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第106話 無能な中枢

「司令、起きてください。朝ですよ」


 俺は戦車兵に呼ばれて目を覚ました。

戦車の硬い椅子に座って寝たので腰が痛い……

俺はハッチを開けて戦車の外に顔を出し、周りを見渡した。


 部隊の周りには、等間隔で敵の歩兵がぐるっと配置されていた。

この前のゼーブリック軍とは異なり自走砲で一掃というわけにもいかないな。

さすがはヴェルデンブラント軍、といったところであろうか。


 だがこちらも昨日とは違って兵器を自由に使うことができる。

こちらの部隊は俺の乗っている戦車を中心にまわりをぐるっと円形に囲っている。

これじゃあ俺が守られているみたいだな。


「なぁ、俺たちのエイブラムスが前に出ることはできるか?」


 俺は下の戦車兵に問いかける。

すると彼は驚いたような顔つきで答えた。


「えぇ、それはもちろん出来ますが……でも司令はこの部隊の総司令官ですから守られていたほうが良いだろうと司令が寝ている間に全員で考えたのですが……」


「俺の身なら全然大丈夫だ。それに指揮官が先頭でないと部下たちに示しがつかないだろう?」


「そんなことはないと思いますが……ですが前に行きたいのであれば行くことは可能です」


「わかった。じゃあ前に出てくれ」


 俺は無理を言って前に出してもらうことにした。

部隊のみんなが俺の身を案じてくれるのは嬉しいが、俺のモットーは指揮官先頭なので前に出させてもらう。

俺の乗ったエイブラムスは部隊の最外周まで前進した。


 俺の乗ったエイブタムスが最外周より外に出ると、それにつられて敵の部隊も少し包囲の輪を縮めた。

俺の前には騎馬部隊が陣取り、俺の方に向かって今にも駆け出しそうな状態で待機している。

もしや俺が指揮官だとわかっているのか? あ、そういえばエイブラムスに八紘一宇の旗が翻っているから目立っているのか……


 そして彼らはどんどんと包囲を縮める。

そして距離が700Mぐらいまで狭まったところで、敵の大将と思われる人物が剣を掲げた。

それに呼応し、他の兵士たちも声を張り上げる。


「司令、そろそろ攻撃の許可を……」


「そうだな、よし……」


 俺は胸いっぱいに息を吸い込む。

時を同じくして、相手方の大将も息を吸い込んだ。

そして2人は同時に声を発する。


「「全軍、突撃ぃ!」」


 その掛け声とともに、両軍は一気に動いた。

ヴェルデンブラント軍は密集隊形を組んでこちら側に走ってくる。

だが彼らは槍ではなく剣を手に持っていた。


 これは司令官のシュトラッサーが考えついた戦術であった。

彼は戦車の中には人が乗り込んでいることをこの前に知り、その搭乗員を攻撃することが最適だと判断した。

そのために普段は護身用としてしか出番のない剣を持たせて立ち回りを良くしている。


 一方で俺たちはハッチからからだを出し、車載されている重機関銃を発射した。

槍を彼らが持っていたとしたら遠距離から刺されたかもしれないが、幸いにも彼らの装備は剣なのでそこまでの脅威にはならない。


 俺は敵の兵士に狙いを定めて重機関銃をぶっ放しまくった。

敵兵は密集しているので、排出された薬莢と同じぐらいの人数が地面に倒れ伏せる。

俺は機関銃の弾が切れたので、急いで給弾する。


 そうしている間にも敵は数に物を言わせて突き進んでくる。

このままでは流石に危ない、と思った俺は操縦手に発進するように伝える。

俺の要請に応じて、エイブラムスは敵の群れへと突っ込んでいった。


 急に動き出したエイブラムスに驚いたのか、敵兵の一部は逃げ始める。

だが大部分の敵兵は逃げることなく、エイブラムスに迫ってくる。

そして、ついにエイブラムスと敵兵の群れが激突した。


 だが、激突したところでどうなるのかは分かりきったところであった。

エイブラムスは敵兵を轢き潰し、死体の上を前進する。

その時に骨の砕ける「ゴリゴリッ」という嫌な音が聞こえてきた。


 こうしてエイブラムスたち戦車隊は全車敵の包囲網から脱出することが出来た。

だがまだ残っている敵から自走砲やロケット砲を守るためにブラッドレーとストライカー装甲車は動かなかった。

こうして逆に敵を包み込む立場になった俺は、隷下の部隊に攻撃命令を出した。


 敵兵は外側と内側から強烈な機関砲弾を浴びることになり、先程よりも更に増して死傷者が増加することとなった。

多くの死体は直径の大きな穴が無数に空き、そこから見えてはいけないものが覗いている。

やがてあれほどいたと思っていた敵も、あっという間にほとんどが死亡していた。


 騎馬隊のものと思われる馬も倒れ伏しており、勝敗は明らかであった。

これほどまでに現代兵器は強いのかと、俺は改めてそう思った。

このまま行けば世界の紛争も抑えられそうだな。


 そして俺はこの前のときと同じく死体を一箇所に集め、燃やすように命じた。

燃えた後には多数の魔石が散乱しており、中には灰になった死体もあった。

そしてそこに1発銃弾を打ち込み、すべての魔石を誘爆させる。


 大きな音とともにかつて敵兵士であった魔石は跡形もなく消し飛んだ。

俺は死んでいった敵の兵士の冥福を祈る。

だがこうしてばかりでもいられないので、更に先へと俺は軍を動かす。





 コンコン……


「カール様、お伝えしたいことがございます」


「構わん、入ってきなさい」


 失礼いたします、と言ってカールの書斎に彼の秘書が入ってくる。

秘書はカールの書斎机の前に立ち、一礼する。

そうした後、秘書は預かってきた情報を彼に伝えた。


「グリュンヴァルトの周辺に住む複数の住民より寄せられた情報です。先日の夕方にグリュンヴァルト城塞から西部方面軍が出発、そしてその少し後に城塞は敵の攻撃に晒され呆気なく崩壊した、とのことです」


「なに、グリュンヴァルト城塞が? あそこは対ゼーブリック用の城塞として、王国にいくつも存在する城塞の中でもトップクラスの防御力を持っているはずであるが。その情報は本当なのか?」


「商人や農民、その地方の貴族なども目撃しており信憑性はかなり高いかと。そして上空に現れた奇怪な見た目の翼竜が何やら黒い物を複数投下、それが当たると大爆発を引き起こしたとのことです」


 命中すれば大爆発、カールは砲弾の存在は知っているが爆弾はまだ知らない。

そのため彼は敵が大きな魔石を落としたのであろうと考えた。

1人で納得すると、彼は秘書に伝えた。


「了解した。そのことについては殿下に報告するとともに西部方面軍の援護に向かっているその他軍の司令官に通達、各自で戦略を練るように伝えろ」


「カール様はお考えにならないのですか?」


「あぁ、儂は軍の実権を実質的に握ってはいるが実際には戦の素人だ。だから何が起こっても現場の責任にできるようにしているのだよ」


 「左様ですか」といって秘書は頭を下げた。

そしてカールの伝言を伝えに行こうと部屋を出ようとする。

そんな秘書をカールは見つめながら、物思いにふけっていた。


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