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第89話 降伏の白い海軍服

「むっ、これで大丈夫だな」


 俺は用意してきた紙を瓶に詰めこむ。

オスプレイは艦隊付近まで接近しており、内部では武装した海兵隊員が強襲のタイミングを待っていた。

だが乗り込むよりも前にこれを投下しないと。


「司令、それは何でしょうか?」


 隣に座っていた海兵隊員がそう言ってくる。


「これかい? これの中には降伏を促す文章が入っていて、これを敵艦の上空で落として降伏してもらおうってわけさ」


「なるほど、ではその瓶は後部に座っている人間に投げてもらいましょう」


 よろしく頼む、といって俺は瓶を渡す。

後ろの人間に瓶はわたり、目標地点に着いたら投げてくれるそうだ。

そうしているうちにもオスプレイは目標艦隊の上空に到達した。


「よし、後部ハッチを開けるぞー」


 後部ハッチが開き、海面がよく見える。

最後列の海兵隊員は身を乗り出し、下の船に瓶を投げつけた。

後はどう受け取るかは下の人間しだいだ。





「総司令、魔探に反応あり、敵の編隊が接近している模様です」


「分かった、ありがとう」


 ゼーブリック艦隊旗艦上、ルドルフに伝令がもたらされる。

魔探というのは魔道探信儀の略で、ヴェルデンブラントから供与された兵器である。

これは地球のレーダーのように敵を捕えることができる。


「ふむ、もはや制空のための翼竜を失った今何もできることがないとはな……」


 ルドルフは覚悟をしたように空を見上げる。

空には接近してくるオスプレイや護衛のF/A18Eのエンジン音が響いていた。

だが乗組員はその音に怯えながらも最後までその任を全うすべく船を操縦している。


 ルドルフの視界に迫りくる機影が入った。


「もはやここまでか、せめて乗組員だけは助かってほしかったのだが……」


 彼はそう言って俯いた。

そんな彼の頭上を大きなローターの回転音を響かせてオスプレイが通り過ぎる。

彼は前に艦隊に飛んできた不可視の攻撃を覚悟していた。

だが艦隊に攻撃が加わることはなかった。


「なぜだ、なぜ攻撃してこない」


 ルドルフはそう言ってヘリモードに変更したオスプレイを見つめる。

だがそれらが攻撃を加えてくる様子は一向に見受けられなかった。

そして彼のもとに1人の乗組員が瓶をもってやて来た。


「総司令、これは敵機から落ちてきたものです。中に手紙が入っているようですので総司令にお見せしようと……」


 ルドルフは乗組員から渡された瓶を受け取る。

そしてその蓋を開け、中に入っている手紙を取り出した。

その手紙を開いて、彼は書かれていることを読み進める。


「なになに……艦を全艦無傷で引き渡せば乗組員の命は保証する……この条件を飲む意思があるのであれば15分以内にマストに白い旗を掲げよ……か。逆にこれを拒否すればいったいどうなることやら……」


 ルドルフは葛藤していた。

乗組員たちの命を守りたいという気持ちと、自国の兵器をおめおめと敵に渡していいのかという気持ちが出ては消え、出ては消えとしている。

特にこの艦はヴェルデンブラントから供与された兵器も搭載されているので、最悪国際問題に発展しかねない。


 だがルドルフの艦隊にはもう対抗するだけの手段がないことは明らかであった。

そして彼は先代総司令官のフリッツの、交代式の時にそっと言われた言葉を思い出していた。

それは、「お前は総司令官としてうまくたっていけるだろう。だがこれだけは覚えておけ。兵器は替えが効くが人は替えが効かない。いざというときは配下の命を一番に考えろ」というものであった。


「いや、そんなものよりも乗組員の命の方が大事だ。最悪罰は私一人がうければいい」


 ルドルフはついに条件を飲むことを決めた。

早速全艦に降伏する旨を通達するために船内の通信室へと向かう。

そこで彼は通信珠を取り出し、全艦に放送を行った。


「乗組員の諸君、私はイレーネ帝国に対して降伏を宣言する。白い布をマストにあげよ。この降伏は恥ではない。皆もこんなところで死ぬのではなく、自分の家族、友人のために生き延びろ!」


 その言葉を聞いた、横に立っていたゲルトはありえないという顔をしていた。

だが上官に文句を言うわけにもいかないので彼はだまり通す。

ルドルフはそんなゲルとのことなど気にもせずに艦橋から出た。


 そしてルドルフは自らマストへと向かい、白い布ではなく自分の着ていた海軍服を脱いでマストに括り付ける。

他の艦もそれに習い、各艦の艦長の服がマストに掲揚された。

マストに掲げられた白いシャツは風に吹かれてたなびいた。


「これで全員が助かる、これでいいのだ……」


 ルドルフはそう言って静かに笑った。





「司令、敵艦のマストに白旗を確認しました。白旗というよりかは白い服ですけど……」


 オスプレイのパイロットがそう告げる。

白い服をかけているということは降伏の意とみなしてよいのであろうか。

まは白い旗がなかったから代用しているだけあろう。


「分かった。では着艦してくれ」


「了解、着艦いたします」


 オスプレイは高度を下げて甲板に接近する。

甲板との距離が縮み、車輪が甲板と設置する。

ミシミシっと嫌な音が聞こえたが、なんとか着艦できたようだ。


「ふー、これが例の翼竜を運用できる船かぁ」


 俺は降りて甲板をグーでコンコンと叩いてみる。

写真で確認したように、船は木造とは思えないほど巨大に設計されていた。

そうしていると、向こうの将官と思われる人が2人出てきた。


「ゼーブリック艦隊総司令官、ルドルフ=ハーゲマンです」


「ハゲーマン?」


「違います、ハーゲマンです。そしてこちらは副司令のゲルトです」


ルドルフはそう言うとペコっと頭を下げた。

だがゲルトは頭を下げなかっため、ルドルフが頭を押さえて無理やり頭を下げさせた。

俺はその様子を見て苦笑いした。


「すまないすまない、楽にしてもらって構わないよ。俺はルフレイ=フォン=チェスター。イレーネ帝国の皇帝だ」


 俺も彼らの後に自己紹介をする。

俺が別に頭をあげていいよ、というと彼はゆっくりと頭をあげた。

ゲルトも顔をあげたが、彼は俺の方を少し見ると、顔をそらした。


「我々は貴方がたイレーネ帝国の条件を飲んで降伏いたします。なのでどうか乗組員たちの命は……」


「もちろん分かっているよ。この艦隊に所属している全員の命と生活は保障しよう」


 そういうと、ルドルフは目にひと粒の涙を浮かべた。

だがすぐに涙を拭きとり、こちらに向き直る。

そして彼は腰に差していた剣を鞘ごと取り出して、こちらに差し出してくる。


「これは私に艦隊総司令として与えられた剣です。こちらをお渡しします」


「分かった。受け取ろう」


 そうして俺が剣に手を伸ばそうとした時だった。


「おい、何をする!」


 横に立っていただけだったゲルトがいきなり剣に手を伸ばした。

彼はルドルフから無理やり剣を奪った。

そして鞘から抜き、こちらに振り下ろしながら叫んだ。


「よくのこのこと敵地までやってきてくれたなぁ! ここで総大将を殺して我が国の勝ちだぁ!」


 俺は防ぐために防御魔法を展開しようとした。

だがそれよりも早く俺の前にルドルフが立って両手を広げる。 


「ぐはっ!」


 ルドルフの胸から腰にかけて剣で切りつけられ、裂け目ができる。

彼は裂け目から大量に血を流して甲板に倒れこんだ。

そして剣を持って驚いた顔をしているゲルトは後ろに控えていた海兵隊員によって拘束された。


「おい、大丈夫か!?」


 俺はルドルフを抱え込む。

俺の白い海軍服にも彼の真っ赤な血がじわりとしみ込んだ。


「えぇ……お怪我がないようで何よりです。あの男は……海に捨てて下さい」


 俺は一瞬耳を疑った。

人を海に捨てろと聞こえた気がしたからだ。


「え、海に捨てる?」


「はい……ゼーブリック海軍では上官に逆らったものは掟として皆海に投げ込まれて放置されます……なのであいつにも同じ処置を……」


 どうやら間違っていなかったようだ。

でもそれは流石にかわいそうなので彼も助けてあげたい……と思っていた。

だがそう思っているころには既にゲルトは海兵隊員によって海に放り込まれていた。


「えぇ……放り込んだの?」


「はい。少し前まで敵であった人間であろうと、我々をこれ以上攻撃する意思のないあなたを襲おうとした人間に生きる価値はありません!」


 もうやってしまったものは仕方がない。

それよりも今は早くルドルフの治療をする方が先だ。

彼はかなり出血しているが、幸いなことにワスプには豊富な医療設備が整っているからまだ間に合うかもしれない。


「ルドルフをワスプに移送する、みんな手伝ってくれ!」


 俺と海兵隊員でルドルフをオスプレイの中に連れ込む。

そしてオスプレイは急いでワスプへと戻るのであった。


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