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第117話 親不孝

「毎回思うが、戦場は悲惨だな……」


 ベルントから敵部隊殲滅の報を聞いた俺は、丘から平原に降りてきた。

そこには大量の死体が散乱しており、少し前までは草で緑であった平原が赤く染まっている。

俺は死体の山に足をおろして歩く。


 足の下からはグチャグチャとした感触が伝わってき、鼻には血の匂いが突き抜けた。

俺は下を見ながらゆっくりと歩いていく。

すると俺は興味深いものを見つけた。


「これはあの弓使いの持っていた弓か……」


 俺は弓を拾って持ち上げる。

弓を握っていた腕もついてきたので俺はそれを振り払い弓を眺める。

それは昔テレビか何かで見たコンパウンドボウのような弓だった。


「司令、それはコンパウンドボウでは? コンパウンドボウは地球でも1966年に出来た近代的な弓ですが……なぜそんなものがここにあるのでしょうね」


 確かに言われてみればそうとも言える。

滑車やてこの原理、複合材料を駆使して作られているこの弓は近代物理、科学の知恵あってこそのものだ。

それをこの時代の人間が作れるとはなぁ。


 とか思って眺めていると、なんだか見たことのある文字が記載されていた。

その文字はこの世界の文字ではなくアルファベットで”Browchester”と書かれていた。

アルファベットは遺跡でしか見ていないので、このコンパウントボウもまた遺跡の出土品かもな。


「司令、こんなものも見つかりましたよ」


 部隊員が2人がかりで大きなハルバードを持ってやってくる。

彼らはハルバードをよっこいせと地面においた。

そのハルバードには精巧な細工が施され、いかにも上流の人間が使っていそうなものだった。


「このハルバードは……敵の大将が最後まで振り回していた武器ですよ」


 ベルントがハルバードを眺めてそうつぶやく。

その後彼は俺にあの後の戦闘の様子を語ってくれた。

話を聞いて俺は「そんな勇敢な人間がいたのか」と思い、手を合わせた。


 そうして探索して行ってもそこには死体しかなく、生きている人間は見当たらなかった。

もはや半ば生存者の捜索は諦めていたが、ふと前を見ると怪我のないきれいな人間が転がっている。

よくよくみるとその男は俺が狙撃した盾持ちの男だった。


「司令! この男、生きています!」


 ベルントが心音を確認し興奮する。

だが狙撃の衝撃で脳震盪を起こしていて目が覚める様子はない。

俺はベルントとともに彼を抱え、死体の山を引き返していく。


 とりあえず生きていることを確認した彼をストライカーにぶち込みドアを締めておく。

残った死体たちは部隊員が火炎放射器で燃やしている。

しばらく燃やすと死体は綺麗サッパリなくなり、後には大量の魔石だけが残った。


 その魔石たちも爆破処理され、もはや戦闘の跡は無くなった。

戦闘開始から1時間、空には朝日が輝いていた。

俺たちは戦場を後にし、先へと進んでいく。





「ロネ様、到着いたしました。トロイエブルフ城です」


 ヴェルデンブラント王城から脱出したロネは、近衛隊に護衛されて西へ西へと移動していた。

そしてたどり着いたトロイエブルフ城、ここはミトフェ―ラ王国との国境付近にある。

周りは砂漠で進軍が非常に困難となっている。


「あぁありがとう。よくやってくれたね」


「ははっ、もったいなき御言葉で」


 ロネはトロイエブルク城の城内へと歩いていく。

その横を近衛隊隊長のクリストフが歩く。

クリストフは横を歩くロネに質問を投げかける。


「そういえば弟君のマクシミリアン様は連れてこなくてよかったのですか?」


 その言葉を聞いたロネはすっとクリストフの方を向く。

一瞬恐ろしい顔をしていたが、すぐににこっと笑った。

だがクリストフはゾッとして背筋に何か冷たいものが走った。


「あぁ、マクシミリアンね。あれは今頃野垂れ死んでいるか、飢えにあえいでいるかのどちらかじゃないか?」


 ロネのあまりにも衝撃的な発言にクリストフは自分の耳を疑った。

だが彼の耳は確かで、ロネは間違いなくそう言った。

ロネは話を続ける。


「あいつは学園を退学処分になったが、なぜだか知っているか?」


「いえ、マクシミリアン様が退学になられたのは知っておりますが理由までは……」


「まぁ隠蔽していたから知らなくて当然だな。あいつはルクスタント王国の王女、今の女王に不貞な行為を働くのを助けていたらしい。詳しいことはよく分かっていないがな」


 そんな事があったのかとクリストスは思う。

だがそれだけではマクシミリアンが追い出されるだけの理由にはならないと思った。

気になった彼は「それだけですか?」と聞いてみた。


「まぁそれだけと言えばそれだけだな。後は……あ、後は世継ぎ問題というのもあるな」


「世継ぎ問題、アルブレヒト様のですか?」


「そうだ。今は父上は病気だということにしているが、知っている通りピンピンに生きている。だがいつかは殺さないと俺が王になることは出来ない。問題は殺したあとに起きる世継ぎ問題だ」


 クリストスはじっとロネの顔を見つめる。

そんな彼のことを気にすることはなく、ロネは話を続ける。


「俺とあいつとで言うと、正直に言ってあいつのほうが俺よりも武芸の才に恵まれている。この国は元来より軍というものを重視してきただけあり国民からの人気はあいつが得るだろう。だから先に潰したんだよ」


 ただただそれだけの理由で……とクリストフは思った。

この砦に逃げてきている時点でもはや世継ぎうんぬんかんぬんを言っていられるような状況ではない。

だがロネがそのことを理解できる日はついになかった。


「おや、そろそろ時間だな」


 そう言ってロネは見覚えのある黄色い飴を取り出し口に放り込む。

カラコロと口の中で飴を転がした後、彼は飴を噛み砕いて飲み込んだ。

その様子をクリストフは怪訝な表情で眺める。


「ロネ様、最近の文官などがその飴を舐めていますが一体何なのですか」


「これか? これはなぁ、まぁ頭の回転が早くなる魔法のような薬だ。お前もひとつ舐めてみるか?」


「いえ……遠慮しておきます」


 クリストフは飴を食べることを拒否した。

その言葉を聞いたときのロネの顔は「残念」という表情の顔だった。

だが少し立つと険しい顔になり、更にもう少しすると今度はぱっと明るくなった。


「そうだ、これか! この策があれば戦争など容易に勝てるではないか!」


 飴の効果なのか、ロネの頭に革新的なアイデアが思い浮かぶ。

思いつたからにはいても立ってもいられなくなったロネは、反対のポケットから通信珠を取り出した。

彼はその通信珠に何かを笑顔で話しかけ、会話は弾んでいるようであった。


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