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第92話 VS未成艦、Z泊地沖海戦

 Z泊地、ゼーブリック艦隊総司令部。

派遣艦隊からもたらされる敗北や鹵獲の知らせに、新基地司令のフリッツ=メーラーは頭を痛めていた。

彼は血を吐いた件もあり、艦隊勤務から地上勤務になっている。

王都にありのままを報告したら「お前が何とかしろ」と言われてもはや頼れるものは存在しなくなっていた。


「はぁ、一体どうすればいいのやら……」


 フリッツは身をソファーに投げる。

彼はゆったりと腰掛けながらも、その身には重圧がのしかかっていた。

もはや艦隊を失った海軍が何をすれば良いのか、彼は答えを見つけることはできなかった。


 そんな彼はぼうっと窓の外を眺める。

かつてその窓の外に見えていた艦隊はなく、見えるのは艤装工事中で船台に乗っている最新型「A型艦」の3番艦だけであった。

もはやゼーブリック艦隊は風前の灯であった。

せめてもの基地防衛のために本国から翼竜を派遣してもらうようにも申請したが、艦隊を失った泊地を守る必要はないとあっさり断られて、基地は空からの攻撃の脅威にもさらされていた。


 フリッツは司令官庁舎から外に出る。

そして彼はもはや最後の艦となった3番艦に近づいていった。

船体自体はもう完成しているが、まだ後部甲板や魔探等の設備の設置が終わっていなかった。


「この船も海戦で使ってやりたかったんだがなぁ。お前の姉妹たちはみな敵に鹵獲されてしまったよ」


 フリッツは船体を優しく撫でる。

そうして船を眺めていると、艤装工事をしている作業員が降りてきた。

彼はフリッツにお辞儀し、話しかける。


「基地司令、この船にも実践を経験させてやりたかったですねぇ。完成することなく戦えないのは不憫だとは思いませんか?」


 彼は唐突にそういった。

だがフリッツも同じことを思っていたので、彼の言葉に頷く。


「これも完成させて航海させてやりたかったものです。ですが艦隊も艦載する翼竜もない今は……」


「分かっている、お前の言いたいことはよく分かっている。……今のこの船の完成度はどのぐらいのものだ?」


「はっ。後は後部甲板の仕上げや魔探の取り付け、細部の仕上げのみですので、工事は90%は完了しているといったところです」


 フリッツはそれを聞いて考え込む。

そして彼はある決断をした。

その決断は彼が今までにしてきたどんな決断よりも危険な決断であった。


「この船で最後の攻勢にでようか」


「は!? い、今なんと?」


 その言葉を聞いて作業員は驚く。

確かに航海自体はぎりぎり可能なまでに仕上がってはいるがあまりにも危険すぎた。

だがそれを分かっていてフリッツは航海したいと思っていた。


「なに、魔探など無くてもなんとかなるだろう。ちょっと前まではなかったのだから。それに塞がっていない後部甲板には布を貼っておけば良い。さぁ、出港の準備をしろ。私が船に乗り込もう」


 作業員は少し戸惑ったが、フリッツの思いを汲み取り出撃の準備を始めるべく船内に戻る。

船では急ピッチで出港のための用意が始まった。

後部甲板には布が貼られ、もはや乗ることはないと思っていた乗組員が急遽招集され、船台から船は海面に滑り降ろされる。


「基地司令、分かっているとは思いますが単艦で行動するのは非常に危険です。命を第一に考えて航海してくださいね」


「分かっている。私は海軍軍人の誇りにかけて最後の意地を敵に見せるのだ」


 必要最低限の装備を積み込んで未成艦は出港、海峡を南に下る。

だが向かう先からは第二艦隊が近づいてくるのであった。





『司令、電探に感あり、敵艦です』


 大和の第一艦橋に無線がはいる。

この前に全滅もしくは鹵獲した敵の艦隊が再度出現したというのだ。

特にバージニア級からの報告も入ってきておらず、どこから艦がでてきたのか全くわからない。


「敵の隻数は?」


『1隻だけです。すぐに偵察機を発艦させで情報収集を行います』


 1隻だけ、単艦で突っ込んでくるとは敵は何を考えているのだ?

だが1隻だけというのであれば心当たりがある。

それは写真に建造途中で写っていた1隻だ。


 だがそんな短期間に完成していたとしてもまともな訓練ができているとは思わない。

一体敵は何を考えているのだろうか。

俺には全く持って理解が出来なかった。


 だが接近してきている以上は迎撃しないわけにはいけない。

俺は艦隊に全防御、攻撃火器の使用の許可を出す。

艦隊は接近してくる不明艦への警戒を強めた。


『司令、既に敵艦はミサイルの射程圏内に入っておりますが攻撃許可を出しますか?』


「いや、もう少し様子を見よう。偵察機からの情報を待ってからだ」


『了解、そのように伝えます』


 艦内には不思議な空気が漂う。

そんな様子を見た山下大佐は俺に話しかけてくる。


「司令、本当にまだ攻撃を行わなくてよろしいのですか?」


「あぁ、それに本当に敵艦か分からないからな」


「まぁそうですが……でも敵だとしたら単艦で突っ込んでくる意味がわからなくもありません。”あの時”も最後の望みをかけてこの艦とともに出港したものです。矢矧や、雪風、冬月に涼月たちも皆……」


 山下大佐はそういって懐かしそうに大和の伝声管を撫でる。

その後俺と山下大佐は会話をすることはなく、静かな時間が流れていた。

だがそんな空気を破る無線がはいる。


『司令、敵艦の詳細が判明しました。敵艦はA型艦の同型艦と思われます。今写真をそちらに送ります』


 大和あてに偵察機からの写真が送られてくる。

俺はその写真を山下大佐といっしょに覗き込んだ。

写真には、単艦で航行する敵艦が映っていた。


「おいこれ、やっぱり未完成の船じゃないか。後部甲板に布が貼られているぞ。もはや搭載する翼竜も残されていないのだろう」


「だがマストにはしっかりとゼーブリックの旗が掲げられていますな。甲板上に乗組員も整列しているようですしこちらとやり合う気でしょう」


 山下大佐と写真を覗き込んで話し合う。

もはや戦闘は避けられない状況になってしまった。

この状況下では攻撃命令を下させざるを得ない。


「敵艦との距離は?」


「35kmであります」


「35km!? 思ったよりも近くなんだな」


「大和に搭載されているレーダーではその距離が限界です。アイオワは新型のものに換装されているものの大和は未だに22号電探ですからそれよりももっと精度は落ちます。それに相手は木造ですので、船体が一定のステルス効果を持っているかとも思われます」


 大和型の電探の近代化改修も考えたほうが良いかもな。

それと35kmまで接近しているのであればミサイルを使用するべきかどうか迷うな。

砲撃でも十分に届く距離だ。


 それに随伴艦としてイージス艦を1隻も連れてこなかったのも問題だな。

艦砲射撃にイージス艦は不要だと思い外したが、次からは気をつけないと。


「山下大佐、砲撃かミサイルか、どちらで攻撃するべきだと思う?」


「別にどちらでもよろしいのではないでしょうか。ただ対地砲撃をするのであれば砲弾は節約しておきたいので対艦ミサイルを使ったほうが良いかとは思います」


 なるほど、山下大佐の言う通りだ。

ここはアイオワ級2隻に攻撃を任せよう。

俺は2隻にハープーンによる攻撃命令を下す。


「2艦に伝令、接近している敵艦艇に対しハープーンを1発ずつ発射、これを撃滅せよ」


『了解、目標敵艦船、ハープーン攻撃はじめ』


 ハープーンでの攻撃を指示し、アイオワ、ニュージャージーの両艦から1発ずつハープーンが発射される。

ハープーンは近距離ながらも海面すれすれに降りて飛行を始める。


 そしてハープーンが着弾した。

1発目は艦尾すれすれに命中、少し船体がえぐれた程度のダメージしか与えなかった。

だが2発目は艦尾にぴったりと着弾、艦尾は爆発で丸ごと吹き飛んだ。





「後ろから沈むぞ、早く脱出しろ!」


 沈みゆくゼーブリック艦の甲板前部に人が集まり始める。

その先頭にはフリッツ=メーラーの姿があった。

彼は沈みゆく艦の艦首に立って乗員に話し始める。


「済まない、結局反撃を行うことができないまま沈むことになってしまった。すべての責任は私にある。皆は各自脱出して近くの海岸まで泳いでくれ。そして生きてくれ」


 フリッツはそう言って頭を下げた。

沈みゆく艦に静かな雰囲気が漂う。

そうしている間にも艦は後ろに傾斜していた。


「何を言っていますか、我々は海の男としてここにいるのです。生きる希望など陸においてきました。我々はあなたについてきたくて自分の意志でここにいます。みんなもそうだろう!」


 1人の男がそう叫んだ。

その声に他の乗組員たちも声を上げる。


「そうだ、その通りだ!」

「ゼーブリック海軍万歳! 万歳!」

「「「「万歳! 万歳!」」」」


 沈みゆく艦に万歳の声がこだまする。

その様子を見てフリッツは目に涙を浮かべた。

そしてハープーン着弾から10分後、艦はその姿を海の底に消した。


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