あの後俺たちは一旦城に帰り、一日二日外出する旨を護衛について来ていた兵たちに伝えた。
彼らは俺を護衛すると言って聞かず、結局全員でアンナの家にお邪魔する事になった。
俺はアンナとイズンを車に乗せて城を出発する。
「こんな乗り物初めてみました。これは何というのですか?」
「これは車という乗り物だよ。馬なしで、馬よりも早く走れるスグレモノさ」
アンナは初めて乗る車に驚きっぱなしだった。
770は気持ちの良いエンジン音を響かせて夕暮れの道を駆け抜ける。
夕日が車体に反射して赤く輝いている。
アンナの実家のある公爵領は王都に隣接している領地で、王都からは車で1時間もあれば行くことができる。
どうやらゼーブリック王国が建国されたときから続く名家なのだとか。
そんなお嬢様がなぜあんなところにいたのかは不明だ。
そうこう言っていると日が完全に落ち、月が顔を出し始める。
護衛の車も770もヘッドライトを点灯させた。
そのまま走っていると、遂に公爵の屋敷に到着した。
「ここがアンナの家か、なかなかに大きいな」
俺は770を屋敷の前に止め、車を降りる。
すると門が開き、鎧を全身に着込んだ門番が現れた。
彼はこちらにやってきて俺達に話しかける。
「ここはオイラー公爵様の屋敷だ。何か用事があるならば私が聞こう」
「こらミヒャエル、この方は私の客人よ。失礼のないように」
「あ、アンナお嬢様、お帰りになったのですね! お嬢様の知り合いとはとは知らずにとんだ御無礼を……すぐに門をお開けいたします」
「そうしてちょうだいな」
ミヒャエルという門番はアンナの一言で門を開けた。
俺は770を屋敷の中へといれる。
馬車用の車止があったので俺はそこに駐車した。
「さすがは公爵、うちの宮殿には及ばないがそれでも圧巻の大きさだな」
屋敷はミニ宮殿といっても差し支えのないほどに広かった。
特に庭に中心にある小さな池に月光が反射しておりなんとも言えない雰囲気を醸し出している。
少し庭に見とれていた俺だが、アンナに手を引かれて屋敷の中へと連れ込まれた。
「お父様! アンナ、ただいま帰りました」
アンナは屋敷に入った瞬間そう叫んだ。
その声を聞いたメイドたちが奥から出てきてアンナに頭を下げる。
そして上に続く階段から、父親と思われるガタイの良い男性が現れた。
「よくぞ帰った。敗戦後の王都の視察、お前は何を考え、何を思った?」
「はい、活気がなく以前の王都とは比べ物にならないほど衰退していると思いました。各地の貴族たちが離反しつつあり、国としての機能も失われつつあるように感じます」
「そうか。お前は我が家唯一の子どもだ。お前は女だがいずれ我が家を継ぎ、国を守っていく立場にある。今回の経験をよく心に刻んでおくように」
そのままオイラー公爵は階段から降りてき、アンナの肩をポンポンと叩いた。
アンナもそんな父親に思わずはにかむ。
そして彼は後ろにいる俺たちに気がついた。
「む、君たちは何者だね? 一応私は公爵だから君たちから挨拶するのが常識だと思うが……」
「俺たちはアンナに呼ばれてやってきた客人だ。それと、身分の差で挨拶の順番がきまるというならば、公爵のオイラーさん、あなたが先にすべきだよ」
「なんだと、君は何者なんだ?」
「俺はイレーネ帝国皇帝、ルフレイ=フォン=チェスターだ。よろしく」
俺の自己紹介に場の空気が固まる。
全員その言葉がピンとこず、脳が処理に時間がかかっているようだ。
オイラーも口を開けてぽかんとしていたが、ようやく理解したのかハッと顔を上げた。
「イレーネ帝国皇帝……敵国の総大将か……」
「違う、”元”敵国だ。もう戦争は終わっている。こちらも戦争を望んでいるわけではないしね」
確かに、とオイラーは思った。
彼の中では敵国の総大将と、娘の客人という2つの要素が入り乱れていた。
だがとりあえずは挨拶をしようと思ったようだ。
「失礼いたしましたルフレイ閣下。私はオイラー=レオンハルト。ゼーブリック王国で公爵を拝命しております」
「改めて、イレーネ帝国皇帝のルフレイ=フォン=チェスターだ。よろしくね」
俺たちは互いに手を差し出し、握手を交わした。
そして立ち話も何だ、ということでまずは食事をすることになった。
オイラーの案内で俺たちは食堂へと足を運ぶ。
「で、ルフレイ閣下。本日は一体どんな御用で?」
「お父様、その件については私から説明するわ」
そう言ったのはアンナだ。
彼女はオイラーの耳元に行き、こしょこしょと囁く。
すると彼はみるみる顔を青くしていった。
「なんですと……アンナが攫われそうになっていたところをルフレイ閣下が救出、アンナの恩人になったっと……」
オイラーは椅子から立ち上がってこっちにやってくる。
俺の前に立つと彼は膝をつき、頭を地面につけて土下座した。
あまりにもきれいな土下座に俺は感銘を受ける。
「も、申し訳ございませんでした! 皇帝陛下と知らずに無礼な接し方をした挙げ句、娘の命の恩人とも言える貴方様にあんな事を言ってしまったなんて……何なりと処罰をお申し付けください」
「いや、別に処罰とかその程度のことはどうでもいいよ……と言いたいところだが、1つお願いを聞いてもらおうか」
「勿論です! どんなものであろうと必ずお受けいたします!」
どんな願いでも聞いてくれる、か。
ならばちょうど都合がいい、彼に仲間になってもらおう。
公爵という肩書のある以上、この国の統治に有利に働くからな。
「じゃあ俺の味方になってくれ」
「へ?」
オイラーはよくわからないという顔をする。
味方という言葉は何を指しているのか、彼はそれを考えているはずだ。
俺はそんな彼に応えを提示してあげる。
「味方になるというのはつまり、国政において俺の手伝いをしてくれということだ。特に政権が不安定な今、公爵という肩書を用いて全国の貴族たちの忠誠を中央、王都の玉座に再び集めれるようにしたいんだ」
「私の肩書を用いて貴族たちを1つにまとめる……分かりました。できるかどうか分かりませんが、ご命令とあらば全力で遂行してみせましょう!」
「ありがとう、詳しいことは1週間後に王城で開催される貴族たちの集まりの時に話すことにしようか。まぁとりあえず頼んだぞ」
そういうとオイラーは首を縦に振った。
どうやら思わぬところで大きな味方を得ることができたようだな。
その後俺たちは晩ごはんを食べ、眠りについた。