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第93話 照明弾の輝きの下に

 大和の艦内には敵艦を撃沈したとの報が入っていた。

乗員たちはみんな撃沈を喜んでいたが、俺の中には少し違う気持ちが渦巻いていた。

乗員にはその気持ちをさとられないよう俺は防空指揮所に移動する。


「本当にこれで良いのだろうか。俺はイズンとの約束とはいえ多くの人間を殺しすぎてしまった気がする。それに俺自身が殺したわけではないからあまり実感も湧いてこない……」


 俺は殺した人間に思いを馳せていた。

今までの判断が正しかったのかという疑問が頭にこびりついて離れない。

海峡の水平線には夕日が落ちようとしていた。


 この前フォアフェルシュタット周辺の艦隊を一掃した時も、すっかり俺の頭の中から敵兵を救助するという考えが抜けていた。

彼らはこごえる寒さを身に感じながら海に浮かび、そして何を考えて死んでいったのだろう。

そう考えると自責の念が身体中を覆っているようであった。


「司令はここが好きですな」


 後ろから山下大佐がやってくる。

彼は俺の横に黙って立って、そして海の向こうを眺めた。

そして彼は海を見つめたまま俺に語りかける。


「顔を見る限り……敵兵を殺してしまったことに対して後悔している。といったところですかな?」


 山下大佐は俺にそういった。

そして俺は彼の言葉があまりにも的確だったので思わず彼の方を向いてしまう。

彼の横顔は優しく笑っているようにも、少し悲しそうにも見えた。


「……なぜ分かったんだい?」


「なんででしょうな。やはり今までに数え切れないほどそういう顔を見てきたからでしょうか」


 山下大佐はそう言って静かに笑う。

俺はこれ以上話すことができなくなって黙りこくった。

そして俺はふと頭に思い浮かんだことをポツリと呟く。


「今からでも間に合うか……?」


「何がですか?」


「救出だよ。今からでも救出出来るかな」


「……司令の思い通りに」


 山下大佐はそう言ってこれ以上何かを言うことはなかった。

だが俺は彼の言葉で決心が固まった。

俺は防空指揮所から艦橋内に戻る。


「全艦に伝達、敵艦船の沈没地点付近に急行、速やかに生き残った敵兵士の救助を行え」


「は、はいっ、すぐに全艦に連絡いたします!」


 艦内が慌ただしくなり、各員が伝令に走る。

他艦にも指令が伝わったようで、バタバタと救出の準備を始める。

そして艦隊は敵艦の沈んだ海域に到着、各艦から内火艇や救命ボートが降ろされ、救助が始まった。


 既に日は落ちており、月明かりに照らされた中での救助となった。

だが月明かりだけでは到底暗い海面上の捜索は困難で、機関を停止した各艦から探照灯が照射された。

探照灯で見つけられた樽などに捕まって何とか生き延びている敵兵は直ちに収容され、本艦の方に護送されてくる。


 すでに多くの敵兵が大和へと移送されてきて、各自舷側のラッタルを上がった所で大和の乗組員からタオルと着替えを渡してもらっている。

そして食事係には大急ぎで体を温める用のスープも作ってもらっている。

救助された彼らからは喜びと困惑の声、そしてまだ救われていない仲間を呼ぶ声が聞こえてきた。


 そんな彼らの後ろで突如副砲の15.5cm三連装砲が火を吹く。

捕虜たちは驚いて後ろを向くものもいれば、腰を抜かすものもいた。

だが副砲が放ったのは攻撃のための砲弾ではなく、捜索のための照明弾であった。


 上空で炸裂した照明弾は、火の玉をひきながら明るく海面を照らす。

俺は艦橋内から海面を望遠鏡で見つめ、行方不明のものの捜索にあたった。

そうして懸命な救助を行った結果、殆どの敵兵を救助することができた。


 俺は艦橋から降りて捕虜の集まっている後部甲板へと移動する。

後部甲板にはタオルにくるまって温かいスープを飲む捕虜がいた。

俺はそんな彼らの前に立つ。


 捕虜たちは前に立った俺のことをじっと見つめてきた。

そんな彼らに俺は言葉をかける。


「俺はこの艦隊の司令であり、イレーネ帝国の皇帝のルフレイだ。皆それぞれが思うところはあると思うが、今はまだ返ってきていない人間がいるかを教えて欲しい。いるのであれば言ってくれ」


 俺がそう言うと、捕虜たちは一斉にあーだこうだ言い始める。

誰がいないやらいるやらという議論が盛んに行われた。

だがそんな中で一人が手をすっと上げていった。


「基地司令が、フリッツ=メーラー様がいません」


 その言葉にあたりはシーンとなる。

誰もがその言葉に動揺しているようであった。

あるものはすすり泣いてさえいた。


「どうかあの方を、基地司令を探し出して下さい。私たちはどうなってもいいですので」


「「「「お願いします」」」」


 捕虜の全員が頭を下げた。

そこまでしてもらって断るわけにもいかないので、俺はフリッツを探すように命じた。

だが照明弾を使っても探照灯を使っても、他のものは見つかるが彼の姿は見つからなかった。


 そんな時、1隻の内火艇が大和の左舷に接舷する。

その中から降りてきた乗員は俺のもとにやってきていった。

その手に誰かの帽子を持って。


「あの、この帽子が海面に浮かんでいたのですが……」


 彼はそう言って俺に帽子を差し出す。

だが俺にはその帽子がはたして誰のものかはわからないので、捕虜たちに見せることにした。

彼らはその帽子を見るなりはっときたようだ。


「それは基地司令の帽子……ということは……」


 それ以上は誰も何も言わなかった。

捕虜たちは海の方を向き、黙って敬礼をする。

俺は大和の乗員に彼らの案内と監視を行うよう伝え、俺は艦橋に戻ることにした。


 その途中、俺は海面に帽子を投げ入れた。

その帽子の中にはMPを用いて召喚した花がたくさん入っており、俺は死んだ彼の冥福を祈る。

その後各艦は機関を再始動、再びZ泊地に向けて進軍を始めた。





 収容した捕虜たちから泊地内に敵兵がいないという情報を得た第二艦隊は砲撃を中止、攻撃を行うこと無くそのまま泊地内に侵入した。

泊地に錨を下ろした戦艦群は各自泊地への上陸を開始する。

収容した捕虜たちも同時に泊地へと戻す。


「あーあ、結局戻ってきちまったなぁ」


 内火艇に乗った捕虜たちは泊地を見てため息を付いている。

そして泊地の桟橋に内火艇は横付け、俺は内火艇から降りて陸を踏んだ。

俺たちの接近を確認したのか泊地から人が出てきた。


 彼らはこちらを警戒していてあわや一触即発という状況にまでなったが、こちら側の捕虜の姿を見ると各々が手に持っていた道具や武器を下ろす。

彼らも捕虜たちの説得もありこちらに降伏の意を示し、俺もそれを受け入れた。


 捕虜たちは見張りをつけて各自の部屋に返す。

俺はその様子を見ている傍ら、奥に広がっている平原の方を望む。

その平原にはよく見ると砂煙が立っていた。


「まずい、もしや敵兵か。俺は騙されたのか」


 俺はそう言って泊地に上陸している味方に母艦への一時退避を命じようとした。

だがそんな俺のもとに通信を受けたと言って大和の乗組員がやってくる。


「司令、泊地の奥から向かってきているのは味方の部隊です! もう到着したようですよ」


 砂煙を上げてやってくるのは第一艦隊がフォアフェルシュタットで揚陸した歩兵戦闘車の部隊であった。

そして俺たちはこちらに走ってきた彼らと合流した。

俺たちが合流を喜び合っていると、泊地にイレーネ帝国の旗が掲げられた。

これにて『Z作戦』完遂だ。


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