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第105話 予期せぬ攻撃

 対空砲から放たれた砲弾はまっすぐにこちらに向かって突き進んでくる。

この攻撃方法こそ、西部方面軍司令官のシュトラッサーの編み出した秘技であった。

そのために彼はわざわざ重たい対空砲を牽引してきたのだ。


 そして見事に、砲身から放たれた攻撃は、俺の意表を突くことに成功した。

かなりの近距離であったため俺は防御魔法を展開することが出来なかった。

砲弾は空気を切り裂き、そして戦車に命中する。


 カァァァァン!


 砲弾は危ないことに、戦車の前部装甲に命中した。

だがさすが現代戦車、装甲を貫通することは出来ずに砲弾は弾き返され、弾き返された砲弾はクルクルと上空に飛んでいった。

だが弾かれた砲弾一部は破片となり、その破片は周りに拡散し、さらに俺の頬を切り裂いた。


「ぐっ……」


 切り裂かれた頬からは、赤い血がたらりと流れ出す。

ズキズキと痛む傷を俺は軍服の袖で押さえた。

流れ出したちはゆっくりと軍服に染み込んでいく。


「司令、大丈夫ですか!?」


「あぁ、少しばかりかすっただけだ。それよりも前に居座っている対空砲を破壊してくれ」


「了解いたしました。てぇーっ!」


 最前列を進んでいた、唯一味方を考慮せずに攻撃ができる俺の乗っているエイブラムスの主砲がお返しの火を吹く。

砲弾は砲身内で加速し、対空砲にめがけて飛んでいく。

そのまま砲弾は対空砲に直撃し、対空砲は後部の弾薬共々爆発四散した。


「これで対空砲は片付いたが……」


 俺は周りをぐるっと見渡した。

森の木々に隠れて見えづらいが、俺たちは前と右左をぐるりと囲まれている。

そしてその包囲の輪はじりじりと迫ってきていた。


 森の敵兵に対してはどうしても射線が切れてしまうので攻撃を行うことが出来ない。

そして近接戦闘では槍や剣を持って集団で突撃を仕掛けてくる彼らのほうが上だろう。

さて、かくなる上は……


「全車に告ぐ。部隊は全力で前進、快速を持って森を走破しこの窮地を脱する。我が車に続け!」


 俺の乗るエイブラムスはエンジンを全開に、小道を全速力で走破し始めた。

後ろの車列もそれに続いて全力で追従してくる。

突然の前進に敵は驚き呆れているようであった。


 エイブラムスは前方に展開していた敵部隊に突撃、敵兵は蜘蛛の子を散らすように森の中へと逃げ始めた。

だが彼らがこのまま俺との戦闘を回避してルクスタント王国に攻め入っても面倒なので、俺はある秘策を繰り出す。

俺は息をたっぷりと吸って、そして大声で叫んだ。


「ヴェルデンブラントの兵士たちよ! 貴様らが勇敢であると言うなら、我々についてこい! ついた先で勝負といこうじゃないか。来なければ貴様らヴェルデンブラント軍はそんなものだと思うからな!」


 聞こえたか聞こえていないかはわからない。

俺がそう大声で叫んている間、エイブラムスは包囲を突破していた。

そして全車が包囲を脱し、全速力で小道の出口を求めて突き進む。





 戦車が突撃してきたことを見たシュトラッサーは危険を感じ取り、森の茂みの中に逃げ込んでいた。

彼は森の中から通り過ぎていく戦車や戦闘車の車列をじっと見つめる。

全車が通過した後、彼は茂みから出た。


 同じく退避していた他の兵士たちも続々と茂みから出てくる。

彼らは自分の見たものを半分信じられないという目で見ていた。

兵士たちは班ごとに固まり、口々に目にしたものについて話し合う。


「なぁ副長、最新兵器の砲の攻撃が効かなかったあの敵の兵器のこと、どう思う?」


 シュトラッサーも兵士たちと同じく戦車に対し興味を持っていた。

彼は隣に立っている副長と呼ばれる男に話しかける。

副長は少し考えた後、シュトラッサーの質問に答えた。


「そうですね、はっきり言って恐ろしい兵器であるかと。私は初めてこの部隊に対空砲が来たときにその威力に驚きましたが、今回の驚きはそれ以上のものです」


 副長にそう言われたシュトラッサーは、初めて西部方面軍に対空砲が届いたときのことを思い出していた。

砲を見たときに、それを水平打ちするように提案したのは他ならぬシュトラッサー本人であった。

試し打ちで発射されたその砲弾は、用意された目標を軽々と貫通した。


 シュトラッサーはその試し打ちの成果を見て大いに喜んでいた。

この兵器こそ新しい時代の兵器であると彼は確信した。

だがその必殺の一撃は、戦車の前部装甲をもってして用意に防御されてしまった。


「司令、進言させていただきます。あの敵から煽られましたが、深追いはしないほうがよろしいと思います。あの兵器を見ても分かる通り我々の現有戦力では対処不可能でしょうし、このままスルーしてルクスタント王国を攻撃する方だよろしいかと」


 副長は通り過ぎていった敵を追わないようにとシュトラッサーに進言した。

だが残念ながらシュトラッサーは煽られて我慢していられるような男ではなかった。

彼の脳内は戦車たちに対する怒りしかなかった。


「何を言っている副長。売られた喧嘩は買うまでだ。追うぞ」


「それでは……」


「どうもこうも関係ない。お前は自国をバカにされて黙っていられるような人間なのか? わかったならば黙ってついてこい」


 そう言うとシュトラッサーは愛馬にまたがって戦車部隊を追うために部隊の先頭に立った。

彼をおいて1人別行動をするわけにもいかないので、副長も渋々彼についていく。

その様子を見た他の兵たちもぞろぞろとヴェルデンブラント側に向かって歩き始めた。





 なんとか小道を全速力で脱出することに成功し、部隊は平原に出た。

平原に出ると一番に目に入ってきたのは、大きく燃えあがる炎であった。

夜の闇にひときわ輝くその炎は、航空隊が攻撃した城塞の燃え上がる炎であった。


 部隊はその炎を背景に、森から出てくるであろう敵を待ち構える。

戦車は砲身を後ろに向けたままゆっくりと後ろに下がって陣地を構築する。

だが少しに待っても、敵の部隊がやってくることはなかった。


「なぁ、敵部隊が一向にこないんだが……」


「司令、それは当たり前のことでは? 歩兵と戦車とでは速度に差がありすぎますよ。敵部隊が到着するのは早くても明日の朝でしょうね」


 そうか、そういえば歩兵の足は遅かったな……

こんな単純なことを忘れるとは、どうやら俺は疲れているらしいな。

敵もまだ来ないとのことだし、少し仮眠でも取るか。


「悪いが俺は少し寝させてもらう。朝になったら起こしてくれ」


「了解いたしました。戦車内なので寝心地は最悪だと思いますが、少しは疲れが取れると良いですね」


 俺は戦車長の席に座って目をつぶった。


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