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第118話 手がかりの消失

 ガガガガガガ……


 独特な部隊の音が街中に響き渡る。

石畳の町並みを陸軍は行進していた。

ここはヴェルデンブラントの王都、俺たちはついにここまでやってきた。


 俺たちが城門の前まで迫ったときにはもう観念していたのか敵はすんなりと門を開けた。

そこから隊列を組んで行進し、今の状況に至る。

沿道では住人たちが見物のために集まっていた。


「ママー、あれ何ー? 新しい武器ー?」


「武器、武器でしょうね。でもあれは私たちの国の武器じゃないんだよ」


「? じゃあ僕たちの国は負けたの?」


「……そうね」


 子供はまだあまり敗戦ということを理解できていないのか不思議な顔をしている。

だがその母親を含め王都の大人は皆「敗戦」ということを戦車を見て強く感じた。

彼らの中には様々な複雑な感情が渦巻いている。


「じゃあパパは? 戦争に行ったお父さんはどうなったの?」


 子供は戦争に行った父親のことを思い出し、不安そうな顔で尋ねる。

だが母親はその質問には答えず、しゃがんで子供の頭をなでた。

だが子供はその母親の目尻に涙が滲んでいるのを見つけ、それを人差し指で拭き取った。


「大丈夫……大丈夫だから。あなたは私があの人の分も愛情を注いで育てるわ……」


「ママぁ、苦しいよう」


 母親は子供を胸にぎゅっと抱き寄せる。

母親の目から溢れる涙が子どもの服を濡らした。

子供は何かを察したのか、母親の包容を素直に受け入れた。





「またこれは……えらい豪華な城だなぁ」


 俺は占領下にある敵の王城を仮の拠点と定め接収した。

城の入口をくぐるやいなや目の前には豪華絢爛な玄関ホールが現れた。

中は大理石や金で装飾され、天井のシャンデリアが城内を照らしている。


 俺はその豪華さに魅了され、部屋の隅々のものまで見て回った。

部屋の柱から敷かれている絨毯まで精巧な細工が施されている。

一体建設にはいくらかかったのであろうか……。


「よ……ようこそ……イレーネ帝国皇帝……様」


 後ろから呼ばれたような気がしたので、俺はくるりと後ろを振り返った。

後ろには使用人やメイドの服に身を包んだ男女が立っていた。

だが彼らは緊張しているのか足がガクガク震えていた。


「そんなに怯えることはないよ。俺が君たちを殺すことはないのだから」


「はっ、ありがとうございます……で、私共になにかお手伝いできることはないでしょうか」


 先程よりも自然なトーンで彼は俺に質問する。

それにしてもなにか手伝えることか……

あ、そうだ。ひとつだけ手伝ってほしいことがあるんだった。


「それならばいくつか質問させてもらおうか、良いかな?」


「勿論です。なんでもお聞きください」


「じゃあ聞くが、この戦争を始めたのは一体誰だ?」


 その質問に周囲はざわつき、口々に自分の思う人を上げていく。

だがそれを彼は抑えて静かな状態を作り出す。

彼の口から出てきた答えはこうだ。


「ロネ=ヴェルデンブラントとその部下の文官たちです」


 ロネはなんとなく王であるのだろうと思ったが、文官とは一体どういうことだろうか。

俺の知る限り文官は戦地で戦うようなものではない。

それに軍事の専門家でもない文官に戦争などできっこないと思うが。


「なぜ文官なのだ? 武官ではいけなかったのか?」


「私もそう思いますが……あ、そうそう、そういえばあの人たちは皆不思議な飴を舐めていましたね。その飴のおかげで指揮もできるとかなんとか……」


 飴? 飴ぐらい誰でも舐めるんじゃあないだろうか。

でも不思議なと言うだけあって普通とは少し違うのかもしれん。

なんだかその飴が気になってきたな、よし、実際に持ってきてもらおうか。


「ではお願いだ。今王都にいるすべての文官をこの城に集めてくれ」


「分かりました。すぐに使用人たちに伝えて集めさせましょう。少々時間をください」


「勿論構わない。よろしく頼んだよ」


「はい」


 使用人たちは散り散りになって王都中の文官の屋敷の門を叩きに走り回る。

俺はその間に部屋を移動し、玉座のある部屋へと移った。

俺は玉座に腰掛け、文官たちの到着を待つ。





「ルフレイ様、文官たちが揃いました」


「了解、ありがとう」


 俺は文官たちを玉座から見おろす。

彼らはもれなく身長が低く太っており、戦闘に適した体だとは言い難い。

なぜこんな人間が戦争の指揮を取っていたのか謎でしかない。


「私はイレーネ帝国の皇帝、ルフレイだ。今回は君たちに聞きたいことがあってきてもらったのだ」


 俺は玉座から立ち上がり、文官たちに話しかける。

彼らは俺に向かって何度も何度もお辞儀をした。

俺は彼らにとりあえず座るよういい、全員が話し合いの体制をとる。


「では質問だ。お前たちは不思議なアメを持っていると言うがそれはなんだ?」


 俺は彼らに問いかける。

だが彼らはそのことについて中々切り出してくれなかった。

俺はそんな彼らの顔を眺めていると、ふと見覚えのある顔を見つけた。


「おいお前、前にあった外交官じゃないか? 名前は確か……そうそう、グレマンサーだ」


 グレマンサーは体をピクッとさせて顔を上げる。

俺は玉座の前へと彼を連れてくるように使用人に頼んだ。

彼はトボトボと階段を上がってき、俺の前にたった。


「久しぶりだなグレマンサー、あれからは元気にしてたのか?」


「え、えぇ……おかげさまで」


「それは良かった。で、飴は?」


 彼は飴という言葉を聞くとピクッと体を震わせる。

そんなに飴について話すのが嫌なのだろうか。

そう思っていると、グレマンサーがぽつりぽつりと話し始める。


「これは自分の知能を向上させることができる特別な飴だ……です」


 知能を向上させることのできる飴、こいつら文官は飴の力を借りて地位を上げていったのか。

そう思っていると、グレマンサーの顔色がさっきよりも悪くなっている気がした。

何かあるのか効くと、彼はひとつ質問をしてきた。


「今は何時だ……ですか?」


「今か? 今は9時だが……!!」


 9時だと聞いたグレマンサーの顔色が一気に青ざめる。

彼は喉に手を当てて悶え始めた。

何事かと思っていると、他の文官たちも悶え始める。


「はぁっ、はぁっ……時間が来てしまった……ロネ様が追加の飴をもって……我々に残された飴はひとつもなく……もう……だめ……だ……」


 グレマンサーはそう言うと泡を吐き、ドサッと倒れる。

俺は彼を抱え起こして介抱したが、全く意味をなさなかった。

下の文官たちも悶え苦しみ死んでいく。

俺には何が起こったのかさっぱり分からなかった。


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