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第95話 怪しげな黄色い飴

 ヴェルデンブラント王宮。

宮殿内の王の間では会合が開かれていた。

だが王はロネにより幽閉されているため、玉座の主は不在であった。


 王以外のヴェルデンブラントの重役が集まって話し合いを行う。

そのトップはもちろんロネだが、彼自身はあまり発言することなく軍を率いる軍人と内政を担当する文官による話し合いをただ眺めていた。


 議題はルクスタント王国王都付近に迫っていたヴェルデンブラント軍の壊滅、そしてゼーブリック王国に潜入しているヴェルデンブラントの諜報員が得たゼーブリック海軍の壊滅、泊地の占領などの情報を織り交ぜた内容であった。


 軍側も内政側も双方ともに戦争を継続する意思は変わっていなかったが、方針について対立があった。

軍側は騎士道精神にのっとりゼーブリック王国に軍を派遣して共同で防衛にあたるべき、そしてルクスタント王国への攻勢は継続するべきとの主張を行っている。


 一方で内政側はゼーブリック王国は見捨てて敵軍を領土内に誘引、一気に殲滅にあたるべきだと説いた。

その過程でルクスタント王国からもいったん手を引いてその戦力を加えた部隊での迎撃を行うべきだとしている。

そして迎撃し終えた後に再度侵攻するべしとのことだ。


「何を言っている、同盟国を見捨てる気か!」


 ヴェルデンブラント軍西部方面司令官のディーター=シュトラッサーは叫ぶ。

ヴェルデンブラントは東西南北のそれぞれに司令官が置かれ、それらが軍を統括する仕組みになっていた。

そして彼らは騎士道精神は持ちつつも騎士の一騎打ちなどの古い考えからは脱却し、歩兵部隊による集団戦闘を行う組織へと変化させていっていた。

その体制のおかげもあってヴェルデンブラントは他国よりも一歩も二歩も先を行くレベルの戦争指揮を可能にしていた。


 現在は南部方面司令官がルクスタント王国へと増援部隊を自ら率いて出撃しているので、その場には東西北部方面の司令官が集まっている。

彼らは全員同じ考えをもって内政側に反発していた。


 一方で内政側は軍部の意見に真っ向から反対する。

彼らは軍人ではなく戦地に立ったこともないために、軍人の持つ騎士道精神は持ちああせていなかった。

そして内政組はロネから優遇されており、軍人たちは皆内政組を通さないと動けない状態が作り上げられていたので、必然的に内政組のほうが優位であった。


 そんな内政組の中で一番の発言力を持っているのは、王国宰相のカール=ハイデンであった。

彼は下部に位置する外務局、そしてそれのさらに下部組織として位置している王国諜報部から得られる情報をコントロールし、会議を有利に進めていくことが得意であった。


 カールは正直ゼーブリック王国のことはどうでもいいと考えていた。

それよりも彼にとって大事であったことはヴェルデンブラントの利益であった。

それらの要件を考えたうえで、彼は軍部の意見に反対を続ける。


「だからやはり援軍を……」


「何度も言っているが援軍は出さない、これは決定事項だ……おっと、時間だな」


「は? 時間?」


 シュトラッサーが不思議な顔をしているのを横目に、カールはポケットからなにか紙に包まれたものを取り出す。

その中に包まれていたのは、黄色い透き通った飴のようなものであった。

彼はそれを口の中に放り込み、そしてひと思いに噛んだ。


「おいカール宰相、今は大事な軍事会議の時間だ。そんな時に飴を食べている暇など……」


「ですがシュトラッサー殿、周りをご覧なさい?」


 シュトラッサーが言われて周りを見てみると、不思議なことに内政組は全員飴を口に放り投げた。

軍人たちはその様子を見て何事かと困惑する。

そしてあろうことかロネまでもが飴を口に放り投げた。


「ロネ様まで……その飴は一体何なのだ?」


 シュトラッサーがそう聞くも、カールは笑って返した。


「これは”食べると脳が冴える飴”だ。ロネ様が好意で我ら文官に配ってくださっている。だが残念ながらお前たちの分はないがな」


「おい、もう飴の話はいいだろう。それよりも議論を続けろ」


「ふふ、そうですなロネ様」


 なんだか焦った様子のロネに注意されて飴の話が終わった後も議論は泥沼状態に突入した。

どちらも自分たちの意見を曲げることはなく、ただ時間だけが過ぎていく。

そんな中、じっと話を聞いていたロネが左手をスッと上げた。


 その様子を見た両陣営は話し合いを止めてロネを見つめる。

彼は上げた手を下ろし両陣営を交互に眺める。

そして彼は口を開いていった。


「どうやら話し合いはまとまりそうにないから僕がすべてを決めることにするよ。まずゼーブリック王国への援軍は無し、見限るように。そしてルクスタント王国への侵攻は続行するように」


 そういったロネにシュトラッサーは反論する。


「しかしそれでは同盟国であるゼーブリック王国の安全が危ぶまれます。騎士道精神にのっとり救いの手を差し伸べるべきかと」


 だがそう言ったシュトラッサーにロネは返す。


「確かにゼーブリックは同盟国だ。だが本国の防衛のほうが同盟国の防衛よりもはるかに大事だ。未知の兵器を相手が使ってくる以上ヴェルデンブラントの防御を固めた方が良い。分かったか?」


 ロネの厳しくはないがどこか底知れぬ恐怖を含んだ話し方にシュトラッサーは思わず首を縦に振る。

内政組たちもロネの発言を聞いて反論することはせず、会議はロネの鶴の一声で終了となった。


 会議の結果、ヴェルデンブラントは自国の防衛に努めつつもルクスタントへの攻撃は止めないこととなった。

そしてゼーブリックへ回すはずであった秘匿兵器を自国内での使用に変更して防衛力の充実を図る。

そして西部方面軍司令官としてシュトラッサーは国境付近に防衛線をはるために出撃した。





 ヴェルデンブラントがゼーブリックへの援助中止を決定したころ、ゼーブリック王都の中央軍司令部ではイレーネ帝国軍への迎撃作戦が考えられていた。

泊地がとられた以上上陸した部隊が本土へと侵攻してくることは明白で、もちうる陸軍兵力のすべてを結集して防衛することとしている。


「ではカンプエベーネはどうですかな? 平野が広がっていますし歩兵部隊を展開するのには最適かと」


 陸軍軍人の1人が地図上の平野を指し示す。

そこは王都と泊地のちょうど中間あたりに位置する平野で、戦闘を行うにはもってこいな場所と考えた。

そんな彼のさした場所を眺めてフェルディナントは答える。


「なるほど、悪くない選択じゃろう。だが実際問題我が国の陸軍戦力はどれほど残っているのだ? フォアフェルシュタット周辺に展開していた部隊は全滅、増援部隊も壊滅したそうじゃないか」


 フェルディナントの質問に少し場の人間は黙りこくる。

だがそんな沈黙を破って1人の軍人が手をあげて答えた。


「わが国には歩兵が15万、騎兵が5000、魔道部隊が5000、そして戦車が100両残っています」


 彼はそう言った後一歩足を下げて元の位置に戻る。

彼の言った数はフェルディナントが想像していたものよりもはるかに少ないものであった。

因みに戦車とは馬に曳かれた台車に乗った人間が戦う兵器のことである。

フェルディナントは少し考えた後、こう答えた。


「分かった。人数不足は否めないがこの人数でどうにかしなければいかないであろう。歩兵1万とその他少数だけを王都防衛のために残して、残りは防衛に投入しよう」


 フェルディナントはその場にいるものにそう告げた。

そしてその場にいたゼーブリック軍人たちは何か胸の内にこみあげてくるものを覚えた。

この勝負が成功しなければ王国は終わる、誰もがそう思い、責任感を感じた。


「では速やかに作戦を立案、迎撃の準備を始めよ」


 フェルディナントはそう言って中央軍司令部を後にした。

残された軍人たちは早速作戦を練り始める。

彼らに残された時間はあと少しであったため、作業は急ピッチで進められた。


 そして次に日の朝、徹夜で彼らが作り上げた作戦書は早くもフェルディナントの認可を通った。

それを受けて中央軍司令部は各地に存在する陸軍部隊にカンプエベーネへの移動を指示した。

ゼーブリック王国は持てる限りの力を尽くしてイレーネ帝国の進軍を阻止しようと奮闘する。


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