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第108話 囚われの戦士

「国王、アルブレヒト陛下のおなーりー」


 久しぶりに王宮の中に響く国王入場の声。

玉座の後ろにある重厚な木製の扉が開き、中からきちんとした服装に着替えた国王が現れた。

そこには筋トレ大好きおじさんの姿はなく、威厳にたっぷりと満ちた王がいた。

臣下たちは皆床に片腕と片膝をつけてひざまずく。


「よい、楽にしろ」


 国王、もといアルブレヒトはそう言い、ドカッと玉座に座った。

臣下もそれに合わせて立ち上がり、国王の方を見つめる。

だが彼は目を凝らして誰かを探しているようだ。


「おい、私の忠臣であるアイゼンバッハ、ドルンベルク、シュトラッサー、エンフェルスが見えないな。いつもならば前に立っているはずだが……」


「ええとですね陛下、アイゼンバッハ、ドルンベルク両司令官様はロネ様の文官優遇政策に反発して投獄、現在地下の牢に収監されております。そしてシュトラッサー、エンフェルス両司令官は戦死されたと見積もられております」


 アルブレヒトの隣に立つ、宰相のカール=ハイデンは冷や汗をかきながらそういう。

その言葉を聞いたアルブレヒトは、カールをぎろっと見つめた。

そして彼は玉座から立ち上がり、カールの胸ぐらをがっと掴んだ。


「ひっ、陛下……」


「今何といった……? アイゼンバッハにドルンベルクは牢に収監、さらにはシュトラッサーにエンフェルスは戦死だと……? そもそもなぜお前のような文官がこんなところに立っておるのだァ! ここはヴェルデンブラント第二王国、勇敢なる戦士の国の玉座の段だぞ!」


 アルブレヒトは掴んだカールを脇に放り投げた。

カールはよろけて玉座の段から転げ落ち、おいてある花瓶にぶつかって止まった。

その花瓶の割れるさまを見て、アルブレヒトは少し正気に戻った。


「すまない、忠臣を失ったことにより少し気が動転してしまった。で、なぜ2人は戦死したのか、他の2人は収監されているのか原因のわかるものは述べてみよ」


 カールはよろよろと立ち上がり、アルブレヒトに頭を下げる。

アルブレヒトはその様子を少し鬱陶しそうに眺めた。

その目線にカールは委縮しながらもことの詳細を話す。


「まずはシュトラッサー殿とエンフェルス殿ですが、エンフェルス殿はルクスタント王国を攻略しに行っていましたが、途中の地点でイレーネ帝国とやらの攻撃を受けて壊滅したと脱走兵の証言から明らかになっています」


「あの勇敢なエンフェルスが簡単にやられるとは思えんのだがな……彼の死因は分かるか?」


「はい、エンフェルス殿の死因ですが、見慣れぬ鉄製の翼竜のようなもので攻撃されたと伝えられております。その翼竜は不気味な音を立てて大群で飛来し、通り過ぎるころにはあたりで大爆発が起きたと」


 ふむむ……とアルブレヒトは腕を組んで考え込む。

彼の頭の中には、大空を飛ぶ鉄製の翼竜の姿があった。

それは彼が幼い頃に読んだ聖書を絵本化したものに乗っていた挿絵であった。


 黒き翼を広げた鉄の竜は災いを高空よりもたらし、その災いをうけた町は皆燃え落ちる――

イズン教の聖書の大陸間戦争の章に登場する、この世界の者ならば誰もが知っていることだ。

そんなものは迷信に過ぎないと信じているアルブレヒトであったが、絵本の内容は彼の頭から抜けることはなかった。


「—―ですので……陛下、聞いておられますか?」


「……! あ、あぁすまん、少し考え事をしていた。もう一度言ってもらえるか?」


「承知いたしました。次にシュトラッサー殿ですが、国境警備のためにグリュンヴァルト城塞にて待機を命令していましたが、その城塞が先日同じく鉄製の翼竜の攻撃を受けて瞬く間に崩壊、火は3日間燃え続けたと住民からの知らせがあり、そこから死亡されたと推測しています」


 アルブレヒトは手で額を抑えた。

グリュンヴァルト城塞が崩れ落ちるほどの攻撃を受けているのならばきっと死んでいるだろうと彼はあきらめた。

心の中で2人の冥福を祈りながら、次は生きているアイゼンバッハとドルンベルクに話題を移す。


「2人のことは分かった。で、次にアイゼンバッハとドルンベルクだが、2人はなぜ収監されているんだ?」


「はい、アイゼンバッハ殿とドルンベルク殿はロネ様と軍隊の指揮権に関して意見が対立し、結果的に主君に背いたということで収監という形をとることになりました」


 そうカールは説明するが、アルブレヒトはいまいち理解していなかった。

というのも、ヴェルデンブラント王国には軍会議という東西南北の司令官4人からなる一種の司令部的組織が存在し、基本的にそこで軍事に関する決定がなされる。

そして軍隊の指揮も4人の司令官が行うこととなっている。


 その軍会議は一応国家元首の意見は尊重するがあくまでも独立した機関なので、たとえ王族であろうと鑑賞できる代物ではなかった。

そのためもとより指揮権に関する意見の対立など起こるはずもなく、今までにそんなことが起こったためしもなかった。

だが実際にその対立はおき、本来指揮する側のアイゼンバッハ、ドルンベルクが収監されるという事態が起こっている。


「うーむ、どれだけ考えても指揮権に関して争う意味が分からないのだが……まぁいい、とりあえず2人を解放しに行くぞ。案内したまえ」


「は、ははっ」





 ヴェルデンブラント王国王城の地下通路。

漏れ出した地下水が廊下をひんやりと冷やし、独特な世界観を醸し出す。

そんな地下通路をアルブレヒトとカールはランタンを手に歩いていく。


「やはり地下通路は冷えるな……なぁ? ……おい、聞いているのか」


「は、はい、そうですな。ははっ」


「おいお前、顔が真っ青だぞ。体調でも悪いのか? これだから文官は……」


 顔が真っ青になっているカールは、ポケットから黄色い飴を取り出した。

そして包み紙を外して、その飴を口に入れようとする。

だが、カールが口に入れるよりも先にアルブレヒトが飴を取り上げた。


「なぜ主君の前で飴を食べようと思えるのだ。そもそも歩きながら食べるなどはしたない……」


 アルブレヒトはあきれた様子でそう呟いたが、カールは必死で飴を取り戻そうとする。

それをアルブレヒトは軽くあしらい、カールに飴を渡すことはなかった。

やがてカールは飴を取り返すのをあきらめ、のどを押さえて床にうずくまったかと思うと、泡を吹いて倒れてしまった。


「き、急に何なんだこいつは……まぁ良い、筋トレだと思って引っ張っていくか」


 アルブレヒトは気絶しているカールの襟をガッと掴む。

そして彼は襟を握ったまま前に歩き出した。

廊下には彼の足音と、カールの布の擦れる音だけが響き渡る。


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