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第136話 知らないという幸せ

 オスプレイは轟音を響かせて宮殿の入口に着陸した。

俺はオスプレイから降り、宮殿に入ろうとする。

すると入口の前にメイド服を着たイズンがいた。


「おかえりなさい。もう夜が明けるという今まで何をしていたの?」


「やぁイズン、少しばかり読書にね」


 そう言って俺は両手に抱えた本を少し上げる。

彼女は特に何も言うことはなく、そのまま宮殿の中へと入る。

そういえばイズンに伝承のことを聞いてみようか。


「なぁイズン、この世界に残っている伝承に『戦極まりしとき空より神の炎が舞い降り、地を焼き払わん、その後世界は沈むであろう』というものがあるらしいが、この神とはイズンを指しているのか?」


「……さぁね、今はまだその時ではないわ」


 イズンの答えは曖昧だった。

笑っているように見えていた顔からも一瞬笑みが消えていた。

俺がみていることに気がついた彼女は笑顔を作った。


「その時ではない? では知ってはいるということか?」


「想像に任せるわ」


 それだけを話した後、俺達の間には気まずい空気が流れた。

気がつくと俺は自分の寝室ではなく、宮殿の庭園に向かっていた。

神殿が収められている中庭とはまた違う庭で、ヴェルサイユ宮殿のものを模した幾何学的な模様が植物でかたどられていた。


 庭からはヴェルサイユ宮殿同様に長い運河がひかれており、水面には沈みゆく月が映っていた。

そんな月を眺めながら俺は両脇にある階段を降りて庭園に立つ。

幾何学模様の庭の中心にも丸い人口池があり、俺はその縁に腰を下ろした。


「月が綺麗だなぁ」


「あら、それはそういう意味と捉えても良いのかしら?」


「俺は夏目漱石ではないよ。ただその文字の通りの意味だ」


「そう、残念ね」


 何が残念なのだか。

そう思いながら彼女の横顔を見たが、若干笑っているようにも見えた。

俺は手に持った本を膝の上に置き、その中から聖書を取り出して開いた。


 軍務卿は最後に『神の使徒』の記述があると言ったな。

ページをペラペラと捲り、該当の場所を開こうとした。

だがなぜかイズンに本をパタンと閉じられた。


「何をするんだよ、なにか読んではいけない理由でもあるのか?」


「そうね、あなたはその章の題が何か分かったうえで開こうとしたのよね?」


「そうだが、『神の使徒』だろう? 俺のことなのかと気になってね」


 俺がそういうとイズンはスッと立ち上がった。

そして彼女は俺の前に後ろを向いたまま立った。

彼女に隠れて月が見えなくなる。


「そこに書かれているものはあなたの言う通り『神の使徒』、つまりあなたのことよ。聖書の原本には過去の事実から未来の事実、すべてのことが記されているわ。そしてその章にはあなたの未来のことが書かれている」


 そういうと彼女はふぅーっと息を吐く。

そして彼女は俺の方にくるりと振り返った。

彼女の白くて長い、少しくるりと巻いた髪が月光でキラキラと輝いた。


「真実が知りたければ原本を見ることね。そこには辛く、そして残酷な現実がありのままに書かれてあるわ。でもあなたならそんな未来も捻じ曲げることができると信じているわ。あ、因みにその聖書に『神の使徒』についての真実は書かれていないわよ」


 いや、書かれていないのかよ。

ならば別に本を閉じる意味はなかったんじゃないだろうか。

でも辛く残酷な現実、か……


「楽しみにしているわよ。その時までずっと……」


 イズンは何かを言おうとした後、言うのをやめて俺の方をじっと見つめてきた。

そして彼女は唐突に俺の腕を引っ張り、無理やり立ち上がらせてきた。

その反動に俺は耐えかね、勢い余って彼女と俺の唇が触れ合った。


「////〜〜!!」


「ふふっ、期待しているわね」


 そう言うとイズンは俺の横に立った。

そのまま俺達は暫く深夜の庭を散歩した。

水面に映る月は白かったが、彼女の耳の裏は赤かった。





 運転免許の練習も終え、全員がある程度の運転ができるようにはなった。

彼らの持っているギルドカードには追加でイレーネ帝国の国章を簡略化した許可印が貼られた。

許可印はホログラムになっており、それを見た彼らは驚愕した。


「何だこれは……キラキラしているし見る角度によって色が違う。面白い、面白いぞ!」


 そういって竜討つ剣のマックスがカードを傾けて1人興奮していた。

そんな彼を他の人間は笑いながら見ている。

するとトマスがやってきて呼びかけた。


「皆様、車の準備が整いました。格納庫の方をご覧ください」


 そう言われ全員が格納庫の方を向く。

格納庫の方を向いたことを確認したトマスは手元のボタンを押した。

ボタンに連動して格納庫の扉がゆっくりと開き、車たちが姿を表す。


「今回はそれぞれの人に合わせて色を変えております。まずは黒の770がルフレイ様仕様、ナンバーは1です。次にパールホワイトの770がグレース様仕様、ナンバーは2です。次にライトグレーの770はフローラ様仕様、ナンバーは3です。次に赤の770がメリル様仕様、ナンバーは4です。最後に青の770がヨハン様仕様、ナンバーは5です」


 今回は同じ型式の車だが一人ひとり色を変えてもらった。

そしてその中でも俺とグレースのものだけは特別仕様で窓が防弾ガラスになっている。

車の側面にそれぞれの国の国章がついているのも特徴だ。


「続きましてはバイク、こちらは赤、青、黄色、緑の4色があり、それぞれ順にマックス様、ゲオルグ様、アントン様、ヤコブ様仕様でございます」


 こちらにはハーレ&ダビットソンを国産化した陸王をベースにしたバイクをプレゼントだ。

黒が基調の車体にそれぞれのカラーで『竜討つ剣』とこちらの言葉で書かれてある。

サイドカーもあるので装備の持ち運びにも便利だ。


「おぉ、これは中々にかっこいいな。でもアレも良かったけれどな、えぇと名前はケッテン……何だっけ?」


 マックスが言わんとしているのはケッテンクラートのことであろう。

せっかくなら乗ってみればいいと召喚して乗せてあげたんだが、意外と気に入ったようだ。

工廠部に頼み込んでこちら仕様で量産してもらおうかな……。


「こんな素敵な贈り物をどうもありがとう。大切にさせてもらうわ」


 メリルが俺のところにやってきてそう言った。

すこし気品のある彼女には深いワインレッドの車がよく似合う。

何なら映画にでも出てきそうだ。


「構わないさ。でも事故だけは起こさないようにね」


「もちろんよ、まっかせなさーい!」


 そんな事を言いながらも、彼らの帰還時間が迫っていた。

彼らは荷物を既に輸送船に積み込んでおり、帰る準備は整っている。

残った車を積み込むために彼らは港まで車を走らせた。





 グレースたちを乗せた輸送船が遠ざかってゆく。

俺は彼らを見送り、宮殿に帰るために770に乗り込んだ。

そして軽快に車を走らせる。


 宮殿につくと、トマスから話があるので時間が欲しいと言われた。

彼には古代兵器の解析のために文献を渡していた。

そのことだろうと思い、俺は彼と一緒に応接間に向かう。


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