。

彼の目には多くの涙がたまっており、どれほど恐ろしい思いをしたのかがよく伝わってきた。


「……お前、世の中にはやって良いことといけないことぐらいあるだろう?」


 俺はその男の子の顔を見たとき、自分の中で何かがプツンと切れた気がした。

俺はゆらりと顔を上げ、ジャックの方を向き直る。

その時の俺は気付いていなかったが、胸につけていた天使の勲章が輝き始め、頭の上には大きな光の輪が出現していた。


「え、何なんですかその姿は……?」


 ジャックは驚いて腰を抜かし、地面にぺたんと尻を付ける。

その目には変わり果てた姿の俺があった。

俺は頭には大きな光輪、背中には輝く6枚の光の羽、そして白く輝くローブをまとった姿へと変貌していた。


 俺はゆっくりと浮き上がり、またジャックと巨人も同じくゆっくりと浮き上がる。

ジャックは必死に抵抗していたが、その努力虚しく彼の体はどんどんと上へと持ち上げられていた。

10M程浮いたところで俺たちは停止した。


「は、離せっ! やめてくれ!」


 そう叫びながらジャックは周りをキョロキョロと見回す。

だが次の瞬間、地面から光の柱が無数に生えてきてゴーレムたちを串刺しにする。

ゴーレムたちは痛みを感じているのか、大きな声で叫んでいた。


 光の柱の刺さったゴーレムたちはボロボロと崩れて、元の土となって地面に落ちていく。

捕まえられていた観客たちはまるで羽でも生えたかのようにふわりふわりと地面に降り立った。

これで上に残ったのは俺とジャックの2人だけである。


「……『最後の審判ラストジャッジメント』」


 気がついたら俺はそう言っていた。

どうしてその言葉が口から出てきたのは謎だが、とにかく言っていた。

その言葉と同時にジャックは大きな光の十字架に磔にされる。


「なんですかこれは! くそっ、身動きが取れないッ!」


 ジャックは貼り付けにされたまま必死にもがく。

だがどれだけもがいても無駄であった。

俺はここからどうすれば良いのか考えていたが、その時頭の中に声が響いた。


『大丈夫です、後は私たちに任せてください』


 声がしたかと思うと、俺の背後に無数の天使らしき人物たちが現れる。

それらは皆前の音楽隊ものと同じ仮面を身に着けていた。

そのうちの1人が近づいてきて俺に言う。


「ではこれから審判を始めますよ。あなたはしっかりと見ていてくださいね」


 そう言うと天使たちは何かを唱え始める。

ジャックの後ろには【言語適応】を使っても読み取れない文字が並び始め、天使はそれを黙々と見つめる。

そして天使は溜息をついて言った。


「はぁ……今までに犯した罪が多すぎます。特に女性関連のものが」


「そうなのか。じゃあどうするんだ?」


「はい。審判の結果、求刑内容は『宮刑』となりました」


 ……なるほど、男のアイデンティティの切除か。

それは女たらしでイケメンのジャックには相当聞く罰だろうな。

天使によって彼は生まれたままの姿にされ、彼のカレが露出する。


「ん、思ったよりも小さいですね。これでは切りにくい……」


 そう言うと天使はおもむろに自分の胸の谷間をチラリと見せる。

それに興奮したジャックのジャックは臨戦態勢に入った。

それを確認した天使はひと思いにそれを切断する。


「ア゙ァ゙〜〜〜〜!!!!」


 ジャックはあまりの激痛に叫び声を上げる。

だが彼は身動きを取れないため顔だけが紅潮しあちこちに回す。

うるさいと思ったのか天使たちは彼の脇に光の槍2本をクロスで突き刺した。


 あまりの痛みに気を失ったジャックは十字架から開放され、地面へと落ちていく。

彼はそのまま地面に倒れ込み、ピクリとも動かなかった。

かつて公衆の面前でイズンを犯すと言っていた彼は、今やその公衆に自分の裸体をさらしていた。


 俺もゆっくりと降下し、地面に足をつける。

先程までいた天使たちはいつの間にかいなくなっていた。

そして俺の光輪や羽も消失していた。


「る、ルフレイ選手の勝利ッ!」


 審判がそう宣言する。

その宣言と同時に観客は一斉に拍手と声援を俺に送る。

それらを浴びながら、俺はもと来た扉から控室へと帰っていく。


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