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第107話 王の復権

「ふぅん、グリュンヴァルト城塞が崩壊、ねぇ……」


 ヴェルデンブラント王都、玉座の間。

本来は父が座るはずの玉座にロネは腰掛けていた。

そして彼はカールの秘書がもたらした情報をじっと聞いていた。


 だがロネもカールと同じく現場の指揮官に丸投げするつもりでいた。

彼自身が幼少期に病気がちであまり力がなく王位継承が危ぶまれていたこともあり、彼と対を為す昔からの王国の伝統であった”軍人優位主義”を嫌い、文官を多く採用するなど抜本的な改革を行っていた。

そしてその反動で、強力だと言われていたヴェルデンブラント軍の結束は彼の父の時代よりも劣り、兵の質も落ちていた。


 だが彼は外交の才能は他の人と比べてずば抜けて持っていた。

そのため元仮想敵国のゼーブリック王国の誇る保安隊でさえ、王国軍の弱体化に気が付いておらず、戦争を回避することに成功していた。

そんな軍事のことに関してほとんど知らないロネは、南部、西部方面軍が壊滅してもなお敵の軍隊は大したことはないと楽観視していた。


 しかし軍の半分が壊滅したとなると、ロネ自身も全く危機感を持たないということはなかった。

だが彼が心配していたのは国民や国家のことではなく、彼自身の身の安全であった。

彼は騎士ではないため、王国の文官と同じく騎士道精神は持ち合わせていない。


「ふむ、グリュンヴァルト城塞は王都ともそう離れていない。もしものことを考えて身を王都から移すとするか……」


 ロネは机の引き出しから、王城の近衛隊へとつながる魔法通信珠を持ち上げる。

彼はそして通信珠を使って何かを指示し、そして通信珠を机に直して椅子から立ち上がった。

そして彼は静かに部屋から出ていく。





「大変、ロネ様がお部屋におられません!」


「何だと!? さらわれたのかもしれん、証拠でもなんでも探せぇ!」


 翌日の朝、いつも通りにロネを起こしに来たメイドが部屋に彼がいないことに気が付いた。

そしてその叫び声を聞いた王城中の使用人がロネを探すために走り回る。

だがその奮闘空しく、ロネを見つけ出すことは出来なかった。


「おい、近衛隊もいなくなっているぞ!」


 近衛隊にも捜索のお願いに行った使用人が、その宿舎にいるはずの近衛隊がもぬけの殻になっていることに気が付いた。

その報告を聞いた使用人たちは驚きに包まれる。

そして彼ら心の中には、ロネが近衛隊を引き連れて脱出したのではないかと考えるものも現れた。


「まさかロネ様は……我々を残してお逃げになったのでは?」


「そんな滅多なことを言うな!」


「だがそれ以外に何が考えられる? 近衛隊がいなくなっているのもロネ様についていったからだとしたら?」


「ロネ様自ら軍を率いて敵を討ちにいかれたのかもしれん」


「ならばもっと派手に出陣するだろう、そうであるならばなぜ夜中に出陣したのだ?」


「「「「……」」」」


 その一言により、使用人たちは黙りこくってしまった。

そして一部のものは、ロネが逃げるほど敵は恐ろしいのか、そして城を守る近衛隊がいなくなった今、この城が襲われたらどうなるのかと考え、その結果に泣き出すものもいた。

そしてそれらの人々を全員が慰めると同時に、使用人の中には反ロネ的感情が湧き出してきた。


「ロネ様は我々を見捨てられた、ならばこれから我々は誰を頼ればいいのだ?」


 使用人たちはもはや自分が使えるべき相手を見失った。

もはや彼らには使えるべき主人も、そして仕えているこの城にも主人はいなかった。

いなかった、そう彼らは思っていたのだが……


「そういえば、ロネ様が病弱だと言って部屋に押し込めていると、我々に話題に出さないように言っていた”あの人”であれば……」


「あの人……国王陛下か」


「あぁ。国王陛下であれば我らを助けて下さるかもしれん」


 使用人の中には、顔も見たことのない国王のことが思い出されていた。

彼ならば自分たちをまとめるのに最適、そう彼らは一瞬思ったが……


「だが我々は何年もあの人を無視して部屋に押し込めていたのだぞ。それで我らを恨みはすれど助けて下さるとは思えないが……」


 使用人たちは国王が助けてくれるのかどうか半信半疑であった。

だが何もしないわけにもいかない、と彼らは思った。

そして使用人の中から勇気のある2人の男が、国王の幽閉されている部屋を訪れることとなった。





「あぁ……緊張する……」


「それはお互い様だ。よし……ノックするぞ」


 2人はゴクリとつばを飲み込んだ。

その音はしんとした廊下に響き渡った。

そして彼らは意を決し、扉をノックした。


 コンコン……


「うむ、入りなさい」


 2人はその声に驚いた。

ロネからはずっと「国王陛下は病気で床に臥せられている」と聞いていたのに、帰ってきた声は元気ではきはきとしていたからだ。

驚きながらも、2人は恐る恐る扉を開き、中に入っていった。


「し、失礼しまーす……」


「うむ、苦しゅうないぞ」


「「え」」


 部屋に入った2人の目に入ってきたのは、汗を垂らして腕立て伏せをする40過ぎのおじさんであった。

そして国王は部屋に2人入ってきたというのにまだ腕立て伏せをしている。

2人は仕方がなく腕立て伏せをしている王の隣に座った。


「で、幽閉されている身である余に何の用だね?」


 国王は2人の使用人を見つめながら腕立て伏せを続ける。

使用人はロネからは国王は病気だと聞いていた。

2人はその様子に少し困惑しながら、国王に話しかけた。


「まずは……」


「ロネ様に命令されていたとはいえ長年無視してきた無礼、お許しください!」


 2人は頭を血が出るほどに床にこすりつける。

だがそんな彼らのことは気にせず、国王は腕立て伏せをしながらははっとわらった。

そして彼は腕立て伏せをやめ、ドカッと胡坐をかいて座った。


「それは構わんよ。で、余に何の用だ?」


 2人は国王に合わせて姿勢を正す。

そして2人のうちの1人が口を開いた。


「実は、ロネ様が城より脱出された模様です」


「なんだって!? その話詳しく!」


 国王は身を乗り出して2人の使用人に聞く。

2人はその勢いに驚きながらも、首を縦に振った。

そうかといった国王は立ち上がり、威厳たっぷりの口調で命令した。


「よし、今すぐに王都内の部下を招集しろ! 私が再び王座に帰るぞ」


「は、ははーっ!」


 2人は頭を再び下げ、部屋から出て行った。


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