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第160話 歓楽街の奴隷の娘たち

 不明艦騒動もあったため、旧式艦隊の寄港が大幅に遅れる事となった。

そのため第1機動部隊は先にイーデ獣王国へと寄港する。

タグボートが居ないため、艦隊は湾外に投錨した。


「ここがイーデ獣王国、見たところは人間の国家とあまり変わらないな……」


 俺はアイオワの艦橋から双眼鏡で港町を眺める。

そこには人間の国と変わらないような風景が広がっている。

俺はその後、上陸するために艦橋を離れた。


 艦橋を離れて向かった先はアイオワの後部甲板。

そこには迎えのMH-60Rがローターを回転させながら俺を待っていた。

俺は回るローターに首を吹き飛ばされないように頭をかがめて機内に乗り込む。


 俺を乗せたMH-60Rはそのまま上昇し、陸地へと俺を運ぶ。

しばらく飛んだ後、人の居ない適当な広場を見つけ、そこに着陸した。

俺がMH-60Rを降りると、もう一人が俺の隣に立った。


「うぉっ、イズ……イレーナ!? 居たのなら言ってくれよ」


「失礼ね、ずっといっしょに居たわよ」


「私も居ますよ御主人様」


 もう反対側からオリビアがヒョコッと顔を出す。

俺は彼女たちの存在を一切感知することができなかった。

恐ろしや、ワンチャン暗殺屋にでもなれるんじゃないだろうか……


「もしかして私達の事忘れてたんじゃないんですか?」


「いや、そんなことはないけれど……」


「なら良いですけれど、たまにはかまってくださいよ」


 いや、いつも俺のベッドに入ってきて寝ているのはどこの誰か。

いつもかまってあげているつもりだったがあれでは足りないとでも言うのか……?

まぁ良い、一旦そのことについて考えるのはやめよう。


「で、今からどこへ行くのかしら?」


 イズンが俺に聞いてくる。

挨拶がてら城に寄っも良いのだが、ただ数日滞在するだけだし別にいいか。

となれば行く場所はただ1つ。


「露天だ、露天で爆食いするぞ!」


「え、本当!? やったー!」


「お金はたっぷり用意してあります。いくら食べてもらって構いませんよ」


 イズンは大喜びし、オリビアはさっと大金な入った袋を持ち出してくる。

2人とも食べる気満々だな……そうなれば俺も思いっきり楽しまないとな。

俺は露天のある町中へと歩き出した。





「うーん、お腹いっぱいだわ〜♪」


「私ももう食べられませ〜ん」


 練り歩くこと約2時間、俺たちは満足するまで露天で売っているものを食べた。

イカ焼きのようなものに焼き鳥、不思議な魔物の肉に魚も、色々と食べた。

そう言えばイカで思い出したが、クラーケンの目ン玉をアメリカに乗せっぱなしだな。

後でどかしておかないと。


 それと買い物をして回っているうちに気がついたことがある。

それは金貨などの硬貨は重たいし嵩張るし使いにくいということだ。

やはり紙の通貨を導入したほうが良いだろうか……


「……にしてもさっきから視線を感じるんだが、気のせいかな?」


「当たり前じゃない。こんなに可愛いメイドが2人に目立つ海軍服を身に着けた男、そりゃ嫌でも目立つわよ」


 イズンにそう指摘される。

言われてみればかなり目立つ服だもんな。

勲章もついているし、こんな群衆の中でも異彩を放って見えているはずだ。


 そう思いながら歩いていると、道の突き当りに着たので俺たちはなんとなく右に曲がる。

そうして曲がった先は、先程までの賑やかな商店街とは大きく異なる場所であった。

そこにはあまり人はおらず、不思議な空間が広がっている。


「何だか不思議なところね、まるで別世界……」


「そうだな、まぁ取り敢えず行ってみるか」


 そうして俺たちはなんとなくその町に一歩を踏み出した。

だが軽い気持ちで足を踏み入れたことを俺は後で後悔することになる。

なぜならばこの町は――


「ねぇ、この町って……」


「あぁ……歓楽街、だな」


 まいった、まさかそういう街だったとは。

日本のそれとは異なり、ネオンなどがないため全く気が付かなかった。

だが一歩足を踏み入れれば分かる、よく見ると建物には『一回銀貨4枚』などと書かれている。


「すまない、すぐに戻ろうか」


 俺は元の道に戻ろうとする。

だがイズンがそうしようとする俺の腕を掴み、俺は動けなくなる。

なぜ止めるのかと聞くと、彼女はこう答えた。


「結局どんな世界でもこういうものは存在している。彼女らは奴隷か借金のカタかで体を売らないといけないのよ。これも現実、あなたがこのようなものを自国に望まないのであれば、今しっかりと現実を見ておくべきよ」


 ……そうだ、イズンの言っていることは間違っていない。

この世界は元の世界とは違い、人間の売買などが平気で行われるような世界だ。

その現実を、この世界の闇の部分を、俺は見ておくべきなのかもしれない。


「……分かった、これも社会見学の一環だと思って見て回ろうか」


 俺は再び歓楽街の方へと歩き出す。

歩いていると、昼間にも関わらず日本にもいたような立ちんぼが道の脇から「一回どうか?」と声をかけてくる。

だがそういうことをしに来たわけではないので俺は全員スルーしていた。


「なぁそこのお姉ちゃんたち、こんなとこにいるっていうことはそういうことだろう? そんな男とじゃなくて俺達と遊ばない?」


 大柄な獣人の男2人が、イズンとオリビアの方に手をかけて2人を誘う。

だがイズンはイライラしたような表情で、急に翼を展開した。

急に展開された翼に男たちは対処できず、2人共後ろへと吹き飛ばされる。


「アホらしいわね、私たちにはルフレイがいるというのに」


 やれやれと言った感じでそう言いながら、イズンは指をパチンと鳴らす。

すると地面に転がっていた男たちはどこかへと転送された。

俺とオリビアは驚いた表情で彼女を見る。


「何よ? 別に彼奴等をどこか山の奥へと飛ばしただけよ、殺してはいないわ。さ、先に行きましょう」


「お、おぉ、そうだな……」


 俺たちは何事もなかったかのように先へと歩いていく。

だがオリビアのイズンに対する視線が恐ろしいものに感じたのは俺だけであろうか。

まぁ良い、気にしないでいこう。


 そのまましばらく歩いていると、俺はふと目に留まる店を見つけた。

看板には『奴隷deカーニバル』と書かれてある。

奴隷に安価で売春させているということであろうか、何とも趣味の悪い――


「おぉお兄さん、一発ヤッて行くかい? まけとくよー」


「え、ちょ、うわっ!」


 俺は突然店から出てきた男に手を引っ張られ、店の中へと連れ込まれる。

イズンとオリビアも連れ込まれた俺を追って中へと入ってきた。

俺は男の手を振り払い、周りを見渡す。


「む……なんだか薄暗くて陰湿な店だな」


「そんなこと言っている場合じゃないわよ、ルフレイ、大丈夫なの?」


「あぁ、俺は大丈夫だが……」


 そう思っていると、突然店の明かりがパッと点いた。

すると前にボロボロの服を着せられた女の子たちが現れる。

獣人や普通の人間、魔族もおり、見た感じ年齢は10〜15ぐらいだろうか、みなまだ幼い印象だ。


「いらっしゃいいらっしゃい、全員一律銅貨5枚、何人と何度でもヤレるよ! さぁお兄さんは一体誰とヤるんだい?」


 さっきの男が楽しそうにそう喋る。

だが女の子たちは全く持って楽しそうではなく、むしろ俯いていた。

だが彼女たちは男に命令され、俺の近くへとよってくる。


「あの……私を買ってください……何でもしますので」


「私もお願いします……」


「私も…」「私も……」


 ……こんなに言い寄られて悲しいことがあるであろうか。

女の子たちの目は悲しみに満ちており、見ているこっちまで悲しくなりそうであった。

俺は彼女たちの頭をそっと撫で、取り出したチョコレートをあげる。


「ほら、これでも食べなさい」


「え、良いのお兄さん?」


「勿論だ。さぁ、遠慮せずみんな食べなさい」


 女の子たちは嬉しそうにチョコレートに齧り付く。

その甘さに驚いたのか、彼女たちは目を丸くしていた。

そしてふと食べる手が止まり、彼女たちは泣き出す。


「うわ〜ん、美味しい……美味しいよぉ……!」


 泣き始めた女の子たちの頭を俺は撫で回す。

オリビアとイズンもともに彼女たちを慰めるために撫で回した。

そんな俺たちを見て男は言う。


「お客さーん、女の子に触ったのでお代はいただきますよ。全員で銅貨150枚、きっちり払ってくださいね」


「……そうだな。オリビア、袋を」


「はい、どうぞ」


 俺は硬貨の大量に入った袋から金貨を一枚取り出す。

そして俺はそれを男に投げつけた。

男は手に収まった金貨を見て驚愕する。


「き、金貨……! 失礼いたしました、いくらでもお使いください。でも……良いのですか?」


「構わない。それと俺は本番はしないからな、こうして頭を撫でるだけだ」


「はぁ……そうですか、ではごゆっくり」


 そう言って男は身を引く。

そのまま俺はしばらく頭を撫で続けていたが、ふと俺はある女の子のお腹を見えたときに気がついた。

そこには大きな傷があった。


「……おい店主」


「はい? 何でしょう?」


「この傷は何だ、もしや虐待でもしているのか?」


 俺がそう聞くと、店主の顔が一気に曇る。

彼は明らかに動揺していた。

そんな彼は少し落ち着いた後、俺にこう語り始めた。


「いや、私が虐待をしたわけではないです。これらの傷はこの子達の親が付けたものだ。彼女らの親は生まれてきた我が子を忌み、嫌い、そして体罰を与え続けました。そして遂には奴隷として売り払ったのですが、傷がついているためどうも売れない、そこで私が引き取って飯を与えていたのですが、遂には持っていた金が尽きて最後の賭けでこの店を開いたのです」


「……それで?」


「なんとか稼げるように努力していたのですが、せっかく来たお客さんはこの子達の傷を見るなり逃げてしまいまして……もういっそのこと心中でもしようかと思いましたよ。でも最後のチャンスとあなたを引きずり込んだ結果金貨を頂いたので、まだ何とかなりそうです」


 なるほど……そういう理由だったか。

にしても最後に引きずり込んだのが俺で良かったな。

他の客だったらどんな乱暴をしていたかわからない。


「本当はこの子達にも自由に生きてほしいんですがね……でも傷のせいで引き取りても見つからないし」


 そう言いながら彼は女の子たちの一人の頭を撫でる。

撫でられた子は不思議そうに彼を見つめ返した。

そんな中、俺は一人の少女が目に入った。


「ん、あの子、1人だけであそこに座っているがどうしたんだ?」


「あぁ、ミラですか。あの子は傷こそないものの毛の色でかなり差別されてきましてねぇ……人間に多大なる警戒心を持っていて私ですらまだ頭を撫でれていません」


「毛の色で差別? どういうことだ?」


「はい。見ての通りあの子は獣人の中でも猫族でして、そしてその毛の色は黒ですが、猫族の中では黒猫は悪魔の印だとして忌み嫌われているんです」


 そうなのか、この世界にも肌の色による人種差別のようなものが残っているんだな。

たしか日本でも黒猫が目の前を通ると不吉なことが起こるとか言われていたが、それに似たようなものであろうか。

俺はミラに一言かけようと近づいていく。


「あ、下手したら噛まれますよ! 私も3回ぐらい噛まれていますし!」


「大丈夫大丈夫、なんとかなるさ」


 俺はミラの前にしゃがみ込み、彼女の目をじっと見る。

彼女は俺の方をギロッと見、そして俺の手に噛みついてきた。

噛みつかれた手の甲から血がポタポタと流れ落ちてくる。


「御主人様! 大丈夫ですか!」


 オリビアが俺を気遣って駆け寄ってくる。

そんな彼女を静止して、俺はミラの目をまっすぐ見つめた。

しばらくはにらみ合いが続いたが、突然彼女は噛んでいる口を離した。


「あなた……いい人、何だか血が神聖な味がする。まるで内側から浄化されているよう……」


「え!? ミラが喋った!? しかも初対面の人に!?」


 店主は驚いたように頭を抱えてウロウロする。

他の女の子たちはミラが喋ったことを意外に思いつつ喜んでいるようであった。

ミラは俺の首に腕をかけて言う。


「決めた。私、お兄さんについていく」


 ミラはそう言い、するりと俺の背中側にまわった。

それによって俺がミラを背負っている構図が生まれる。

そんな彼女を見て店主は言った。


「ミラが嬉しそうにしている……あぁ、よかった……名前も知らないお客さんよ、ありがとうございます。そしてもしよければ彼女を、ミラを引き取ってくれないでしょうか。彼女にとってそれが一番幸せなはずです」


「俺がか? 俺は別にいいが、それで店主はいいのか?」


「良いんです、ミラのことは娘のように思っています。その娘があなたといるのが幸せならば親として送り出してあげるのが役目でしょう」


「あ、ミラちゃんだけずるーい。私もお兄さんについていくー!」


「私も私もー!!」


 そんな話をしていると、他の女の子たちも口々に俺についていくと言い始めた。

まさかこうなるとは思ってもいなかったから俺はたいへん驚いた。

そしてそれは店主も同じであった。


「え、みんな付いていきたいのかい?」


「うん、だってお兄さん優しいし、ミラちゃんが行くなら私も一緒にいたいなーって」


 女の子たちはそう言って無邪気に笑う。

そんな彼女たちを見て店主は寂しげに笑った。

それもそうだろう、今まで娘のように扱ってきていた子どもたちが突然自分の手元を離れて他の男のもとに行くというのだから。


「そうか……そうか……よし、決めた。お客さん、この子達を引き取ってあげてください。私は彼女たちの意見を尊重します」


「でもそれではあなたが寂しくなるのでは? 今までこうしてきた意味がなくなるのでは?」


「良いんです、元を言えば引き取り手がいない彼女たちを私が勝手に育てていただけで、彼女たちが望む引取先がいるのであればその人に引き取ってもらうべきなんです」


 そうは言っても、今まで一緒に過ごしてきた以上何か心残りはあるはずだ。

俺は彼女たちを彼女たちの意思も尊重し、店主の意思も尊重して引き取ってあげたいと思う。

だが彼になにか寂しくないようにしてあげられることはないのだろうか……


「……そうだ。オリビア、ペンと紙を」


「はい、こちらに」


 俺はオリビアから紙とペンを受け取り、そこに何かを書いてその後サインを書く。

そして同じくオリビアが持っていた印鑑と朱肉を使ってその紙に判を押した。

一体どこにしまっているのかはわからないが、俺は彼女にペンと印鑑と朱肉を返す。


「これは我が国の国章の入った紙だ。ここに島への居住許可と俺の直筆のサイン、そして皇帝の印が押されている。これを持って俺の国、イレーネ帝国に移住してきてはどうだろうか。そうすればこの子達と合う機会も設けることができるだろう」


「え……良いんですか? それとあなたは一体……?」


「俺か? 俺はイレーネ帝国皇帝のルフレイ=フォン=チェスターだ。彼女たちが生活に困ることはないと約束しよう」


「あぁ……私はなんていい人をつかまえることができたんだろう。イズン様よ、感謝しています」


 そう言って店主は手を組んで天に掲げる。

だが彼の祈っている対象は残念ながら隣に立っているぞ。

俺は半分笑いそうになりながらそんな彼を見ていた。


「じゃあイレーネ帝国へようこそ!っというお祝いよ。えいっ!」


 イズンは指をパチンと鳴らす。

すると女の子たちの着ていたボロ布はきれいなドレスへと進化した。

彼女らはその変化を見てワイワイ喜んでいた。


「あぁ、笑っている。ありがとうございますルフレイ様。ありがとうございますイズン様……」


 そういって彼はまた天に祈りを捧げ始めた。

そんな彼の首元に近づき、イズンは光のモヤのようなものを彼の頭へすぅっと入れる。

それはまさしくイズンからの小さな祝福であった。


「じゃあ帰りますか!」


 俺は女の子たちを連れて店の建物を出る。

そしてそのままアイオワへと帰るのであった。


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