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第94話 王都に舞う紙吹雪

 Z泊地の攻略から1日、俺は大和に乗ってイレーネ湾に帰投していた。

橋頭堡を確保したことにより戦車の揚陸が可能になったからだ。

よって輸送船の護衛と補給を兼ねてこちらに戻ってきている。


 分かれた第一艦隊とはZ泊地沖で合流した。

今あちらの泊地では先に上陸した部隊が防衛戦を張っている。

耐えてくれるとは思うが、一刻でも早く輸送をしないとな。


「司令、揚陸する車両の準備が完了いたしました」


 後ろから声をかけられ、俺は振り向く。

そこには戦車隊の隊長のベルントがいた。

彼にも戦車部隊を率いてゼーブリック王国へと侵攻してもらう。


「分かった。こちらも例の船を準備するよ」


 俺は海面に向かって久しぶりに【統帥】スキルを行使する。

召喚するのは前に言っていたワトソン級車両貨物輸送艦だ。


「スキル【統帥】発動、ワトソン級車両貨物輸送艦を召喚!」


 大きな光に包まれて海面に巨大な船体が姿を表す。

召喚されたワトソン級はタグボートに押されて湾内のふ頭に係留される。

そして舷側のスロープを展開し、車両たちを受け入れる準備が整った。


「よーし、順番に乗り込めー」


 ベルントは車両たちを艦内に誘導していく。

車両は一両一両とスロープを登り、その姿を巨大な艦内へと消していく。

その様子を見ながら彼は呟いた。


「さて、ようやく陸軍の出番ですな。海軍には負けてられません」


 ベルントはそう言った後、車両に続いて艦内へと入っていった。

車両を収容し終えたワトソン級はスロープを収納し、出港に備える。

俺も旗艦の大和へと戻った。


 出港の準備の完了した連合艦隊は再びイレーネ湾を出港、Z泊地へと戻る。

艦隊はワトソン級を中心にして輪形陣を構築、対空警戒を厳にして北上していった。





 連合艦隊がZ泊地に向かって再び出港した後。

少し予定よりも遅延されていたが、空軍大臣のハンス大将に指揮された作戦が開始されていた。

その作戦とは、爆撃機で敵首都の上空にビラをばらまいて戦意を喪失させるというものである。


 保有しているB−52Hの爆弾倉いっぱいにビラが詰め込まれている。

ビラには一般人向けに、侵攻のおそれがあるから首都から避難すること、王国よりも自分の命を優先して動くこと、抵抗せず降伏すること、などが書かれている。

これが一定数の効果を生んでくれればよいのだが。


 連合艦隊が出港してから4時間後、10機のB−52Hはビラを抱いて空軍基地を離陸した。

この作戦には基地の戦闘機部隊による護衛は付かない。

代わりに空母艦載機が途中で合流、護衛を担当することになっている。


 エンジンから煙をひいたB−52Hは編隊を組み、高度6000Mを飛行する。

編隊が艦隊の上空に差し掛かると、随伴している空母から護衛のためのF/A18Eが発艦する。

F/A18EはB-52Hの編隊に合流、一路ゼーブリック王都を目指した。



 飛行すること1時間半、編隊は王都周辺空域に到達していた。

B-52Hはビラをまくために高度を2500Mまで落とす。

F/A18Eは前方警戒のために爆撃機隊の前を飛行していた。


『おい、レーダーに反応だ。全機配置につけ』


 前方を飛行するF/A18Eのレーダーが敵の反応を捉える。

それらの敵は魔探によって爆撃機隊の接近を察知していたゼーブリック側の迎撃隊だった。

だがドラゴン部隊は消耗してしまったので防衛隊は翼竜しかいなかった。


『目標を捉えた。Fox2!』


 護衛のF/A18Eからサイドワインダーが発射される。

サイドワインダーは迎撃に上がってきた翼竜に命中、次々と撃墜していった。

だがミサイルを打ち切った時点で迎撃隊は約半数が残っていた。


 F/A18Eはさらにそれらの敵を撃墜するために機銃を準備する。

だが突然迎撃の翼竜たちが四方に散開、空域を離脱し始めた。

その行動にF/A18Eのパイロットたちは首を傾げる。


『おい、逃げていったぞ。一体何のマネだ?』


『さぁ、怖気ついたんじゃあないか?』


 だが、そんな彼らの機体の前方で突如爆発が起こる。

爆発に驚いたパイロットたちは一瞬陣形を崩して散開した。

だがすぐに編隊を組みなおして後続の爆撃機隊に上空に退避するよう通告する。


 この爆発、はゼーブリックがヴェルデンブラントより受領した対空砲による攻撃であった。

先程迎撃隊が退避したのもこの攻撃に巻き込まれないためである。

これらの戦術をゼーブリックの中央軍司令部は短期間で編み出した。


 だが肝心の対空砲は性能が低く、再発射までに時間を要した。

その時間がかかっている間に爆撃機と護衛機は対空陣地の上空を通過、対空砲が照準のために旋回している間にあっという間に射程範囲を離脱した。


 そして対空砲の被害半径外に退避していた迎撃隊は速度で追いつくことができず、爆撃機隊は予定通り王都上空に向かって飛行する。

新兵器の対空砲に自信を持っていたゼーブリック軍の地上部隊は、口を開けて余裕で飛んでいく爆撃機たちを眺めていることしかできなかった。





 ゼーブリック王都内に位置する中央軍司令部では、敵部隊に対空砲火を突破されたとの報告を受け、慌てて空襲警報を発令した。

司令部庁舎の上に設置されているサイレンを担当の人間が必至でハンドルを回し、サイレンから放たれる大きな音は王都中に響き渡った。


 サイレンの音を聞いた王都の住民は慌てて建物の中に避難する。

少し前まではヴェルデンブラントを主な仮想敵国としていたゼーブリック王国はヴェルデンブラントの翼竜による空襲を想定して年に3~4回避難訓練をしていたため、その成果が発揮された瞬間となった。


 だが皮肉にも爆撃機隊の目的は王都に対する攻撃ではない。

王都上空に到達したB-52Hは爆弾槽を開き、開いた爆弾槽から大量のビラがばら撒かれた。

ビラは王都の上空に花吹雪のように舞い、ふわりふわりと王都に舞い落ちた。


 サイレンを回していた司令部の人間の隣にもふわりとビラが舞い落ちる。

ビラが上空を舞う様を眺めていた彼は思わずハンドルを回す手を止めてビラを手に取り、それを眺めた。

彼はじっとそれを見つめた後、1人でつぶやいた。


「この紙、我々に降伏を求めていると書いてある……迎撃される危険がありながら王都に攻撃することはなく、ただ紙をばら撒く敵とは一体……」


 サイレンの音が止まったのを確認した王都の住民も続々と外に出た。

そして道端に紙が落ちているのを見つけ、拾ってそこに書かれていることを読む。

ビラを読んだことにより、王都中の住民の心の中には少し変化が起きた。


 そのころ、王城のベランダにもビラは落ちていた。

それを見つけたフェルディナントはビラを拾いじっと読み進める。

それを読み終えた彼は怒りに震えていた。


「何だこの紙は……艦隊の鹵獲に艦隊泊地の占領、イレーネ帝国とやらは我々をどれだけ愚弄するつもりだ!」


 フェルディナントはそう言ってビラをぐしゃぐしゃにして床に捨てる。

彼は魔法通信珠を持ってきて早速保安隊に連絡する。

通信が始まったのを確認した彼はまくし立てるように叫んだ。


「おい、お前たちもあの紙を見ただろう。今すぐに王都中に舞ったあの紙を回収しろ! 1枚も残すことは許さん。隠し持つものからはどんな手を使っても回収したまえ」


「了解いたしました。すぐに回収を開始します」


 通信をとったアルファはそう答えた。

その後保安隊によって紙の回収が始まるのだが、王都の住民の中にはゼーブリック軍、ひいてはフェルディナント王に対する不信感が少しばかりつのっていた。


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